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今週の「直言」

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ドイツからの「直言」コーナー


2017年7月24日

写真1

直言17/1/2の写真

慢と横暴の限りを尽くしている政権の終わりが近づいている。内閣支持率は最低で26%となり、不支持率は最高で56%に達した(毎日新聞2017年7月24日付)。政権の動向として支持率30%を切ると赤信号が点滅し、いつ倒れてもおかしくない状態になって、支持率の回復はまず困難とされている。2007年の第1次安倍内閣のような末期症状が次々と出てきて、既視感がある(いまこの原稿を書き上げた直後、仙台市長選挙の結果が出た。野党共闘候補が自公推薦候補に勝利した)。今日から始まる衆参両院での閉会中審査が注目される。

さて、いま、日本とドイツの政権で共通点が一つある。それは防衛(国防)大臣が女性(母親)であること、ほぼ同年齢であること(1959年2月と1958年10月)、弁護士と医学博士、そしてともに「次期首相候補」とされた(過去形! )ことである(右の写真は『スポーツ報知』2016年12月30日付紙面)。稲田朋美大臣については、涙ぐむ国会答弁、日報問題での隠蔽疑惑や都議選でのトンデモ演説等々、与党内からも辞任を求める声があがるなか、もはや「次期首相候補」という人は『産経新聞』を含めてどこにもいない。

一方、ドイツのウルズラ・フォン・デア・ライエン(Ursula von der Leyen)国防大臣も就任時、「メルケル首相の有力な後継者」と書かれた(『朝日新聞』2013年12月17日付)。超目立ちたがり屋。医学博士号をもち(剽窃疑惑は打ち消す前任者はそれで辞任)、30歳から18歳までの二男五女の母親で(冒頭の写真参照)、「私を見て!」とばかり、自信満々に連邦家庭大臣と連邦労働社会大臣を歴任。国防大臣となるや、就任翌日には防弾チョッキを着て、アフガニスタンのドイツ軍駐屯地に飛び、兵士たちを激励している。急な訪問に、現場は相当ふりまわされたようである(稲田大臣の2016年「終戦記念日」のジブチ訪問が想起される)。

写真2

ドイツ連邦軍は統一時に58万5000人がいたが、その後「恒常的な収縮過程」にある。2011年7月に兵役義務が停止されると20万人を下回り、昨年3月段階で17万7077人となっている。内訳は、職業軍人と任期制軍人が16万7310人、志願兵は9767人しかいない。海外派遣任務も増えて、最大時は1万人を超える軍人が海外に展開していた。2017年3月現在、15ミッション、3200人ほどが海外で活動している。人員不足は深刻で、国防大臣は昨年5月、2023年までに1万4300人の軍人と4400人の文官職員を増員する計画を発表した。女性軍人の比率を現在の10%(1万9000人)から20%にまで引き上げ、「女性活躍軍」にすると意気軒昂である。連邦軍への採用条件を、学校中退者やEU加盟国市民にまで拡大するなど、積極的なリクルート施策を展開している。卒業せずに中退した生徒たちは任期制軍人として義務を果たした後には、卒業したと同じ扱いを受けるようになるという(Die Welt vom 1.12.2016)。

写真3

ドイツ国籍保持者限定という方針を緩めたため、連邦軍は移民系が14.4%を占め、そのうちの1600人はイスラム教徒という。右下の広告の写真は、昨年のドイツ・ボンでの在外研究中、散歩で通った道路にあった衛生兵の募集広告を撮影したものである。近所に実業系の学校があり、その生徒たちは駅まで行くのにその道を必ず通るので、彼らがターゲットだろう。Der Spiegel誌に昨年秋に連続して掲載された衛生兵募集の広告を見ると(写真)、衛生兵はアフリカか中東からの移民系の顔をしている。

こうした軍隊における多民族、多文化、多宗教の流れは、他方において、究極の武装組織である軍隊の統合という点でシビアな問題を提起している(詳しくは、H.-G.Fröhling, Innere Fuhrüng und Multinationalität: Eine Herausforderung für die Bundeswehr, 2006, S.170-174)。その一つが軍隊内における犯罪行為や事件である。軍事保安局(MAD)の資料によれば、連邦軍内部における355件の犯罪容疑のうち、イスラム原理主義者が58件、外国の過激派に起因するものが17件で、280件がおおよそネオナチであるという(Der Spiegel, Nr.19 vom 6.5.2017, S.18)。「ハイル・ヒトラー」と叫んで罰金刑に処せられた者もいる。今年5月には、フランス東部に駐屯する独仏混成旅団(ドイツとフランスの混合部隊)でドイツ軍中尉が逮捕された。中尉はシリア難民になりすまし、難民申請をして認められていた。大統領と法務大臣の暗殺計画を立て、難民による「テロ」と見える偽装をしようとしていたといわれる。ナチス時代のドイツ国防軍のグッズを隠し持ったり、部屋に飾ったりする者も少なくない。スキャンダラスな事件が相次ぎ、監督責任を問われた国防大臣は、露出度を最小限にして、軍の人員確保に懸命である。もはや誰も「次期首相候補」とはいわない。

写真5

ところで、昨年ボンで知り合った方から、クリスマスカードが届いた。その封書のなかに、ギムナジウム(ドイツの中等教育機関)の最終学年に在学中の息子さんに、ドイツ連邦軍の人事管理局人材確保第2課から送られたリクルートパンフが同封されていた。大学進学者にもこういう文書が送られるようになったようである。どこの国でも志願兵制の一つのジレンマは、兵士として採用するのは低所得者層が多いということである。大学に入るインセンティヴを与えるなど、収入の低い層に入隊を促す。兵士の多くが経済的困窮者という米軍のような構図は、どこの国にも大なり小なり見られる傾向である。これを「経済的徴兵制」という(布施祐仁『経済的徴兵制』集英社新書、2015年参照)。

クリスマスカードに添えられた手紙によると、いま、医学部に進学するために何人かが軍に入隊するという。理由は、アビトゥーア(高校卒業資格認定試験)の成績上位者でないと医学部に入れないのだが、大学進学前に連邦軍に入隊すると、アビトゥーアの成績に加点されるというのだ。「経済的徴兵制」ではなく、よりよいキャリアのための「学歴補完的徴兵制」ともいうべきものである。

さて、7月中旬、この知人の息子さんが来日した。10月から大学に入学するのだが、大学4年の間に留学する大学をどこにするか検討するためである。私の学部と大学院の授業に参加してもらった。彼は、徴兵制停止後の連邦軍の状況や若者たちとの関係について話してくれた。以下は、その話を覚書としてまとめてもらったものである。

ドイツは2011年に徴兵制が停止されて以来、連邦軍(Bundeswehr)への入隊率が著しく下がってしまいました。そこで連邦国防省は、大胆な若者リクルートプログラムを始めました。その一つが連邦軍大学(ハンブルクとミュンヘンに2校ある)の学生になることへの宣伝です。メリットは、他の大学よりも成績が悪くても入学できること。一般の大学との違いは、連邦軍大学では「産学連携教育」(二元教育〔Duales Studium〕)しかできないこと。つまり大学の勉強をしながら、同時に士官の資格もとる。そのためにかなり実務的な学習になる傾向が強いということです。ただ、学費は無料で、取れる資格によっては収入も得ることができます。人気のある医学部や経済学部など63もの学科が提供されています

僕の友だちのなかには、連邦軍に興味を持っている人が何人もいました。一人は連邦軍大学の医学部に入ることを目指していました。背景には一般の大学に入学を許可されるためは、高校卒業資格認定試験(Abitur)の成績の点数がかなり高くなければなりません。彼は連邦軍大学ならば、自分の入りたかった医学部に入れるというのが理由でした。もう一人の友だちはパイロットになる夢を昔から持っていましたが、民間企業(ルフトハンザ)を通してパイロットの資格を取るには人選過程が厳しく、自分の成績では無理だといっていました。そこで連邦軍大学でパイロットになって、軍での最低勤務期間が終了したら民間企業に移ることを考えていると私にいいました。また、もう一人の友だちは、連邦軍に入隊して、軍人として働きたいといって入隊しました。

全体として、僕の友だちの間では、連邦軍に入ることについて肯定的な態度が見られました。その理由はいくつかあると思います。第1に、ぼくが高校2年生(2016年)頃から市内の広告版、ソーシャルメディア、テレビなどでよく連邦軍の若者むけ宣伝を見るようになりました。広告内容は国のためにいいことができるという内容、自分のつきたい就職への教育を援助してもらえる、すぐ就職して収入が得られるなどの内容でした。第2に、友だちのお母さんが連邦軍の募集事務所で働いていたので、その人からの鉛筆やバックなどのグッズが、学校の学年のみんなのところに出回っていたことです。

ところで、僕の学校では、10年生(最終学年)が終わる前の3週間、病院、ハンディーキャップのある子どもたちが通う小学校か幼稚園、もしくは老人ホームでインターンシップ(Sozialpraktikum)をすることになっています。僕がそれをやったのは、Johanniterという宗教法人と提携している病院でした。同じ期間に多くの学校からのインターン生を受け入れていたためか、僕の働いた病院ではだれも僕の面倒を見てくれる人はおらず、何か指示をしてくれる人もいませんでした。僕の部には5人もインターン生がいるのに対して、看護士は2人だけ。看護士は人手が足りないと文句を言いながらも、僕たちに仕事の指示をするわけでもなく、僕たちはただ廊下に立っている時間もありました。友だちによると、部によっては仕事がもう少しあったらしいのですが、インターン生が多すぎるため、退屈な時間も多かったらしいです。僕たちはいまだに疑問に思っているのが、「なぜ、どの学校も同じときに10年生の生徒たちを同じ施設に派遣してインターンシップさせるのだろうか」ということです。Sozialpraktikumなので、社会のためになる仕事をするのが目的だと思いますが、そんなに仕事をしたという感じはあまりしませんでした。ただ、病院の看護師の仕事は大変だなと思い、将来、絶対に病院では働きたくないと思っただけでした。友だちも同じ感想の人は多いと思います。

僕は、ドイツで徴兵制が終わってすごくうれしいです。軍隊は厳しく、乱暴な人も多い印象だったので、軍隊には昔から入りたくなかったです。徴兵制が終わり、学校卒業後にすぐ大学に入れることをメリットと感じています。民間役務(Zivildienst)は、良心的兵役拒否の男性が、兵役期間よりも少し長い期間、救急車の運転手や介護施設など働くことで社会の役に立つ制度でしたが、これも徴兵制と一緒になくなりました。SozialpraktikumはZivildienstの代わりにできたものではなく、学校が社会に役立てる人材を育てようと考えたのが始まりだと思います。ネットで調べてもZivildienstとの関係は見つかりませんでした。でも、Sozialpraktikumの現状はインターン生の割合が高すぎて、施設には役立っておらず、また生徒にもインスピレーションになってはいないのではないかと僕は考えています。改善の余地があります。

フォン・デア・ライエン国防大臣は、アグレッシヴに人事政策を展開しているが、実際の若者たちの受け止め方は様々のようで、キャリア形成のための迂回路として利用する向きもあるようである。ひるがって、稲田大臣の日本ではどうか。

稲田大臣は2年前、「男子も女子も自衛隊に体験入隊すべき」と発言していた(『女性自身』2015年11月1日)。「たとえば自衛隊に一時期、体験入学するとか、農業とか、そういう体験をすることはすごく重要だと思います」と述べ、「男子だけですか」という編集部の質問に対して、「(稲田議員はキッパリと)男子も女子もですね。」と断定している。さらに、「教育体験のような形で、若者全員に一度は自衛隊に触れてもらう制度はどうですか・・・『草食系』といわれる今の男子たちも背筋がビシッとするかもしれませんね」とも語っている(『正論』2011年3月号)。なお、『女性自身』のインタビューでは、「最後に、“女性初の総理”候補として、今後のビジョンは?」と問われ、「総理はなりたいと思ってなれるものでもないし、努力だけでなれるものでもない。日々の精進も必要だし、タイミング、運、人の輪も必要だと思う。私はいまの日々の仕事を一生懸命することに尽きるかなと思います」と答えている。国会や記者会見での彼女の姿をみていると、この人が次期首相候補といわれていたことすら恥ずかしい思いがする。

大学の9月入学が検討される過程で、高校卒業からの5カ月の間、「ギャップイヤー」として自衛隊に入隊させることも検討されている。上記の雑誌発言に対する野党の追及に、しどろもどろになっている稲田大臣の様子をみたあとに(YouTube)、後半で登場する下村博文元文科大臣の話を聞いてほしい。高校卒業後の半年、半ば強制的に自衛隊入隊体験をさせ、それを大学入学の前提にするとはっきり言っている。これは実質的な徴兵制ではないかという指摘には理由がある。なお、稲田大臣は、別の女性週刊誌で、「私にも大学生の息子がいますが、赤紙で徴兵されるのは絶対に嫌です」(『女性セブン』2016年5月26日インタビュー)と素直に語っている。ドイツ国防相の7人の子どものうち、2人は男だが、彼らは徴兵制停止前に適齢期を迎えているはずで、連邦軍に入隊したのかどうかはまだ確認していない。

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「アシアナから」:カブールの職業訓練施設の一少年

Dieses Spielzeug wurde aus der Aschiana-Schule,
Kabul geschickt.

――「アシアナから」――

2002年のカブールの職業訓練施設で一少年が作った木製玩具。
肉挽器の上から兵器を入れると鉛筆やシャベルなどに変わる。
「武具を文具へ」。
平和的転換への思いは、いつの時代も同じです。

「直言」2002年6月10日