基地内の村役場と憲法 1997/6/2


週沖縄から帰ってきた。書きたいことが山ほどある。ここでは一つだけ、米軍基地内にこの4月に開設された読谷村役場について述べたい。
  米軍読谷補助飛行場。入口には、無断立ち入りを禁ずる海兵隊司令官名の立て札。だが、そのすぐ横には、読谷村運動広場などの標識と、村役場こちらの立て札。何とも奇妙な風景だ。役場庁舎は沖縄独特の赤茶色の瓦の立派なもの。2本の門柱には「平和の郷」と「自治の郷」とあり、その上にシーサーが。すぐ横には「日本国憲法第9条の碑」。玄関の庁舎落成記念碑にこうある。「…米軍基地・読谷飛行場の直中に誇らしく自信をもって建っている。お前は三代目読谷村役場なのだ。……アメリカ軍にも大和政府にも読谷村の主人公は読谷村民だ、と訴え続け、闘い続けた村民の勝利だ。読谷村の自治・分権・参加・民主主義・平和の殿堂として村民と共に輝き未来に向かって雄々しくはばたけ」。
  4年ぶりに山内徳信村長とお会いした。広い村長室には、村長直筆の「歴史に生きる」という詩の屏風があった。すばらしい文章だ。屏風の前で村長は、役場開設までの米軍との粘り強い交渉と村民のたたかいを熱っぽく語ってくれた(これらはいずれ活字にして詳しく紹介する)。村長の持論は憲法9条と99条との結合。99条の憲法尊重擁護義務を放棄したような、昨今の「大和政府」閣僚や国会議員の振る舞いにはあきれるばかりだ。重要法案も、ほとんど審議なしにトコロテン式に成立している。これで立法府とはあきれる。

  その議員たちが、先週、「憲法調査委員会設置推進議員連盟」なるものを結成した(衆院226人、参院101人)。明文改憲が現実に可能となる段階に移行した。顧問に中曾根元首相を据えているところからも、この組織のうさん臭さが分かるだろう。環境権や地方分権がこの憲法には十分入っていないから改正すべきだという人々の顔ぶれを見ると、どう見ても、環境問題に熱心な人は少ない。むしろ、諫早湾のムツゴロウが激怒するような建設族も多い。全員が特措法をごり押しして、沖縄の声を無視した人々だ。高齢化社会にふさわしい憲法というのもあきれる。憲法25条にいう最低限度の健康な生活を脅かす医療保健の改悪や、年金からもしぼりとろうとする、さもしい「介護保健法案」を通した人々だ。
  永田町のこの人々の顔をテレビで見ていると、先週会った読谷村長や村役場職員の、勇気と創意性とバイタリティにあふれ、人間味豊かな顔との違いに驚かされる。地方で憲法を立派に生かしている人々がいる。その一方で、「憲法改正」をいう人々がいる。「改正」の具体的中身と理由だけでなく、それを主張する「人間」とその「顔」をよく観察しよう。

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