続・日本は「限りなく透明な存在」 1997/8/25


大文学部の正門前に「レラ・チセ」というアイヌ料理店がある。北海道料理の店はどこにでもあるが、アイヌ料理専門はここだけ。メニューも豊富で、ムニニイモやキトピロ、シカ肉の料理など、他ではまず食べられない。東京には約2700人のアイヌの人々が住む。気楽に集える生活館がほしい。そうした願いと地道な運動の結果、94年 5月、アイヌ語で「風の家」という名のこの店はできた(経過は、『レラ・チセへの道−−こうして東京にアイヌ料理店ができた』現代企画室刊参照)。15坪ほどの店内は、アイヌに関する情報交換の場にもなっている。たまたま友人と立ち寄った日は、「アイヌ新法」が衆院を通過した日。萱野参院議員らが奥の席にいらした。この法律はアイヌの先住民族性について直接言及せず、内閣委員会の付帯決議で触れるという形でお茶をにごした。ところで最近、中曾根康弘元首相が元気である。「保保連合」に向けて蠢動するこの老獪な人物の顔が浮かぶたびに、1986年 9月の「単一民族発言」を思いだす。多民族国家アメリカは知識水準が低いという脈絡で出たこの発言に、米国民は激怒。中曾根氏は米国民に謝罪メッセージを出したが、アイヌの人々の抗議に対しては謝罪の言葉は出なかった。日本にはアイヌだけでなく、数は少ないが北方系の少数民族の人々も生活する。在日韓国・朝鮮の人々もいる。かつてドイツでは、「一つの国家、一つの民族」とくれば、「一人の指導者」。アドルフ・ヒトラーを指した。アイン('ein’)という「一」を示す不定冠詞を強く発音するとき、ユダヤ人排斥に通ずる苦い過去を連想させる。ことさらに「単一民族」を強調した中曾根氏は、対外関係では、アメリカ一国との「運命共同体」をぶちあげた(1983年1 月)。いまでも、アジアの中の日本をいいながら、「国際関係とは日米関係だ」という発想が外交政策を支配している。内にも外にも、多様性を前提とした多彩な関係を築くことのできないこの国は、「限りなく透明な存在」になりつつある。透明になりたくなかったら、「レラ・チセ」へ行って、臭いの強いキトピロでも食べてみよう。