フーリガンと「たたかう民主制」 1998/6/29


週土曜、現役高校生専門の予備校で講演した。タイトルは「ワクワクする憲法―地球と地域の視点から」。私の講演方法として、「モノ語り」を必ず入れる。この日は、セルビア軍とクロアチア軍との戦闘で実際に使用された小銃弾と薬莢(広島大時代の同僚が93年クロアチアのザダールで採取したもの)を持っていき、旧ユーゴ紛争の話もした。
  その日の夜、ワールドカップの日本対クロアチア戦があった。小銃弾からサッカーボールへ。私の話を聴いた高校生たちは、「がんばれニッポン」状態の周囲とはちょっと違った視点で、相手チームを眺めたことだろう。スポーツ新聞も連日、ワールドカップ一色。あのサポーターなる連中の様相と騒ぎ方が生理的に不快なので、私一人、家族のなかで孤立してこの騒ぎから距離を置いてきたが、この日のクロアチア戦だけは途中から観戦したのも、昼間の講演の影響だ。

  ところで、旧ユーゴ対ドイツの試合のあと、ドイツのフーリガンが暴れて、フランスの警察官に重傷を負わせる事件が先週起きた。これはドイツにとって相当な痛手だ。韓国で行われる日本対中国のサッカー試合のあと、右翼の若者が韓国警察官に重傷を負わせ、その際「大日本帝国万歳」と叫んだらどうなるかを考えてみれば分かるだろう。フランス大統領や首相はドイツという言葉を避けたが、内相は「ファシスト」と断定した。携帯電話で連絡をとりつつ警官を狙っている点も重視された。2名が殺人未遂で逮捕。100名近くが検挙された。そのなかにネオナチスのメンバーがいたというので、騒ぎは俄然大きくなった。「ラインの守りか、『たたかう民主制』の駆動か」という見出しを掲げる新聞も。ドイツ内務省は、1040人の国境警備隊を追加派遣した(die tageszeitung vom 25.6.98) 。連邦憲法擁護庁(日本の公安調査庁のような機関)が掌握しているネオナチのメンバーには、国境での監視を強める指示も出された。ただ、連邦法相は予防拘禁の要請を拒否。「ヨーロッパのどの国でも、疑わしいだけで身柄拘束することはできない」と。内相はかなりエキサイトし、閣内での確執も見られた。コール首相は「スキャンダルだ」と叫んだという。このところ、旧東独地域の州議会選挙て、極右政党の進出が目ざましい。4月のザクセンアンハルト州では、ドイツ民族連合(DVU) が13%も得て、16議席を獲得している。ネオナチの暴力も目立ち、また連邦軍内部でも極右の浸透が指摘されている。

  こうした背景のもとに、「たたかう民主制」(自由の敵には自由を与えない)がまたぞろ語られだした。ドイツ基本法の「たたかう民主制」は、ナチスと共産主義の両翼の全体主義に対抗するために生まれたが、冷戦期は「左」に重点を置いていた(共産党違憲判決〔1956年〕は有名)。「左」の没落とともに、いまや、「右」にシフトしつつあるかのようだ。ドイツのネオナチ問題は、経済悪化や失業率の増大などとも関係する「社会現象」の側面もあり、ことさらに「たたかう民主制」を持ち出すことには慎重であるべきだろう。