ドイツ軍にも「従軍慰安婦」 1998/12/21


画「プライベート・ライアン」について書いたとき、E.Friedrich,Krieg dem Kriege,Frankfurt a.M. 1980という本を再読した。第1 次世界大戦の悲惨な写真を系統的に編集した本で、邦訳は『写真集・戦争に反対する戦争』(龍渓書舎)。札幌学院大学時代の同僚・坪井主税氏の訳業だ。千切れた死体の山、毒ガスに悶絶する兵士、顔が半分なくても生きている兵士のアップなど、目を覆うばかりの写真に、シリアスな文章が付されている。E・フリードリッヒはドイツの平和運動家。「戦争を告発する最良の道は、戦争それ自体をもってすることだ」という信念と、「婦人の中にはこの写真を見て卒倒する者もあろう。しかし、どうせ卒倒するなら、この写真を見てする方が前線からの戦死電報を受けてするよりはるかによいのだ」という声に励まされつつ作ったという。どこかスピルバーク監督の発想とも重なる。戦争の残虐さを示すのは死体の写真だけではない。この本には、ベルギーに置かれた慰安所で、乳房を露出した慰安婦とドイツ兵とが並んで撮った「記念写真」や、ミュンヘン・グラートバッハの慰安所(Oeffentliches Haus、直訳は「公共の家」)管理規則も出てくる。その内容はこうだ。慰安婦の勤務日(日曜以外のすべての日)、最大受容数(慰安婦1 人、週60人まで)、接客時間(午後5 時30分〜午後9 時、時間外は不可)、料金(出入時間を含め15分につき5 マルク)、割当(月曜:第164 連隊第 1大隊、火曜:第169 連隊第 1大隊…)、各大隊においては、割当当日、中隊人事係で慰安所利用許可書を受けとる。慰安婦が非番のときに利用可能な「個人」、および施設の秩序維持に関しては別に定める……。何とも醜悪な規則である。この慰安所の「キャパシティ」は 2個連隊で週120 人だから、当然、将校などは別扱いだろう。日曜に利用できる「個人」という表現がそれを伺わせる(いわゆる「貸切り」)。まさに国家的管理売春である。私は、旧軍の「娯楽所規則」について11年前に指摘したことがある(久田・水島『戦争とたたかう』参照)。日本軍の場合、「接婦」時の「サック」の使用まで規定化されていた。近年、民間業者が介在したことなどをもって責任の所在を拡散させる向きもあるが、そうした論者は、軍隊組織の本質が理解できていない。軍人相手の慰安婦に、選択の余地などなかった。韓国に住む元「従軍慰安婦」が国に対して公式謝罪と損害賠償を求めた「関釜訴訟」で、山口地裁下関支部は本年4 月27日、30万円の損害賠償を認める判決を出した(謝罪請求は棄却)。判決が、「監禁同然にして、長期間、慰安婦として旧日本軍人との性交を強要されたこと」を、「決して過去の問題ではなく、現在においても克服すべき根源的人権問題である」と認定した点は注目に値する。なお、フリードリッヒの孫がいまも、ベルリンで「反戦博物館」を開いている(Muelerstrasse 158,Tel.461-8919, 地下鉄Leopoldplatz下車)。