動物保護のための憲法改正? 2000年4月24日

年のいつ頃か忘れたが、ドイツの新聞に「ウッ」と言葉の詰まる写真が載ったこと がある。10匹ほどの犬が網の袋にぎゅうぎゅうに詰め込まれ、自転車の荷台に載せられている 。レストランに運ばれて料理されるのだ。じっとカメラを見つめる目が痛々しい。ベ トナムで撮られた写真だが、東京の家にいるわが愛犬の顔とダブった。同じ写真がしばらくたって、別の新聞にも大きく載った。ドイツ人は犬好きで知られるから、この写真はず いぶん反響があったようだ。
  実はそのドイツで1992年、生まれたばかりの猿の赤ちゃんの瞼を縫合する動物実験をめぐる争いがあった。ベルリンの研究者が、「視覚刺激を失った場合 、脳はどのように反応するか」を調べるため、猿の目に銅線を入れ、頭蓋骨を開けて電極を埋め込む実験を試みた。当時のベルリン健康保険相は、倫理的理由からこの動物実験を禁止した。そこで研究者は、憲法異議の申し立てを連邦憲法裁判所に行った。裁判所は、 基本法〔憲法〕で保障された研究の自由を根拠に、この禁止処分を取り消し、研究者は瞼の縫合を行った。それ以来、動物保護を「国家目標」(Staatsziel)として基本法に取り入れるべきだという主張が行われるようになった。

  この4月13日、ドイツ連邦議会で、 動物保護のための基本法改正をめぐる審議が行われた。与党の社会民主党(SPD)と緑の党 (Grünen)は動物保護条項を基本法に新設する提案をした。自民党(FDP) と民主社会主義 党(PDS) もこれを支持。だが、最大野党のキリスト教民主・社会同盟(CDU/CSU) は強く反対した。かかる「国家目標」規定は、動物保護を具体的に改善していく上で適当ではなく、また、動物保護は憲法で国内的に規律できる性質の問題ではないという主張だ。世論調査によると、動物保護条項を基本法に置くことについて、77%の人が賛成している(2年前は賛成60%)。すでに16州のうちの8つの州憲法が動物保護の条項をもち、近々バーデン・ヴュルテンベルク州憲法とノルトライン・ヴェストファーレン州憲法が動物保護条項を追加する憲法改正を行うという。その一方、研究者のなかには、動物保護を「国家目標」にすると科学・技術研究を圧迫するという危惧の声もある。
   この問題については、保守系紙が、「憲法とは何か」という解説論評付きで批判的に伝えている(Die Welt vom 23.4.2000)。その解説要旨はこうだ。そもそも憲法は国家の基本秩序であり、詳細はその下の法律に委ねられる。何でもかんでも憲法に取り入れるべきではない。動物保護の実をあげようと思ったら、関連法律を強化すればよく、基本法に超過貨物を載せるべきではない、と。 私はこの主張に賛成する。

  かつてスイス憲法には、「出血前に麻酔させることなく動物を殺すこと」を禁止する条項があった(25条の2 。1973年改正で削除) 。ユダヤ教徒の慣行 との関わりがあったとはいえ、動物を名宛「人」とする規定はやはり憲法にはなじまない 。ちなみに、ドイツ基本法は1994年の改正で、「自然的生活基盤の保護」〔環境保護〕を 「国家目標」として追加し(20a条) 、男女同権実施と障害者の不利益除去を加えた(3条)。この流れで動物保護条項も新設しようというわけだが、CDU/CSUの賛成なしには連 邦議 会の3分の2はクリアできず、この改正が実現する見込みは現在ない。動物保護は憲法ではな く、法律レヴェルで対応すべきだろう。

  なお、日本では、これまでさほど環境権に熱心でなかった人々が、「憲法改正で環境権を」などと主張している。この人々は、憲法改正の ための口当たりのいい理由づけを探しているから、「動物保護のための憲法改正を」などと言いだすかも。ちなみに、日本の動物保護管理法10条1項には、「動物を殺さなけ ればならない場合には、できる限りその動物に苦痛を与えない方法によつてしなければならない」とある。動物虐待・遺棄の罰則は3万円以下の罰金だったが、今年12月から30万円以下に引き上げられ、動物を傷つけた場合には1年以下の懲役が加わる。

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