私のモットー 2000年5月1日
イツから戻ってちょうど1月がたった。帰国後初の講演を札幌でやり、昨日東京に戻った。明日から、憲法記念日の講演のため広島に滞在する。短期間に羽田二往復は少々きついが、北海道も広島も私がそれぞれ6年住んだ古巣。教え子や友人・知人との再会もあり、食べ物も美味しい。帰国後1月くらいは調子を取り戻すのに苦労するから、自分の 「原点」を確認できる場所にでも行って「元」の「気」を取り戻そう。そう思って、昨年ボンにいるときに、この二つの講演依頼を受けていたのだった。ところで、私のモットーは三つある。一つは「好奇心と好気心」である。「奇」という字は「大」の下に「可」がつく 。「大きな可能性を好む心」と勝手に読んでいる。目先の成果がおもわしくなくて も、「大きな可能性を好む心」さえ失わなければ、仕事や勉強のエネルギーが尽きることはない 。ただ、好奇心が強いだけという人は、孤独な物好き、趣味に生きる人で終わる。 「好気心」を合わせもつことが大切だ。「好気心」とは協調性ないし「和」を尊ぶ心であ る。好奇心を大切にしながら、自分の「気」を前に向けて出している人(前向きの人)どうしは 、なぜか不思議と「気が合う」。知り合った期間が短くても、急速に親しくなれる人は、相手も「好気心」の持ち主であることが多い。「気心が知れる」というのは、説明不要の関係になれるということ。人間関係の大切な推進力である。二つ目は「出会いの最大瞬間風速」。人間は出会いの産物である。私という人間にとって、最初の重要な出会いは父と母のそれである。そして、47年間のさまざまな出会いの結果、いまの私がいる。一昨日、久田栄正先生の10周忌のお墓参りをしたが17年前に私が北海道に来たのは久田先生に出会うためだった、という感をいま深くしている。よい出会いはまた、よい別れも同時に準備する。そして、何年、何十年の単位で会うこと になる。これが「出会いの最大瞬間風速」である。昨日、札幌で、ある事情で音信不通になっていた方と10年ぶりに再会した。話を始めて1時間後には、二人の間で新しい企画が生まれていた。10年間の「見えない時間」がお互いを磨き、お互いの仕事がそれぞれを必要とするような状況を作りだしていたのだ。その結果生まれるであろう作品は、歴史の変転のなかで、まさに絶妙のタイミングで世に出ることになる。あまりのことに、出会いを演出するコーディネーターがいるかのようにな気分になった。三つ目は「転石苔を生ぜず」(Rolling stone gathers no moss) 。一つところにとどまっていても、それを相対化する目を失わないこと。常に自分(思考)を別の面(位置)から眺めること。「内なる旅心」といってもいい。もちろん、物理的に動くことも大切だ。一つの場にとどまっていると、そ この「枠」に美しく収まってしまうことが多い。だから、あえて別の場に動いてみる。すると、もう一つの「枠」と向き合わざるを得ない。そうすると「ワクワク」してくる。逆に、どんな時代の水流のなかでも「苔のむすまで・・・」状態の岩もある。知的冒険心を失った老人のような若者に出会うとき、サミュエル・ウルマンの詩を思い出す。「青春とは人生の或る期間を言うのではなく、心の様相を言うのだ」「年を重ねただけで人は老いない。理想を失う時に初めて老いがくる」。この詩を好んだ人物は、半世紀前、東京の中心部の第一生命本社ビル6階の陣取って、日本国憲法の制定に深く関与した。その部下たち(GHQ民政局)うちの3人が、明日2日、参議院憲法調査会で証言する。それを私のゼミの学生12名が傍聴する。その時間、私には広島でどんな出会いが待っているのだろうか。