読売改憲2次試案の狙い 2000年5月8日

島での5.3講演を終えた。県民文化センター大ホールに700人が入り、盛会だった。 今年で7回目の「マイライフ・マイ憲法」というミュージカルも面白かった。小学校4年生から毎回出演している女の子が今回は高校1年生。彼女を含む子どもたちの演技がとくによかった。ところで、講演当日、『読売新聞』が「憲法改正第2次試案」を出した。消息筋から事前情報を得ていたので、前の晩にホテル・フロントに依頼しておき、早朝に同紙を入手。講演に間に合わせた。94年11月3日の「試案」も、一線記者を含む7500人の社員に伏せられて発表された。当時私は、「渡辺恒雄社長と12人の浮かれた男たち(女性記者は一人もいない)」による「私案」と皮肉った(法学セミナー95年1月号、拙著『武力なき平和』所収)。今回の2次案は6人増えて18人。女性らしき名前も混じっているので、講演前にホテルから読売東京本社に電話で確認した。女性記者一人をアリバイ的に加えてはいるが、内容にはまったく反映していない。2次案の柱は8つ。

  1. 「公共の福祉」を「公共の利益」とし、 「国の安全や公の秩序」による人権制約を一層強化したこと、
  2. 政党条項の新設、
  3. 衆院の法案再議決を3の2から過半数に緩和、
  4. 緊急事態条項の新設、
  5. 「自衛のための組織」を「自衛のための軍隊」としたこと、
  6. 「犯罪被害者の権利」 の新設、
  7. 行政情報の開示請求権の新設、
  8. 地方自治の基本原則(「自立と自己責任」)の明示。
  犯罪被害者や情報公開などは付け足しで、目玉は「軍隊」の明示と緊急事態条項新設、個人の権利・自由に対する包括的制約だろう。とくに「軍隊」という表現を堂々と打ち出すことで、腰の引けた国会議員たちにハッパをかけている。新設条文の40%が緊急事態条項。結局、タイミングと内容から見て、今回の2次案の狙いが、国会における憲法改正論議を9条改正の方向に誘導することにあるのは明らかだろう。もっとも、肝心の緊急事態条項の中身たるや、国会には20日以内の事後承認で足りるとしている点(自衛隊法76条の防衛出動でさえ、国会の事前承認を原則としている)、消防を治安関係機関にカウントして、首相の統制のもとに置くとしている点、首相が国民の身体の自由や通信の秘密などを制限する緊急措置をとることができるとしながら、「前項の措置をとる場合には、この憲法が保障する基本的人権を尊重するように努めなければならない」というイクスキューズを付加している点など、素人のやっつけ仕事の域を出ない。「自作自演のコンメンタール(逐条解釈)」には、緊急事態条項について「首相に命令権集中」とある。小淵内閣の終焉の際の「怪しさ」を想起すれば、国会統制を緩和した緊急事態条項新設の「危なさ」は明らかだろう。5年半前の1次試案は、99条(憲法尊重擁護義務)を削除し、国民に対して「憲法遵守義務」を要求した。そもそも憲法とは、国家権力 の統制を最も重要な任務としている。読売試案はこれを逆転させ、結局、「国家権力にやさしい憲法」を指向しているといえる。私は1次試案が出た直後に書いた前掲拙稿の末尾をこう締めくくった。「権力の側には立憲的制約を緩和して、広範な裁量権を与える一方で、国民の側には『公共の福祉〔利益〕との調和』や『憲法遵守』を要 求する憲法とは一体何なのか。それは『未来志向型憲法』などでは決してなく、欧米の『普通の国』の水準にも達しない、この国の後進性と権威主義的体質を助長・促進する『現状追認型憲法』への退歩でしかないだろう」と。現場の一線記者からは、「3次試案は徴兵制か核武装になるのか」という声も聞こえてきそうである。「部数だけは世界一」の新聞の「迷走」はとどまるところを知らない。

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