自衛官の自殺と防衛オンブズマン 2000年6月19日

上自衛隊第二護衛隊群(佐世保)所属の護衛艦「さわぎり」(DD157) 艦内で昨年11月、 21歳の三等海曹が自殺した。上官2名による「いじめ」が原因と遺族側は主張。海幕長にまで上がった調査報告書が5月15日、遺族に部分開示された(A4版60頁)。この種の報告書の開示は初めてという。結論は「いじめの事実は特定できない」というもので、「部内に対する影響」の項目には、「事故が明らかになることで現場での教育指導がおろそかになる恐れがある」という記述も見られる(『長崎新聞』5月16日付)。22日、社民党の国会調査団が現地入りし、艦内などを調査した。調査団は、海自側の事故調査報告書への疑問点を指摘。自衛隊の監査体制整備を目的としたオンブズマン制度の必要性を強調した(同5月23日付)。これらのことは、東京の全国紙には載らなかった。先日私は、NHK「新聞を読んで」のなかで、警察の不祥事に関連して、「警察オンブズマン」の必要性を指摘した。監察官が警察ラインの一部局にとどまっている限り、これに真のチェック機能を期待することはできない。同じことは、自衛隊についても言える。『長崎新聞』の情報を私に知らせてくれたのは佐世保在住の方で、「軍事オンブズマン」についてメールで質問してきた。

  91年のベルリン滞在中、私はドイツの軍事オンブズマンである「連邦議会防衛監察委員」と初めてコンタクトをとった。年次報告書を送ってもらい、それを『ジュリスト』983号(1991年) に紹介した(拙著『現代軍事法制の研究』所収)。
   防衛監察委員の制度は、50年代半ばのドイツ再軍備期に導入された。戦争中にスウェーデンに亡命していた社民党(SPD)の一議員の発案によるもので、スウェーデンの軍事オンブズマンがモデルとなった。防衛監察委員は連邦議会の単純過半数で選出される。議員でも官吏でもなく、連邦大臣と同位の公法上の勤務関係にある。自らの裁量で軍人の基本権侵害や「内面指導」(「制服を着た市民」という連邦軍のコンセプト)の諸原則の遵守について調査する権限をもつ。具体的には、部隊内の事件に関する資料請求権や、事前の予告なしの「部隊訪問権」など。ただ、ある問題について、連邦議会防衛委員会が審議の対象にした場合には、防衛監察委員は当該事項について同時に調査することはできない。その意味で、防衛監察委員は議会の補助機関としての性格をもつ。毎年1万件を超える請願(申立て)を受理。連邦軍の内部の状況を公開して、世論を喚起している。毎年3月に「年次報告書」を連邦議会議長に提出する。この報告書はマスコミで必ず取り上げられる。
   かつては1年の兵役義務を果たしたことが就任の資格要件になっていたが、90年の法律改正で「連邦議会議員の被選挙権を有する35歳以上のドイツ人男女」とされ、女性の就任可能性が開かれた。昨年秋までその任にあったマリーエンフェルト監察委員は女性である。ある朝突然、駐屯地正門にベンツの公用車で乗り付け、「この駐屯地内で『いじめ』があったとの訴えがありました。事情を聞かせてください」と彼女が登場すれば、部隊長や人事担当将校はその質問に答えなければならない。国防省や連邦軍内部の上下関係とは無関係に調査ができる。まさに「連邦軍の水戸黄門」である。「葵の紋所」にあたるのは「連邦議会の直接任命」という点。彼女が戦車に乗ったり、駆逐艦に乗り込んで水兵たちの意見を聴取する姿は、マスコミにもよく登場した。

  ところで、ベルリン首都移転後も、防衛監察委員の事務所はボンにある。3月末まで私が住んでいたHerder通りから徒歩5分のBastei通りに、大きな庭園をもつ邸宅がある。門柱に「連邦議会防衛監察委員」というプレートがなければ、普通のお屋敷である。ここに、全国の部隊のなかで「いじめ」にあったり、待遇に悩む兵士たちからの請願が届くのだ。日本でも、軍に対する議会統制の形態として、防衛オンブズマン制度の導入を検討する時期に来ているように思われる。

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