総選挙に参加せざるの弁  2000年6月26日

日の総選挙に参加しなかった。政党というものに愛想が尽きているので、特に投票したい政党はない、といって棄権するのは学生に憲法を講義する立場の者としては美しくないし、「寝ていてくれればいい」と言われる側にカウントされるのはしゃくだというので、投票率を少しでも上げるために、投票所が閉まる20時少し前に駆け込んで、「よりまし候補」に投票するという手もあったが、それもしなかった。私は投票所に行かなかったのではなく、行けなかったのである。それはこういうことだ。わが家には妻と私、それに大学生の息子、計3人分の入場券〔正確には投票所入場整理券〕が届くはずだった。だが実際に配達されたのは、ドイツに行かなかった息子の分の1枚だけ。そこでハッと気づいた。私が帰国したのは3月31日。「素人」を装って、市の選挙管理委員会に電話してみる。担当職員はきわめて事務的な口調で、「3月12日以前に帰国されていない方には、選挙権がありません」という。選挙権がない?
 選挙権を有しない者は、公選法11条に列挙されている。「禁錮以上の刑に処せられその執行を終わるまでの者」がその典型だ。また、皇統譜に登録された天皇・皇族には戸籍法の適用がなく、公選法付則3には「戸籍法の適用を受けない者」の選挙権・被選挙権は停止すると規定され、同付則4に「前項の者は、選挙人名簿に登録することができない」とあるから、天皇・皇族には選挙権・被選挙権がない。つまり、私は「塀の向こうの面々」と「お掘の向こうの面々」と同じということなのか。そこで、東京都選管に電話をしてみる。こちらはそつのない応対で、説明の中身も一応合格点だった。今回投票できる人は、80年6月26日以前に生まれ(つまり投票日当日に満20歳)、かつ2000年3月12日以前から引き続き3カ月以上当該市町村に住所をもち、住民基本台帳に登録されている者、である。住民登録をした日から3カ月経過した人は、選挙人名簿に登録される。投票するには、この選挙人名簿に登録されていなければならないのだ。他の市町村に移っても、投票日現在4カ月が経過していなければ(つまり新住所地で3カ月に満たない間)は元の住所の投票所で投票できる。だが、これはあくまでも日本国内での話である。外国に住んでいる者は投票ができなかった。今年から「在外投票」の制度ができて、海外有権者59万人が国政選挙(2000年5月以降)に投票できるようになった(私は3月末に帰国するので登録せず)。また、航海中の船の上でも、「洋上投票」ができるようになった。リムパック(環太平洋合同演習)に参加している海上自衛隊の護衛艦「くらま」など8隻、補給艦、潜水艦各1隻の乗員計1900人も、ハワイ周辺海域で、艦長が選挙管理者となって、各艦ごとに投票したという。投票用紙は艦載ヘリで各艦に配付し、回収したそうだ(自衛隊準機関紙『朝雲』6月15日付)。こうして、海外にいて投票できなかった人たちの状況は改善された(課題は残されているが)。私のように、帰国の時期により投票できない状態にある者がいることを、選管の担当者は「制度の不備」と言った。この一言で少し救われた。講義のなかで、選挙人名簿登録について、3カ月の住所要件を縮めることも必要ではないかと述べたところ、一人の学生が、「3カ月より短くすると、某宗教政党のように信者の住民票を大量に移して、自党候補の当選をはかることがより容易になるのではないか」と質問してきた。こういう面もあるだろう。だが、選挙権は憲法上の重要な権利である。不正が生ずるおそれを過度に重視して、選挙権行使の道を狭めている現状は問題だ。3カ月要件の結果生ずる「選挙難民」(『朝日新聞』東京本社6月24日付)や、障害者や難病患者、在宅寝たきり老人などの投票方法を含め、改善策が真剣に検討されるべきだろう。と、ここまで書いてきたら、テレビの開票速報が「大勢判明」を伝えている。あの顔だけはもう見たくないという男の「続投」は確実なようだ。この結果を、「投票に行けるのに行かなかった人」はどう考えるのだろう。