「ビックレスキュー東京2000」への疑問 2000年10月1日

回は、『沖縄タイムス』 9月20、21日両日付に連載された拙稿を転載する。今回のみ、通常の「直言」の倍以上の量になる。なお、訓練の3週間前に書いた「『三軍統合演習』の悪のり」も参照のこと。写真は最初の2枚が早大水島ゼミ生撮影、その後が水島撮影。

  突然、公園の一角から真っ赤な煙があがった。擬砲煙筒(赤)を使った煙幕だ。とその時、公園の空気口のような鉄蓋がパッと開いて、迷彩戦闘服の自衛隊員が次々に飛び出してきた。担架やエンジンカッターを持つ者もいるが、大半は背嚢と携帯円匙〔ショベル〕だけの軽装。第31普通科連隊(埼玉県朝霞市)の1個中隊170人だ。
  9月3日(日曜)。猛暑のなか、東京都総合防災訓練「ビックレスキュー東京2000」が実施された。自衛隊は人員7100人、車両1090両、航空機82機が参加。人員(一般参加者を除く)の40%、車両の57%、航空機の70%を自衛隊が占める。これは例年の防災訓練とは明らかに異なる。
  石原都知事は昨年9月の防災訓練のあと、「三軍を駆使した臨場感のある大訓練をやるべきだ」と述べ、その直後に志方俊之元陸将を都参与に任命した。任期は9月30日までの 10カ月半という中途半端なもの。明らかに今回の訓練のための人事だった。志方氏は北部方面総監時代の91年8月、大規模な緊急医療支援訓練「ビックレスキュー91」を実施した経験をもつ。9年目の夏、志方元陸将が仕切る自衛隊中心の訓練が、都の訓練として行われたわけだ。それは29年前、中曾根防衛庁長官(当時)が実施しようとしたが、美濃部都知事の反対で頓挫した「三軍防災訓練」の「夢」の実現でもあった(『正論』10月号石原発言)。
  訓練会場は都内10箇所。ゼミの学生たちを都内各地に配置し、私自身も、タクシーを使って2つの会場をまわった。
冒頭の場面は、木場会場の光景である。隊員たちは、高松地下車庫(練馬区)から地下鉄大江戸線(都営12号線、12月12日開業予定)の試験車両に乗り込み、木場公園(江東区)まで機動し、非常用出口から地上に進出してきたのだ。防災訓練なのに、なぜこういう意表を突く進出方法をとる必要があったのか。朝霞や練馬の部隊は、災害発生直後の初動対処の任務をもつ。震災で電気が途絶し、構内の崩落もあり得るとすれば、地下鉄で移動する想定は不自然である。防衛庁は、地震発生の2、3日後に電力が復旧し、地下鉄が動いてからの「生活支援訓練」というが、木場会場での訓練は、どうみても初動対処のそれだった。
  大江戸線は全長40.7キロ。東京の地下環状線に近い機能をもつ。都庁前駅から計28の駅で部隊を降車させていけば、地上を移動することなく、日本の政治・経済・文化・情報の中枢に短時間で進出することができる。ちなみに築地市場駅の出口は、朝日新聞東京本社の正面玄関前にある。大江戸線を使った訓練は単なる防災訓練だったのだろうか。
  当日の自衛隊の動きを見ると、不自然な点は他にいくつもある。特に篠崎会場(江戸川区)。江戸川の河川敷は自衛隊車両で埋め尽くされ、ヘリが離発着を繰り返している。自衛隊専門紙『朝雲』8月24日付は「自衛隊だけで実施する応援部隊の集結訓練」と書いた。だが、都の計画ではそうなっていない。辻褄合わせに、1台の消防車が装甲車の隣に並べてあった。
  第44普通科連隊(福島市)と第38普通科連隊(青森県八戸市)を中軸に、東北・北海道の部隊が、東北自動車道や国道122号線などを使って集結してきた。三十八連隊は八戸から江戸川まで約660キロを走ったことになる。方面隊の長距離機動演習(他方面区演習)のミニ版を、東京を集結地にして初めて演練したことになる。しかも、44連隊は即応予備自衛官が8割を占める(会場広報)。羽田に着陸したC-130輸送機にも、第4師団(福岡)の即応予備自衛官が乗っていた。防災訓練に合わせて、即応予備自衛官の集結訓練もやっていたわけだ。
  なお、篠崎会場では、92式浮橋による250メートルの架橋訓練も行われた。震災対策ならば、橋の耐震性を高める方が先決だろうというのが率直な印象である。もっとも、渡河訓練を都内で初めて行ったところに意味があるのだろうが。
  さて、メインの晴海会場(中央区)の埠頭には、大型輸送艦(LST) 「おおすみ」(広島県呉)が停泊している。掃海艇「あわしま」(湾岸に派遣)、そして補給艦「とわだ」(これも湾岸に派遣)。その横に1隻の艦が隠れるように停泊していた。うっかりすると気づかないが、かろうじて艦番号122を確認できた。汎用護衛艦「はつゆき」。防災訓練になぜ護衛艦が必要なのだろうか。
  「おおすみ」艦内での医療訓練も、一般の人は対象外だった。負傷者が自衛隊員だけという「災害」とは何か。参加艦艇は海外展開ユニットを構成しており、防災訓練に紛れて海外緊急展開訓練をやっていたのではないかとの疑問もわく。
ドイツの『フランクフルター・ルントシャウ』紙9月1日付は、「かつてない数の軍人が動員され、東京は部分的に一種の部隊演習場に変わる」と書いたが、その通りになった。

  東京都の訓練実施細目を見ると、訓練主眼のトップは「警察・消防・海上保安庁等と陸海空3自衛隊との効果的な連携」である。従来の訓練に比べて、「と」の意味が違う。地方自治体の防災訓練において自衛隊は一つの参加単位だが、今回は「3自衛隊」。つまり、陸海空三自衛隊の統合運用が中心に置かれている。その結果、「平成12年度自衛隊統合防災演習(実動演習)」を軸に、都の計画が実質上これに組み込まれる恰好になってしまった。各会場をまわっても、自衛隊が前面に出ていた。
  実は、今回の訓練は、自衛隊の側からすると特別の意味があった。まず、防衛庁が市ヶ谷に移り、中央指揮所と情報本部が正式に立ち上がってから最初の本格的な実動演習となる。だからすべてのシステムを動かして演練することのできる絶好の機会だった。加えて、昨年3月に施行された改正自衛隊法(22条)により、統合幕僚会議議長の権限が強化された。自衛隊制服トップの統幕議長が、災害派遣や訓練においても三自衛隊を初めて統合的に指揮できるようになった。昨年3月の「不審船」対処ではまだ発動できなかったので、今回はこれを試す最初の舞台だったわけだ。11月には、「周辺事態」を想定した日米共同統合実動演習(FTX)も行われ、統幕議長による統合運用が実施される。2万人という最大規模の演習だ。総合防災訓練と周辺事態演習。これらは見えないところでつながっている。
  さて、災害に対して市民生活をいかに守るかは、自治体の重要な課題である。防災訓練も適切に行われれば意味をもつ。だが、石原知事の異様な思い入れの結果、今回の防災訓練は大きく歪められてしまった。
  知事は、今回の訓練について、「北朝鮮とか中国にたいするある意味での威圧にもなる。せめて実戦に近い演習をしたい。相手は災害でも、ここでやるのは市街戦ですよ」(VOICE 8月号)と述べていた。訓練の講評でも、「外国からの侵犯に対しても、まず自らの力で自分を守るという気概を持たなければ」と吠えている。これは、災害対策を軍事化的発想で染め上げるもので、防災訓練の趣旨を歪めるものだろう。また、知事は都の消防行政のトップの地位にある。その知事が自衛隊という国家機関を災害対処の主役だと持ち上げることは、自治体の長としては不見識と言えよう。
  災害対処における主役は自治体であり、軍隊ではない。どこの国でも、大規模災害の場合に軍隊が自治体に協力することはあるが、その場合、軍隊は常にわき役に徹している。
  例えば、アメリカ各州には州兵がいるが、州兵部隊の災害救援活動におけるモットーは、「最後に来て、最初に引き揚げる」(Last in, first out) 。避難用テントの設営や仮設トイレの設置、飲料水の提供等を行い、適時撤収する。また、オーストリア軍の災害救助隊(AFDRU)は、自治体や他の組織との連繋をはかるため、2つの原則をもつ。1つ。被災地においては、自治体の指揮下に入り、どの組織もできない専門的な仕事に徹する。2つ。自治体や他の行政機関、非政府組織、民間が行える活動を代わりにやってはならない(外岡秀俊『地震と社会』みすず書房)。
  確かに自衛隊は巨大なマンパワーである。補給なしで活動できる「自己完結性」も備わっている。だが、それはあくまでも「国」の「防衛」のためであり、災害派遣は近年、その位置づけを高めているとはいえ、自衛隊の「本務」ではない。災害対処に転用できる装備も過大評価すべきではない。
  近年、力の集中や自己完結性は自衛隊の専売特許ではなくなった。阪神淡路大震災後に発足した緊急消防援助隊と東京消防庁・消防救助機動部隊(ハイパーレスキュー)。「開かれた自己完結性」をもち、燃料や食料の補給なしに一定期間活動できる。レスキュー隊の世界では、マニュアル通りにやり、そのもつ機能を動かす訓練を「基本救助訓練」といい、実際の場面を想定し、限られた人数のなかで、臨機応変な判断のもとに訓練するのを「応用救助訓練」という。震災で東京の消防も被災したことを前提に、地方からの援助隊が東京のどこに野営し、活動するかをシミュレートする訓練も必要だった。だが今回、自衛隊の装備や能力を見せつけるのに急なあまり、自治体消防などが総合的な連携をはかる訓練が出来なかった。
  銀座会場では、消防隊の人たちが訓練のやり方を批判するのを、ゼミの学生たちが直接聞いている。「こんなふうに道路を封鎖してしまえば、どこで車が渋滞するかが分からないし、あまり実践的じゃないよ」と。
  毎年9月1日には、首都圏の7都県市総合防災訓練を実施されているが、今年は東京都が参加しなかった。3日は他の自治体は参加していない。つまり、最も訓練を積んでおくべき首都圏の自治体の連携プレーが、今年はすっぽり抜け落ちてしまい、国家の機関たる自衛隊の統合運用だけが突出させられたわけである。石原氏は防衛庁長官ではないのだ。

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