雑談(6) 「食」のはなし(1)  2000年11月13日

生時代はよく肉を食べた。30歳のときに北海道の大学に就職してからは、魚介類の方が好きになった。そして、最近では精進料理や懐石料理を好むようになった。「それはお前が老化しただけだ」という声が聞こえてくるのを承知で、今回はやや年寄りじみた話をしよう。
   精進料理は、禅門の食事である。旬の野菜、山菜、木の実、海草などを材料として、五色(黄青赤白黒)の限られた色を壊色であらわし、五法(なま、煮る、揚げる、焼く、蒸す)で調理し、五味(辛い、甘い、酸っぱい、塩辛い、苦い)で味付けすることを基本とする。五色のうち、青は春、赤は夏、白は秋、黒は 冬、黄色は四季の土用を意味し、一つの膳を宇宙に見立て、そこに天地を盛り込む。出し汁も小魚や削り節は使わず、椎茸、昆布等を用いる。そこでの主眼は次の二つ。 一つは、「壮大なる宇宙の恩恵によって人は自然のなかに活かされている」という自覚を持つこと。もう一つは、「人が生きていくために許された最小限の材料で作られた食事を、心からの感謝の念でいただく」という姿勢である。
   この教えを説くお品書きは、JR北鎌倉駅徒歩数分、円覚寺前にある精進料理の老舗「門前」にある。鎌倉に行くときは必ず寄る。そこから、鶴岡八幡宮の方向に少し歩いたところにある備屋珈琲店(恵比寿に支店あり)か、その先にある鎌倉欧林洞のコーヒーとケーキでしめれば最高だ。

  ところで、講演で地方に行くと、主催者が私のために宴を催してくれる。でも、どんなに美味しい名物料理を出されても、乾杯もそこそこに「質問があります!」とやられることが多いから、結局私はしゃべり続けることになる。人間の舌には三つの機能があるが、私は「しゃべる」という機能だけを自分の舌に課すことになる。
   『アエラ』10月16日号に「舌を鍛える」という記事があった。日本人の味覚が危ないという問題提起は面白かった。加えて、忙しい生活を していると、食事中も仕事のことが頭をはなれず、ひたすら食物を胃に送り込む。こうした事情も味覚を鈍くしているように思う。だから、「味わう」という機能を舌に じっくり果たしてもらうためにも、「ゆっくり食べる時間」を意識的につくることが大事だ。
   「食」は人間の生存の基礎である。憲法25条は「健康で文化的な最低限度の生活」を保障している。アフリカ諸国のような悲惨な飢えは日本にはあまりないが、「最低限度の生活」の質、中身はどうだろうか。食事の時間も満足にとれない長時間労働のなかで健康を害する人々は少なくない。「一家団欒」は死語に近づいている。ファーストフードを食べて、夜遅くまで塾通いする子ども。不自然なダイエットで病気になる若い女性たち。「個食」が子どもたちの成長に及ぼす影響も色々と指摘されている。そんな時、精進料理でいう五味・五色の視点は家庭料理にも参考になる。また、「人が生きていくために許された最小限の材料」という発想も、「持続可能な地球」、もっと言えば、人間と地球環境との調和の視点が出ているように思う。忙しい毎日の生活のなか、食事にもちょっとした工夫が求められている。

  私は昼食時、研究室から出来るだけ遠くの、初めての店に一人で行くことがある。早稲田界隈にも、落ちついた店が増えてきた。私の研究室から15m以内の早稲田通り沿いにある、お薦めの店を二つ紹介しよう。和食の「紅梅」(03-3202-8565)とエジプト料理の「パピルス」。前者は日替わり定食がうまい。ごく普通のカツに見えても、衣の間にシソが挟んで あったりして、微妙な味わいにこだわる店主のセンスが光る。後者はご存じエジプト考古学・吉村作治教授の店。今年の1月、家族でボンからエジプトに旅行をしたが、その 時カイロで食べたエジプト料理は不味かった。特にあのハト料理には抵抗があった。でも、「パピルス」の料理は日本人向けにデフォルメしてあるので(近藤フロア・マネージャー談)、私の口にもあう。早稲田方面にお越しの節は、一度のぞいてみてはいかが。

付記:エジプト料理「パピルス」は、残念ながら2003年をもって閉店しました。

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