わが歴史グッズの話(2)  2001年10月29日

時多発テロ以来、この話題に集中してきた。このあたりで気分転換のため、久しぶりに「わが歴史グッズの話」の続編をお届けしよう。

こういう世の中になったので、変な品物を持っていると警察に通報されそうな気配だ。例えば、毒ガスマスク。10年前のベルリン滞在中に旧東独と旧ソ連のものを入手したのが最初だった。1993年に化学兵器禁止条約が調印されたとき、市民向けシンポジウム(広島)で、毒ガスマスクを会場で回覧した。その後だんだん種類が増えて、海上自衛隊のものも含め、今では11種類になったマスクのLineup米軍のものは上半身を覆うもので不気味だ。長野県の農家にあった戦前の防空マスクも入手した。布製で、象の鼻のような恰好が何とも漫画的である。実際の効果のほどはすこぶる怪しい。

95年3月に起きた地下鉄サリン事件以後、この国でも毒ガスマスクが妙にリアリティを持ってきた。今初めて話すことだが、広島大学時代の1995年夏、講演で使おうと研究室から旧東独製マスクを袋に入れ、山陽本線に乗ったのだが、駅を降りるとき網棚に忘れてしまった。時間待ちのおかげで(田舎は長閑なのです)、間一髪で袋を持ち出せた。

ところが、その日、山陽本線で「異臭騒ぎ」があり、列車が安芸中野駅で臨時停車したのだ。長期間風呂に入っていない人が乗車したのが原因だそうだが、もし網棚にこのマスクがあったら、袋のなかの拙著やレジュメの類から、私は間違いなく県警の訪問を受けていたことだろう。オウム事件のこともあり、95年以降、毒ガスマスクを講演に持っていかないことにした。

先週、久しぶりに法政策論の講義の際に毒ガスマスクを教室に持参した。ほこりをかぶっていたイスラエル製である。まだ未使用なので、シールをとればいつでも使える。アメリカで炭疽菌騒動が起こり、不安と恐怖のため市民がガスマスク購入に走っているというニュースの解説のためだ。ペット用の小さなガスマスクもあるという。

5年前に書いた拙稿「防毒マスクが似合う街」の写真を想起させる。主婦が全員毒ガスマスクをかぶって駅から出てくるシーンは何とも不気味である。

この写真と毒ガスマスクの実物を眺めながら、名著『ビヒモス ナチズムの構造と実際』(みすず書房)で有名なフランツ・ノイマンの晩年の作品「不安と政治」(F.Neumann, Angst und Politik, in:Wirtschaft, Staat, Demokratie.Aufsäze 1930-1954, edition suhrkamp 1978, S.424ff.) を思い出した。院生時代に読んだ赤線入りを書庫から出して再読。いまを語るかのような鋭い指摘の数々に驚く。

「決定的な感情的同一化は大衆と指導者との同一化である。それは最も退行的な形である。なぜなら、それはほぼ全面的な自我の縮小によってつくられるから。我々にとって決定的に重要なのは、まさにこの形態である。我々はそれをシーザー型同一化とよぶ」「階級、政党、宗教の点ですべてが分裂しているのに、いかにして人々は統合されうるのか。それはただ一つ、敵に対する憎しみによってのみである」「指導者との同一化を維持するために、不安を制度化する。それには三つの方法が存する。テロ、宣伝、指導者に追従する人々にとっては一緒に犯罪をおかすことである」。「テロリスト」と呼ばれる人々の心象風景だけでなく、ヒステリックに報復を叫ぶ側にも、ノイマンの指摘はあてはまる。何とも言えない不安と恐怖が過剰反応を招く。「不安の制度化」は実はテロを受けた側で始まっているのかもしれない。

ドイツでは、O・シリー内相(社民党)が「反テロ立法パッケージ2」を準備している。警察と秘密情報機関との緊密な連携、逮捕嫌疑がないのに捜査に着手する、メールや携帯電話の盗聴強化、外国人の監視と排除など盛り沢山だ。1977年の「反テロ立法パッケージ1」の時、彼は赤軍派(RAF) の弁護人を務めていたから、その見事な変節は歴史の皮肉というほかない。

10月23日、ドイツ裁判官連盟、ドイツ弁護士会、弁護士協会などの法曹団体が一斉に内相批判の声明を出した。16の市民団体も内相の反テロ提案を批判した。反対声明のタイトルは「9月11日への間違った答え、監視国家」であった。警察労働組合(GdP)も「共和国を変えてしまう諸点に関する対話」を内相に要求した。冷静な意見はまだ存在している。でも、ヒステリックな叫びは、市民的自由の縮減に向かいかねない。

とここまで書いてきて気づいた。「わが歴史グッズ」の話のつもりが、またも「9月11日」の話になってしまった。ご容赦。