顔の見える選挙――早大総長選の試み 2002年7月1日

月14日、早稲田大学の総長決定選挙が行われ、新しい総長が決まった。総長は、学校法人早稲田大学の理事長と教学面の最高責任者である学長を兼ねる、文字通り早稲田のトップである。だが、これまで、選挙人は候補者の顔を直接見たり、声を聞くことなく投票してきた。私が初めて投票したのは98年総長選だったが、その時、選挙管理委員会から配られた選挙広報と、教職両組合が出す『きょうとうニュース』が判断材料だった。前者は経歴や業績を簡単に紹介するもので、写真はない。後者は、候補者アンケートを文字だけで伝える号と、組合主催の「総長候補者の抱負を聞く会」での一問一答を詳細に伝える号との2種類あった。候補者3人(当時)の写真も付いていたので、候補者の人柄や政策を知る上で有益だった。当時、早稲田に着任して2年目の私には、選管よりも組合が選挙広報に熱心に取り組んでいるという印象を持った。

  昨年6月、その教員組合書記長に選ばれてしまい、任期中に総長選があると聞いて、これは大変だなと思った。従来から組合は、総長選において完全中立の立場を堅持して臨んできたので、執行委員の皆さんには、特定候補者の推薦人にならないことを確認してもらった。中立を貫きながら、選挙の政策的争点を明確にする活動を展開し、有権者に判断素材を提供するわけである。

  総長選に向けた取り組みとして組合がまずやったことは、3月段階で『2002年総長選挙:意味と仕組みについて』というパンフレット(A4, 12頁)を作成したことである。これを2600冊印刷して、全教職員と新任教員に配付した。作成の過程で、総長選の歴史を、当時の資料にもあたって、いろいろと勉強した。今日のような総長選の仕組みができたのは、1969年から70年にかけての時期である。当時の教職両組合が大学民主化の一環として、教職員全員による直接選挙や、学生の参加方法(信任投票)の改善などを提案して、学内世論を積極的にリードしたことが大きい。その後も組合は、選挙の改善の提案を一貫して行っている。そして93年改革において、助手を除く専任教員全員、勤続8年以上または30歳以上の職員が総長選決定選挙の選挙権を持つことになった。ただ、選挙運動に関するルールが明確でないことや、若手職員に選挙権がないなど、現行制度にはさまざまな問題点が残されている。そうした問題点や、過去に組合が行った改革提案の骨子も、今回のパンフのなかで改めて紹介した。

  次いで、「こだわりの候補者アンケート」を作成した。従来は、抽象的な質問を候補者にぶつけていたが、今回は、「総長選プロジェクトチーム」を執行委員会内に立ち上げ、時間をかけて、学内の各箇所からさまざまな質問項目を集めた。職員組合とも調整しあって、最終的に23項目の候補者アンケートに仕上げた。今回立候補した2人の候補者は誠実にこれに対応。短期間に回答をお寄せいただいた。それを質問ごとに対照表にして、全教職員に2600部配付した。この対照表により、候補者の政策を比較できるようになった。これは総長選の歴史のなかで初めてのことだという。

  さらに、紙だけでなく、映像も活用した。昨年の早い段階で、私は、従来の選挙のイメージを変えてみようと思い立ち、「顔の見える選挙、声の聞ける選挙」を提案してみた。私がイメージしたのは、従来から組合が行っている「総長候補者の抱負を聞く会」を『きょうとうニュース』(計2600部)という文書の形で知らせるだけでなく、その様子をビデオに収録して、早稲田の全箇所(学部、研究科、高等学院など)で上映する「ビデオ立ち会い演説会」にすることである。
  総長選が始まってすぐに、組合は「抱負を聞く会」を開催した。映画会社に依頼して、2台のカメラを会場にセット。候補者とのやりとりを『きょうとうニュース』で伝えるため、プロの速記者2人も参加した。教職両組合の書記長が進行役となって、候補者2人に同じ質問を、同じ時間内で行った。テープは、映画会社の狭い編集室にこもって、一日がかりで編集した。偏りがでないよう、かなり神経を使った。その結果、両候補ともほとんど同じ時間内のビデオに仕上げることができた。一方の候補が先に出るAバージョンと、他方の候補が先に出るBバージョンの2種類を作り、平等な扱いを貫いた。できあがったビデオは、全執行委員が責任をもって、早稲田の各箇所で上映した。昼休みや夕方が多かったが、超多忙な職場が多く、昼休みにも会議があり、またW杯のテレビ中継が始まるという特殊事情とも重なって、ビデオを観た教職員は必ずしも多くはなかった。それでも、集計をとると、全有権者の約1割が観たことになる。ある教員は、「一方の候補者のことは全然知らなかったので、ビデオでよくわかった」と感想を述べてくれた。私は、ビデオ上映という形で、「候補者の顔と声」というものを初めて表に出す選挙をやったこと自体に意味があり、上映会の参加者数は問題ではない、と言ってきた。新総長は、自らの抱負と政策を声に出して訴えて当選した初の総長となる。
  ところで、昨年の段階でビデオ収録の提案をしたときから、「このビデオによる試みは今回が最初で、そして最後になるだろう」と言ってきた。次回2006年の総長選は、電子掲示板やインターネットを使い、学生を含めた、早稲田の構成員がリアルタイムで候補者の演説を聞けるようになるだろう、と。今回も学生・院生による信任投票の投票率は低かった(前回0.74%、今回0.48%)。候補者に関する情報がきわめて少なく、しかも投票日が3日だけでは、学生・院生の関心が高まるはずもない。4年後、電子掲示板などが活用されれば、学生・院生の投票率はもっとあがるだろう。若手職員などへの選挙権の拡大の課題と合わせて、選挙制度改革が求められる所以である。

  なお、候補者を紹介するニュースやビデオの制作費用などはすべて組合の負担である。組合が大学民主化を活動方針の一つとしている以上、総長選における活動もまた組合活動としてやっている。その財政的負担についても、全職場の合意を得ながら行っている。ただ、4年後には、大学の負担で、前述したツールを活用しながら、「顔の見える総長選」を展開していく必要があるだろう。ちなみに、このビデオテープは、大学史資料センターに、早稲田の「大学の自治」の歴史資料として1本謹呈することにした。