わが歴史グッズの話(8) 2002年9月9日
T-シャツして着ることのないTシャツが、研究室に10枚ほどある。1枚、1枚は無意味だったものが、3枚並べると不気味な組み合わせになった。これらはすべて、学生たちが旅行先などで入手してきたものである。
 私は常日頃、国内外で見つけた「奇妙なグッズ」について、それが「一見無意味にみえて、実際のところ無意味なもの」を含めて、「審査」の上で、実費で買い取ると宣言している。この手法は、札幌学院大学時代の1989年1月7日、当時のゼミ生たちが自発的に札幌大通り公園に向かい、各新聞社(今はなくなってしまった『北海タイムス』を含めて)の号外をすべて集めてきてくれたことに始まる。天皇「崩御」の号外。これを後から入手しようとしても至難の技である(実際、古本屋でかなりの値がついている)。新聞の号外はテレビ映像とはまた違った意味で、歴史の瞬間を鮮やかに示してくれる。活字のインパクトもなかなか強烈だ。私の研究室には「崩御」号外のほか、いろいろな号外が揃っている。バランス上、「おめでたい」ものも並べておこう。私自身が直接入手したものは少なく、配付された時にたまたまそこを通りかかった学生や知人が「寄贈」してくれたものが多い。私の情報(ネタ)は、こうしたネットワーク(私はこれを「ネタワーク」と呼ぶ)に支えられている(メールによる飛び込み情報歓迎)。
 ちなみに、天皇死去の翌日の『苫小牧民報』は、「天皇陛下ご逝去」という大見出しを打った(『沖縄タイムス』『琉球新報』は、あえて「崩御」見出しを使わなかった)。これらを並べて写真に撮り、私の編著『ザ・象徴天皇制』(日本評論社、絶版)で使用した。「崩御」がズラッと並ぶなか、一つだけ「ご逝去」という構図である。この本は図書館にあると思うので、ご参照いただきたい。
 さて、冒頭のTシャツに話を戻そう。セキュリティのTシャツはアメリカ旅行をした学生から、ビンラディンのそれはインドネシア旅行をした学生から、そして小泉Tシャツは、自民党の選挙事務所でアルバイトをしていた学生から、それぞれ入手したものである。もちろん実費は払った。小泉Tシャツは「こんなのいるかぁ」と思って研究室の片隅に押し込んでおいたものだが、この写真を撮るために初めてご登場願った。「一見極めて明白に無意味」と思われるものは捨てるが、心のどこかに「いつか使えるのでは?」という思いがかすめたら「有意味」と思うことにしている。その結果、家人にはゴミに見える古資料や古書が自宅書庫にも溢れることになる。
 さて、セキュリティという黄色いTシャツにご注目いただきたい。実際にセキュリティ(公安)関係の仕事をしている人は、こんなものを着て仕事をしない。もっとも、95年のオウム事件の頃からか、公安調査庁職員の「出動着」(というのかどうか知らないが)の背中に、白で大きく「公安調査庁」と書いてあるのをテレビで見かけるようになった。隠微な活動を行ってきたこの官庁は、従来なら間違ってもそれとわかるような目印は着けない。画面に登場する出動着は、趣味のため私費で作ったものではなく、税金を使ったものだろう。支出費目は、リストラ寸前の公安調査庁がその存在アピールのために作ったとすれば、広報費ということになる(←これは冗談)。なお、その頃からだと思うが、警察の出動着も派手になってきた。POLICEとか警視庁とか、○○県警とか、明らかにテレビカメラを意識したものだ。海上保安庁の職員も背中に刷り込んでいる。そのうち、汚職事件などで企業などの捜索に向かう検察事務官たちの二列縦隊の「行進」の際にも、共通の「出動着」をあつらえて、背中に「東京地検特捜部」と刷り込んだら絵になるだろう。実際、捜索時に押収物件を入れたダンボールを運ぶ際に、スーツがかなり汚れると思うので、こうした「出動着」は存外合理的かもしれない。暑い夏の時期は、いっそのこと、この黄色いセキュリティTシャツを米国から公費購入して、みんなで着用したらどうか。
 なお、米国では9.11後、愛国心高揚のツールとして、星条旗をあしらったアイテムが一気に増えた。野球帽や車に貼るワッペン、リボン、Tシャツ等々の星条旗グッズである。このほかにも、「時代」を映す「とんでもない代物」が世の中にはゴロゴロしている。でも、その「賞味期限」はきわめて短い。外国旅行中(留学中)の方で、水島朝穂が喜びそうな「奇妙なグッズ」を見つけ場合には、是非メールでご一報を。私の「めがね」にかなった場合には、実費で買い取らせて頂きます。