あるアフガン人男性の自殺 2002年10月21日
月9日深夜、大阪市生野区内のアパートで、一人のアフガニスタン人男性(30歳)が自殺した。遺書には「体は元気でも、私はごみのようなもの。生きていても何の意味もない」などと書かれていた。この男性は99年3月に、タリバン政権の監禁を脱して、日本に密入国。4月に難民申請したが、不認定となった。これに対する異議の申出を法務大臣に行ったが、昨年11月になって異議は理由なしとの裁決が出された。この間、2年半。難民認定申請は認められなかったが、1年の「在留特別許可」を得て滞在していた。男性は、妻子を日本に呼び寄せようとしたが、米軍のアフガン空爆で妻と2人の子どもは死亡していた(『毎日新聞』8月11日付)。イスラム教では自殺は禁じられているから、男性の悲しみと絶望の深さはいかばかりだったろうか。
 この男性のケースは、特に不幸な事情が重なったもので、自殺の原因をすべて入管当局のせいだと言うつもりはない。ただ、現在の難民認定手続に不備が多いのも事実である。難民申請手続に2年半。時間がかかりすぎるし、認定の仕組みにも問題がある。
 難民とは、人種、宗教、国籍、特定の社会集団の構成員であること、政治的意見などにより安全を脅かされ、国籍国に戻れば迫害を受ける可能性のある者などをいう。国連難民条約(1951年)に、日本は1981年に加入した。この条約は、難民を普通の外国人と区別して、庇護を与えようとするものだ。庇護を与えるか否かをその国の広範な裁量に委ねてしまうと、難民保護の実がとれないため、条約は、国家の庇護権行使の基準と条件を定めて、難民の追放・送還を禁じている(ノン・ルフルマン原則、難民条約33条1項)。出入国管理法は、この条約加入に伴い大幅改正されて、1982年に「出入国管理及び難民認定法」となった。出入国管理に関する法律のなかに、第7章の2として「難民認定等」が挿入された。法律の構造としては、入管行政に難民認定実務を「接ぎ木」したようなものだ。
1982年から2001年までの20年間の申請者数は2532人、難民認定者は291人である。欧米諸国に比べるとかなり少ない。いろいろ原因があると思うが、3点だけ指摘しておこう。 第1に、「60日ルール」の存在である。難民申請は「本邦に上陸した日(本邦にある間に難民となる事由が生じた者にあつては、その事実を知つた日)から60日以内に行われなければならない」(法61条の2,2項)。60日を過ぎると、「やむを得ない事情」が証明されない限りだめである。お隣の韓国では、日本と同じ「60日ルール」を設けていたが、2000年に裁判所が「難民条約の人道目的に反する」と判示し、今年4月から1 年に延長された。米国も同じ1年である。自民党内には、180日に変更すべきだという声もあるという(『読売新聞』2002年8月29日解説)。ただ、日数を3倍長くすれば問題が解決するかと言えば、そう単純ではない。
 第2に、難民認定手続きと強制退去手続きが同時進行する問題がある。迫害を逃れて日本に来た人は、有効な旅券やパスポートを持っていないケースが多い。難民申請者の約半分は不正規滞在者である。難民の申請から結論が出るまで、かなり時間がかかるので、その間に強制退去手続きが進行して、国外退去にはならないものの、入管の収容施設に収容されてしまう。難民条約の精神に従い、手続き進行中の扱いの改善が必要だろう。
 第3に、難民認定実務そのものの問題がある。『毎日新聞』8月23日付「記者の目」(磯崎由美)は、難民認定の実務を法務省の入国管理局が単独で行っていることを問題にする。「警察官に弁護士の仕事をさせるようなものだ」という比喩が適切かはひとまずおくとして、日本の難民認定の実務に指摘されるような問題があるのは確かだ。ドイツでは、難民認定には専門性が必要だということで、「連邦難民認定庁」を設けた。弁護士資格を持ち、訓練を受けた審査官が、政府から独立して判断している。韓国では、難民判定の協議会に、弁護士や学者、人権団体を加えるように制度を変えたそうだ。厳しく入国をチェックすることに専念する者と、一定の基準で難民認定を行う者とが同じ人物というのは、やはり具合が悪い。そもそも、この法律は、出入国管理と難民認定という性格の違う事柄を一つの法律にまとめた立法手法に問題がある。難民認定を、広い視野と総合的観点から行えるよう、やはり入管行政から分離することが望ましいだろう。
 1991年にベルリンに滞在した時、州住民局に住民登録に行った。物凄い数の行列に阻まれ、長時間並んだが、私の前でその日の事務は終了してしまった。翌日早朝に行って並び、昼前にようやく手続きを終えたのを覚えている。難民が大量にドイツに流れ込んでいた頃の話である。93年に基本法改正(16条)をしてから、いわゆる経済難民のドイツ流入は激減した。今後、日本にも多くの難民がやってくるだろう。「来るものは拒まず」と無制限に認めるわけにもいかないが、難民認定手続の改善は不可避だろう。手始めは、「出入国管理及び難民認定法」という接ぎ木的な法律はやめて、出入国管理法とは別個に、難民条約と日本国憲法の精神を具体化した「難民認定法」を単独の立法として制定すべきではないか。当然、その法律に基づく実務も入管当局とは別個の機関を検討すべきだろう。