水島朝穂氏(私の有事法制論 出直しを前に:中)
  『朝日新聞』2002年07月13日

 ●まやかしの「国民保護」 早大教授・水島朝穂氏
 ――国会論戦は深まりませんでした。
 野党が体系的に法案の問題性を浮き彫りにするのではなく、追及が散発的な花火に終わってしまった。法案への国民の関心が高まったかといえば、そうは言えない。
 ――なぜでしょう。
 法案を通す側の本音は、「予測」や「恐れ」の段階まで有事の範囲を拡大し、発動時期を前倒しすることにある。手の内を隠して議論しているから、国民に全体像が見えてこないのは当然だ。ブッシュ政権は「悪の枢軸」諸国に対する先制攻撃の方針を固めている。成立を急ぐ背景には、そうした事態への備えがある。「守り」ではなく、「攻め」の有事だ。今後、野党はもっと踏み込んで追及してほしい。
 ――いろいろな団体から取材や講演の依頼があったそうですね。
 ええ。JA(農協)関係の農村向け雑誌のインタビューを受けたのは初めてだ。民放連(日本民間放送連盟)にも呼ばれた。いずれも、有事に協力を求められる指定公共機関にされることへの不安がある。医療、航空関係の組合もそう。周辺事態法の時は、そこまでは行かないだろうという甘さがあったが、今回は具体的に指定されそうな業界の人たちが非常に高い関心を示し、今までの議論にないリアリティー(現実味)を感じた。
 ――地方自治体からも不安の声があがりました。
 首相が自治体に代わって直接執行できる規定もあり、自治体の反発を招いた。住民基本台帳ネットワーク(住基ネット)やメディア規制法案を含め、中央政治に対する不信の構造が強まっているのではないか。
 ――法案は仕切り直しになります。
 国民保護法制の先送りが問題だという議論がある。しかし、軍隊が守るのは国家であって、国民ではない。それが軍隊の本性だ。結果として国民を守ることはあるが、時に地域住民を切り捨ててでも中央政府を守ろうとするのは沖縄戦を見れば明らかだ。国民保護法制の実態は国民の動員体制に他ならない。民主党の切り崩し策として、国民保護という観点を入れてくるのだろうが、それで法案そのものの問題性がなくなるわけではない。
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 みずしま・あさほ 専門は憲法学・軍事法。著書に「現代軍事法制の研究」「武力なき平和」「この国は『国連の戦争』に参加するのか」。49歳。