『読売新聞』2002年4月26日付多摩版
危険運転致死罪不適用−−息子亡くした岩崎さん夫妻、不明確な実態訴え

 ◆法改正何のため? 検察審査会に不服申し立てもできず
 悪質ドライバーによる交通事故で息子を亡くした多摩市鶴牧の会社員、岩崎祐一さん(50)、悦子さん(51)夫妻が、昨年末に施行された危険運転致死傷罪の適用基準が不明確な実態を訴えている。施行から四か月が経過したが、悪質に見える事故でも、これまで通り業務上過失致死傷罪で起訴される例が少なくないようだ。

 岩崎さんの三男で専門学校生の元紀さん(当時十九歳)はバイクを運転中だった一月二十三日午後十一時過ぎ、多摩市中沢の都道で名古屋市港区の会社員久野和也被告(36)のワゴン車にひき逃げされ、脳挫傷などで死亡した。久野被告は、もう一人にけがをさせた分も含め、業務上過失致死傷と道交法違反(ひき逃げ)の罪で起訴された。

 地裁八王子支部で今月十一日に開かれた初公判の検察側冒頭陳述によると、出張で多摩市に来ていた久野被告は事故当日、午後六時半ごろから十一時ごろまではしご酒をし、最後のパブを出た時は、路上でふらついたり転んだりして、車のキーをカギ穴に入れられないほど酔っていた。

 しかし、運転を制止した仲間の忠告を無視して車に乗り込み、駐車場を出た直後に、停止中の男性(17)のオートバイに追突、首にけがをさせた。この事故の発覚を免れるため、時速約八十キロで赤信号を無視して暴走、まもなく元紀さんのバイクに追突した。事故後逃走した久野被告は、飲酒運転の発覚を妨げるため、近くで日本酒を買って飲んだ。
 「これほど、悪質な事故を起こして、どうして危険運転致死罪で起訴されなかったのか」。初公判の翌日、岩崎さんは、地検八王子支部の担当検事に疑問をぶつけた。
しかし、検事からは「こちらも悔しいが、事故の直接の原因は前方不注意。危険運転致死罪で起訴したら無罪になる可能性が大きい」という答えが返ってきたという。
 不起訴ではないため、検察審査会に不服申し立てもできない。次回公判の五月二十三日には結審する見込みだ。
 事故後、全国交通事故遺族の会に入会した夫妻は、「元紀の死を無駄にしたくない」と来月十二日、中央区で開かれる同会の総会でも実情を訴える予定。

 交通事故問題に詳しい古田兼裕弁護士も「何のための法改正だったのか。検察はまず危険運転致死罪で起訴して、公判維持が難しいと分かれば訴因変更することもできる。初めからやる気がないとしか言いようがない」としている。

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 〈危険運転致死傷罪〉 1999年11月、世田谷区の東名自動車道で大型トラックの運転手が酒酔い運転で乗用車に追突、女児2人を死亡させた事故などをきっかけに設けられた。酒酔い運転のほか、悪質な信号無視、重大な危険を生じさせる速度違反などに適用され、死亡させた場合は、最高で懲役15年が科される。