雑談(28)以上でよろしかったでしょうか? 2003年10月6日

上でご注文の品のほう、おそろいでしたでしょうかぁ〜」「1万円からお預かりしまーす」「お煙草のほう、お吸いでしょうかぁ〜」等々。「バイト言葉」ないし「ファミレス言葉」などと呼ばれる日本語の「乱れ」については、さまざまに語られている。「こうした言葉にいちいちこだわるのはおじさん化した証拠だ」と言われそうだが、そういう誤解・曲解・正解にもかかわらず、この現象については、このコーナーでも一言しておきたいと思う(多忙期用のストック原稿なので、ご笑覧ください)。
  ごく最近の体験。「1万円入りまぁーす!」と叫ぶと、奥の方で働いている店員が一斉に「入りまぁーす!」と応ずる。昼飯の弁当を買いにいったときのこと。これは一体どういう意味があるのか。おつりを渡すまでの間、1万円札が一時的にレジの店員の手元にあることを全員で確認する行為なのか。何とも奇妙である。
  あるファミレスでのこと。「ご注文のほう、お伺いしてよろしかったでしょうかぁ〜」「じゃ、コーヒーを」「はい、コーヒーお一つでございますね。それでは、ご注文のほう、繰り返させていただきます。コーヒーお一つ!、ですね」。心のなかでは、「本当にコーヒーだけでいいの?ケーキセットとかにしないの?」なんて眼差しを感じてしまう。でも、店員はマニュアル通りにやっているにすぎない。加えて、「いらっしゃいませぇ〜」という語尾のビブラート。上がるでなし、下がるでなし。ファースト・フードやコンビニの普及とともに流布した、何とも不思議な響きではある。
  今夏のある日のこと。講演前に腹ごしらえをしておこうと、新宿駅西口のトンカツ専門のチェーン店に入った。けっこう名前は知られていて、同じチェーンの別の店舗を利用したことがある。「ようこそ!いらっしゃませぇ〜」。一斉に若い店員たちが声をそろえる。「あれ、前と雰囲気が違うぞ」と思った。いやな予感が走った。ファースト・フード店ではないし、一人でゆっくりトンカツでも食べようと思っていたのに。引き返すには奥まで入り過ぎていた。「こちらのほうへどうぞぉ〜っ」と一人客用のカウンターに誘導された。声のトーンが妙に高い。不安がつのる。先客は4人だ。男性店員が、「ただいま秋の牡蠣フライフェアーをやっております。ご利用くださいませぇ〜っ。ご注文お決まりでしたらお伺いしま〜す」と大声でいう。「じゃ、牡蠣盛り合わせ定食を」。「かしこまりましたぁ〜。牡蠣盛り合わせ定食の松、でございますねぇ。ご注文は以上でよろしかったでしょうか」(←よろしくない!「よろしかったでしょうか」という言葉がいかん)。それにしても、なぜ過去形にするのか。1983年9月に北海道に赴任した時、スバル自動車の営業マンが自宅のドアの向こうで「スバルでしたぁ」と叫んだ時は驚いた。ドアを開けて、「じゃ、いまはトヨタですか」と冗談を言ったのだが、全然通じなかった。北海道方言では、「おばんでした」のように、過去形になることが少なくないが、これは方言だから許せる。北海道で聞くとほのぼのとして嫌いではない。だが、東京でファミレス・コンビニ用語の過去形を聞くと違和感がある。「よろしかったでしょうかぁ〜」と言われると、「じゃあ、冷や奴も」と、追加注文しないといけないような気分にさせられる。案の定、斜め反対側の男性がワン・テンポおいて、「じゃ、生ビール一つ」と注文していた。「以上でよろしかったでしょうかぁ〜」という「だめ押し的確認」には、そうした付随的効果が伴うことを知るべきだろう。さらに店員は明るく続ける。「豚汁と赤だしとなめこ汁がありますが、どちらがよろしかったでしょうかぁ〜」「赤だしを」「はい、かしこまりましたぁ〜。当店のゴマの使い方はご存じでしたでしょうかぁ〜」「ああ」「はい、ありがとうございますぅ」……。
  やがて、4人いた先客のところに次々に料理が届く。「お待たせしましたぁ。これでご注文の品、全部おそろいでしたでしょうかぁ〜」(←ムカッ)。「キャベツには胡麻ドレッシングか柚子ドレッシングをお使い下さいませぇ〜」(←私は油の多いドレッシングは使わないから、この選択は私には無用)。「ごはんとキャベツのほう、おかわり自由となっておりますので、お申しつけくださいませぇ〜」(←私はごはんは一膳だけにしているので、余計なお世話)。「牡蠣フライはタルタルソースのほう、お好みでお使いくださいませぇ。こちらは塩でございます。お好みでどうぞぉ〜」(←私はタルタルソースも塩も使わない。本当に「お好み」なら、あれば使う)。すぐ左隣の客にも、10秒おいてその隣の客にも、さらに向かいのカウンターの客にも、時間差でこれとまったく同じセリフが繰り返される。店内では、同じトーンで、同じ言葉が繰り返し飛び交う。ついに私のところにもきた。「ご説明」が始まった。もうげんなりしていた。
  食べはじめてまもなく、私の右隣と向かい側に新たな客が案内されてきた。注文時の言葉が再び繰り返される。お向かいに入った客に対する「説明」は、タッチの差でずれているので、同じような説明が間の抜けたフーガのように耳に響く。とその時、斜め向かいの別の男性がおかわりを要求した。「ごはんを半分、キャベツも半分」。女性店員は半ライスを届けるとともに、ステンレス製トング(はさみ)でキャベツをはさみ、客の皿にドサッと乗せた。普通はこれで終わりだろう。だが、男はこだわった。「半分と言ったでしょう」。一瞬、店員は凍った。ややあって、店員は左手に持ったボールにキャベツを引き取りはじめた。黙ったまま。表情は明らかにこわばっている。皿にべっとり残ったソースがつかないよう、慎重に作業を続ける。「キャベツのおかわり、どぉぞぉ〜」と言いながら、軽やかに皿に乗せることにはなれているが、それを「回収」することなど想定していないようだ。それでも何とか半分くらい戻して、若い女性店員は何も言わずにその場を去った。「ごゆっくりどうぞぉ〜」という、テーブルを離れる際のセリフが出てこない。沈黙したままだ。明らかにマニュアル外の事態だったのである。店内全体に流れていたあのリズムに狂いが生じた。「ごゆっくりどうぞぉ〜」という言葉が一回だけとはいえ、この世から消えてなくなったのだ。私はこの至福の瞬間に、思わず笑みを浮かべた(←不気味である)。その時、右隣の客に料理が届いた。あの「ご説明」が始まった。もう限界である。気づくと、私の皿の上に牡蠣がない。誰かが盗んだのでは断じてない。私がいつの間にか食べ終わっていたのである。舌の活動を経ないで、牡蠣は確実に胃に到達していた。「申し訳ないことをした」と胃袋の牡蠣に頭を下げ(←ウソ)、味噌汁もごはんもキャベツも漬物もまだ残っていたが、席を立った。

  話は突然、しかも一気にかわるが、わが「業界」にも耳障りな言葉がある。例えば、「〜させていただく」。学会や研究会での公式の場でも、「○○先生の論文を読まさせていただきましたが…」なんてのを聞くと、おいおいと思う。「読ませていただきました」というのは、個人的に礼状などで使えばいい。「読ませていただく」に「さ」を加えて「読まさせていただく」とするのは、公の刊行物を、公の場で紹介するのには不適切だと思う。不必要に謙遜する必要はないし、その結果文法的にも乱れるような言葉づかいはやめた方がいいだろう。ファミレスでもコンビニでも、はたまた「わが業界」でも、自然な言葉づかいが求められている所以である。
  ここまで書いたところで電話が鳴った。若い新聞記者からだった。「先生が最近出版された著書のほう、読まさせていただきましたが、近日中に紙面で紹介させていただいてよろしかったでしょうかぁ〜」と言うかと思って構えたが、別の用件だった。

トップページへ