挨拶励行で「治安回復」? 2004年6月28日

国、愛媛、札幌と毎週末の移動が続いたため、直言更新が困難をきたした。今回は6月初旬に執筆したストック原稿をUPする。世にも奇妙な条例の話である。
  『朝日新聞』5月24日付第一社会面「青鉛筆」欄に次のような記事が載った。「群馬県は『全国初』と銘打って、県民にあいさつの励行や地域行事への参加を促すことを盛り込んだ条例を制定する。県議会に提案し、6月施行の予定。正式名は、犯罪の抑制を目指して地域の連携強化を図る『治安回復推進条例』。県民からは『個人の自由の侵害』『地域行事と治安回復は別問題』などの反発の意見も寄せられた。小寺弘之知事も気にしてか、検討会議では、『当たり前のことだが、できていない。あえて書いた』と趣旨説明。罰則はなく、『理念型の条例』と強調している」。
  これを読んだとき、何ともいえない違和感が残った。「治安回復」といっても、その具体的内容は乏しい。しかも、ポイントとなる箇所はすべて施行規則に委ねられている。条例制定の目的と、その実現達成手段との関係がどうもしっくりしない。こうした条例が出てきた背景に何があるのか。
  群馬県は今年4月に機構改革を行い、これを契機に「県民サービス向上宣言」と「職員行動指針」をまとめた。県民に対しても「挨拶励行」や「地域行事参加」を促すことで、県民挙げて人間関係を密にし、社会環境の改善を図るということらしい。「職員行動指針」では、「こんにちは」〔“こんにちわ”ではない!〕などと挨拶し、迅速で丁寧な対応をするとある(『朝日』5月25日付群馬県版)。
  群馬県と群馬県警は、4月22日に県と県警、県内市町村の関係者など110人を集めて、治安対策の初会合をもった。そこで、県治安回復条推進条例案の骨子が提示された(4月23日群馬県版)。条例への動きはここがきっかけのようだが、「挨拶」にこだわったのは県教育委員会らしい。県警の治安回復対策室は治安悪化の一因として、「地域の犯罪抑止機能の低下がある」とするが、県教委は、「あいさつを通じて人間関係や地域と学校との関係を密にすることで、子どもを狙った犯罪を未然に防ぎ、治安の悪化に歯止めをかけて安全な地域社会をつくること」を狙う(5月12日群馬県版)。
  群馬県内の刑法犯認知件数は過去最悪の4万件を突破したそうで、その一方で検挙率はといえば24.7%と過去最低を更新したという。条例の制定によって県民の防犯意識を高めて、10年後に発生件数を2万件以下にしたいというわけだ(4月19日群馬県版)。
  県警治安回復対策室は、特殊車輛をのぞく県の公用車1500台に防犯ステッカーを貼った。黄色地に黒字で「防犯パトロール実施中」と書かれたステッカーは大(縦7センチ×横39センチ)と小(縦5センチ×横24センチ)の二種類。公用車の車体やリアウィンドーに貼った。公用車利用時は、不審人物や車輛などに注意をし、必要に応じて警察に通報するという(4月16日群馬県版)。県知事も局長クラスも公用車に乗っている時には常に周囲に目を光らせ、何かあれば県警に通報するというわけである。幹部公用車を減らして、覆面パトカーに転用した方が節約になるし、まだ「資源」の有効活用だと思うのだが。
  話は突然かわるが、挨拶をすること自体はいいことである。韓国で大学構内を歩いていると、私に黙礼する学生がけっこういた(一昨年、ソウル大行きのバスで学生に席を譲られた。早大正門行きバスではあり得ない現象!)。でも、挨拶をしないと罰則を科すという社会も不気味である。そこまでいかなくても、条例によって「挨拶励行」というのも何か不自然だ。群馬県議会では、条例を審議した委員会で「治安の言葉は大げさ。まるで県内秩序が乱れているような不安をあおる」などと与党・自民党の議員が猛反発したそうだ。与党側では「こんな立派な議会や行政機関が機能しているのに、治安回復とは何ごとだ」というプライドを傷つけられた反発からか、「治安とは、国や警察の所管であり、県が勝手に踏み込むべきでない」という古参議員の意見も出たという。この議員は都道府県公安委員会の制度が理解できていない。他方、野党からは、「県民を相互監視させ、人権侵害のおそれがある」という意見が出た。若手の憲法研究者が「条例案の問題点」と題した詳細な資料を配布して、「防犯の責任を県民に転嫁している」などと批判したという。その結果、11日の県議会最終日、「治安回復推進条例案」は「犯罪防止推進条例案」に名称変更されて可決・成立した(以上、『朝日』6月12日群馬県版)。名称は変わったが、「挨拶励行」「地域行事参加」を条例で市民に要求する仕組みに変わりはない。ただ、すんなり通るところを、若手憲法研究者らの努力で問題化させた意味は大きい。
  各地の自治体で「生活安全条例」が制定され、6月14日には「有事」関連7法の一つ「国民保護法」も成立し、市民社会内部の相互監視の仕組みが立ち上がってきた。何とも息苦しい世の中になったものである。かつて故・有倉遼吉早大教授(憲法学)は、公安条例や破防法などを「直線的治安立法」としつつ、軽犯罪法のビラ貼り規制など、治安目的でなくてもそのように機能させられているものを「曲線的治安立法」と呼んだ。「挨拶励行」の「犯罪防止推進条例」というのは、どういうカテゴリーに分類されるのだろうか。

【付記】韓国連載の最終回「『過去』の克服から未来創造へ――韓国で考える(3− 完) 」は7月12日に掲載します。次回7月5日号は、「直言」連続更新400回にあたるため、その記念号となります。ご了承下さい。