『朝日新聞』2004年1月28日第3社会面(メディア)
各紙の論調、賛否二分 自衛隊イラク派遣(メディア)
  イラク復興支援のため、自衛隊が初めて戦闘状態の他国に足を踏み入れた。平和憲
法を掲げる日本の、大きな転換点になるのか。国際貢献、日米関係、戦闘地域などを
めぐり、議論の分かれた派遣について新聞はどのように主張してきたのか。全国紙の
今年の社説を中心に比較した。(朝日新聞以外は50音順、日付のみのものは1月)

 ★産経新聞
  銃火がやまない地域で自衛隊が活動するのは初めてだ。テロに屈せず国際社会と連
帯する道は、リスクや困難がつきまとう。だが、国民が一つになってこの国難を乗り
越えたい。(中略)(公明党には)現地での治安が悪化した場合、派遣の再考を求め
る意見も出ているという。しかし、テロにおびえて陸自本隊の派遣を断念すること
は、政局への深刻な影響にとどまらず、国際社会からの侮蔑(ぶべつ)を受け、容易
に立ち直れない打撃を被るだろう(10日)。日本が派遣を断念した場合、テロに屈
する国として信頼と尊厳を失うところだった。(中略)「自衛隊が交戦状態に巻き込
まれるなら、日本の憲法の想定しているところではない」との指摘がある。首相が
「正当防衛論」で反論したことがその回答であろう。(中略)非戦闘地域で安全だか
ら、自衛隊を派遣するのでは本末転倒だ。集団的自衛権の行使を含め、恒久法の制定
が喫緊の課題である。(中略)できるだけ多くの日本人が自衛隊員を拍手でもって送
り出すべきだ(03年12月10日)。

 ★東京新聞
  公明党が陸上自衛隊先遣隊のイラク派遣を了とした。本隊派遣の是非はあらためて
判断するのだという。(中略)国民的な議論の場を避けて、世間や支持団体の顔色を
うかがいながら慎重を装う。これでは責任ある政党とはいえまい。(中略)問題は派
遣の環境が整っているかどうかにある。海外で死なぬ、殺さぬの規範を守り抜くに
は、どんなに心配しても、しすぎることはない(9日)。テロなどの攻撃が続く中、
自衛隊は復興支援をまっとうできる環境なのか。イラクに自衛隊を派遣するため閣議
決定された基本計画には、なおも懸念がつきまとう。(中略)戦後大切に守ってきた
「海外で戦闘行為はしない」という憲法の規範を、なし崩しにしてはならない。(中
略)イラクに暫定政府など民主的な政体が発足する時点で、イラク国民が自衛隊の派
遣を望むことを確認し、そのうえで部隊を送る注意深さがあってよい。(中略)国内
における準備状況と、現地の情勢を見比べれば、陸上自衛隊の派遣は現時点では困難
だ(03年12月10日)。

★日経新聞
  イラク復興に対する国際連帯の輪に日本が加わるのは当然である。現地の状況を考
えれば、食料、宿舎、安全確保などを自前でまかなえる自衛隊の派遣が最も現実的と
考えるのも自然である。(中略)イラク復興支援は、日本の場合、自衛隊の努力なし
にはできないが、自衛隊を派遣すればこと足りるわけではない。外交努力を含めた多
角的支援を構想する必要がある(10日)。「世界の分裂」を防ぐため日本は好位置
にいる。イラク復興でブッシュ政権にもの申すとともに、戦争に反対してきた仏独ロ
中や中東諸国にも呼びかけ多国間協力をめざすべきである。イラクへの自衛隊派遣は
平和維持から「平和創造」に踏み込む決断だ。この重い決断を、世界の分裂を防ぐ多
角的外交と連動させてこそ意義がある(1日)。イラクが不安定化し、中東情勢が流
動化すれば、日本が最も大きな打撃を受ける。世界中がテロにおびえる状況になれ
ば、世界経済は収縮する。グローバルな市場を前提とする日本経済に直接的打撃とな
る。(03年12月10日)

★毎日新聞
  米国がとる政策や事情変更は直ちに世界中に影響する。(中略)日本政府も常にま
ずは「アメリカリスク」に対応するのが最優先になっている。(中略)客観的にみれ
ば、自衛隊派遣も日本としての「アメリカリスク」への対応で、現実の政権にはほと
んど選択の余地のない決定だった。そうした事態からいつの日か抜け出すには日本の
将来に対する大きな戦略と目標が必要である。(中略)自衛隊派遣の選択は基本的に
同意する。対米追従以外に戦略を持たない現状では、行かない選択がもたらすリスク
が大きすぎる。しかしそれは主体的な選択ではない。自衛隊派遣なしに平穏になるの
を待ち、民間が行くという選択は現下の情勢ではあまりにも身勝手だろう(1日)。
イラクでの活動は憲法の枠を超えてはならない。(中略)大義に疑問がある戦争だっ
た。(中略)自衛隊が早く撤退できる状況を作り、支援を民間に引き継ぐことが当面
の最大の目標だ。国連主導のイラク復興を早く実現するための外交努力がぜひとも必
要だ(27日)。

★読売新聞
  使命感のもとに、自ら志願してイラクの人道復興支援に赴く自衛隊員を、敬意を
もって送り出したい。(中略)イラクが民主国家として再建されれば、中東、ひいて
は国際社会が安定する。それが日本の国益にもつながる(10日)。自衛隊の活動の
新たな広がりは「普通の国」へと、日本の姿、あり方を変えてゆくものだ。(中略)
国際社会の平和と安定や、北朝鮮の大量破壊兵器などの脅威から日本自身の安全を守
るため、首相が言う「国際協調と日米同盟の両立」の観点から、イラクへの自衛隊派
遣は唯一の選択肢だった。(中略)「隊員に万一犠牲者が出れば政権の危機」などと
いう発想の根底にある、戦後の一国平和主義が生んだ、歪(ゆが)んだ心理構造か
ら、もはや脱却する必要がある。(中略)今回の自衛隊海外派遣の決断は、日本には
画期的だが、国際社会では常識だ。(中略)自衛隊が安全かつ効果的に任務を果たせ
るよう、憲法解釈の変更や武器使用基準の改正、国際平和協力活動の恒久法制定など
へ、政治の決断が必要だ(4日)。

★朝日新聞
  私たちが小泉政権の方針に反対するのは、復興支援を軽視しているからではない。
フセイン政権の崩壊は歓迎すべきことにせよ、あの戦争を支持はできないからだ。ま
して復興支援のためとはいえ、自衛隊の戦時派遣へと、政策を大転換させなければな
らない大義も切迫性も見あたらない。小泉首相は国際協調を説いてやまないが、米国
が国連の同意なしに行った戦争はむしろ国際協調を壊した。(中略)首相の言葉と裏
腹に、イラクでは「全世界」が汗を流しているわけではない。それも、戦争と占領へ
の支持を多くの国がためらっているからだ。日本は本格的な支援に乗り出さねばなら
ないが、無理を重ねて自衛隊派遣を急がずとも、占領を早く終わらせ、国際社会の総
意で国づくりを助ける体制ができてからでいい。その時の派遣ならもっと広い支持が
生まれるはずだ(17日)。米軍の協力者とみて自衛隊を狙う勢力があれば場所は問
うまい。憲法とイラク派遣のつじつまを何とか合わせた特措法にさえも反する事態が
起きかねない(10日)。

●地方紙、厳しい目 水島朝穂教授(早稲田大)
  イラクへの自衛隊派遣の既成事実が積み重ねられていく中で、朝日と東京は派遣へ
の批判的姿勢をとっている。朝日はイラク戦争には大義がないと主張する。
  毎日(1日)は、派遣慎重から賛成にかじを切ったようだ。「対米追従以外に戦略
を持たない現状では、行かない選択がもたらすリスクが大きすぎる」と理由を説明し
た。
  派遣に積極的な読売、産経、日経の姿勢は一貫している。とくに読売は、すべての
論点を先取りして、「自衛隊派遣への幅広い国民の支持が望ましい」(03年12月
26日)と指摘し、政府の施策を後押しするような論調が見える。
  派遣される陸上自衛隊本隊の地元の北海道新聞は「だれのため『義』をなす」(2
0日)と問いかけ、首相の対米追随をただした。基地を抱える沖縄の琉球新報は「危
うい『強国』への一歩」(8日)、「引き返す勇気も必要」(10日)など。地方紙
の方に、派遣に厳しいまなざしがある。
  今後の社説には、アジアや世界の声を踏まえた広い視野を期待したい。