「振り込め詐欺」と「法化社会」  2005年2月28日

者体調不良により、休載します。
  今週は、 国公労連『調査時報』「同時代を診る」連載第四回を転載します。管理人



「振り込め詐欺」と「法化社会」

 ◆「振り込め詐欺」の風景

 昨年は「オレオレ詐欺」改め「振り込め詐欺」事件の被害が急増した。警察庁によれば、「振り込め詐欺(恐喝)事件」とは、「オレオレ詐欺(恐喝)事件」「架空請求詐欺(恐喝)事件」「融資保証金詐欺事件」の総称である。認知件数は2万830件。被害額は222億円に達するという(2004年10月末現在)。私のゼミ学生(女性)にも体験者が複数あらわれた。「水島ゼミ掲示板」(http://mizushima-s.pos.to/)から引用しよう。
 
「オーレーオレオレオレー♪」という表題の書き込み。「一件目は背後にサイレンの音。電話は警察官から。『お宅の○○さんが交通事故を起こしましてね、全面的に悪いと認めているんです』『でも、本人、家にいるんですけど』。二件目は『オレ○○、いま刑務所なんだけど』って」。次は、「ドッペルゲンガー体験」という表題。「うちは祖父母と同居なので、私の名前でかかってきました。『もしもし、○香だよ…』(←泣きながら)『あのー、本人なんですけど』『……』。皆さん気をつけましょう」。 老人に架空請求のハガキが届いた。その人は不安に襲われたが、ゼミ学生(男性)が相談にのり、被害は未然に防止された。差出人は「法務局認可特殊法人・日本債権管理局」。
  ――貴方様のご利用されました「電子通信消費料金未納分」について…ご案内いたします。こちら「電子消費者民法特例法」上、法務省認可通達書となっておりますので、ご連絡なきお客様につきましては、やむを得ず裁判所から書類通達後、所轄指定裁判所への出廷となります。…給料差押え及び、動産物、不動産差押えを強制執行させて頂きますゆえ、当局と執行官による「執行証書の交付」を承諾して頂くようお願いすると同時に、債権譲渡証明書を一通郵送させて頂きます…。尚、書面での通達となりますので、プライバシー保護のため、請求金額・支払方法等は当局職員までご連絡ください。――

 ◆法律用語の「暴力」

  息子・娘になりすました「オレオレ詐欺」の事例は笑えるが、老人に届いたハガキも悪質である。本誌の読者ならば、その文章が法律用語的にも破綻していることは直ちにわかるだろう。だが、一般の人は、文章全体に散りばめられている法律的な物言いに、まずたじろく。「裁判所への出廷」、「執行官」、「給料差押え」といった言葉が並ぶだけでパニックに陥る人もいるだろう。「オレオレ詐欺」は、「声」の演技がポイントになるが、架空請求詐欺の場合には、ハガキなどの限られたスペースのなかに、法的な物言いが巧みに仕込まれているところに特徴がある。身近に「権力」が近づいてくる不安感をかもしだす工夫もなされている。多少とも法的知識があれば笑いのネタになる文章でも、一般市民にとっては、不安と恐怖で眠れない夜を過ごすことにもなりかねない。
 法律や法律用語を、人に畏怖の念を与え、その心理につけ込むべく悪用する輩が増えている。昔から「よき法律家は悪しき隣人」と言われるように、一般に、法律専門家が近隣にいるのはいいが、近すぎるのも困るというイメージがある。ただ、日本の市民は法律的物言いに、あまりに弱すぎないだろうか。「裁判沙汰」という言葉がまだあるくらいだし、近隣のトラブルがすぐに訴訟となる欧米に比べれば、日本社会では、権利主張をきちんとする人は「角が立つ」ということで敬遠されがちである。でも、一般市民がある程度の法的知識を持ち、必要な法的感覚を身につけるならば、前述のような詐欺はたちどころに減少するだろう。
  近くに法的な相談のできる人がいることも大切である。その意味で、弁護士の数をもっと増やす必要があることは一般論として異論はない。ただ、数が増えれば問題は解決するかと言えば、ことはそう単純ではない。

 ◆真の「法化社会」を実現するには

  2001年6月に司法制度改革審議会「最終意見書」が公表されたが、そのなかで、「法の支配を全国あまねく実現する前提となる弁護士人口の地域的偏在の是正」が言われ、弁護士が「社会のニーズに積極的に対応し、…社会の隅々に進出して多様な機能を発揮」する必要性が指摘された。その後、こうした社会が「法化社会」として称揚されている。だが、弁護士の数(つまり量)を増やしても、「法化社会」の実現にはつながらない。弁護士の東京・大阪偏在を是正するのにも特別の努力が必要だろう。
  弁護士の「質」の問題もある。弁護士は、法律によって「基本的人権の擁護」を使命とされている唯一の職業である(弁護士法第一条)。「弁護士自治」の担い手たる弁護士会は、そうした弁護士により成り立つ。だが、法曹志望者のなかには、「何のために法律家になるのか」と問われて、「高収入を得るため」とおおらかに答える者も少なくない。企業法務や知的財産は重要な分野だが、多くの弁護士志望者がこれを目指すというのも困ったものだ。将来、労働弁護や刑事弁護などの「地味な」分野を希望する者は先細りになる可能性もある。
  たくさんの弁護士が生まれても、「社会の隅々」の弱者に関心が寄せる弁護士が少なくなれば、「東京・大阪偏在」だけでなく、弁護士の仕事の基幹部分での「偏在」が起こりかねない。そうなれば、弁護士自治は衰退し、弁護士法一条は空文と化するだろう。
  いま、「構造改革」のなかで、簡易裁判所の統廃合も進んでいる。本当の「法化社会」は、「社会の隅々」にいる人々の権利が守られるため、裁判所が必要な場所に、必要な人員を確保されて存在することが必要なはずなのだが、実際に進んでいることは、その逆である。筆者は、司法審意見書を批判的に検討して、「市民に身近で利用しやすい裁判所とは何か」「裁判官が生き生きと本来の職責を全うするために」など、「開かれた裁判所と裁判官の改革」のために必要なポイントを提言したことがある(水島「裁判所と裁判官の改革」『司法制度改革と市民の視点』〔成文堂,2001年〕参照)。3年半が経過して、そこでの危惧はむしろ現実のものとなりつつある。
  お年寄りや法的知識のない人々に警察官や弁護士などを名乗り、また法的物言いを駆使して襲いかかる詐欺集団の横行は、まさに、この社会の底辺における「法化社会」の未成熟を立証しているとも言えよう。身近に、気楽に安心して相談できる人、施設、施策を充実させていくことが必要である。同時に、法的知識と法的感覚を持った市民が増えていくことも大事である。これには、法学部出身の、あるいは「法学」を学んだ主婦がPTAや地域で活動することなども含む。「法化社会」への真の「構造改革」が求められている。(2005年1月1日稿)

国公労連「調査時報」506号(2005年2月号)所収

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