自動採点とミサイル防衛  2005年3月7日

聞の第一面というのは、事件の重大性だけでなく、日々の紙面づくりの現場の気分や呼吸も微妙に反映する。当日の夕刊当番デスクたちと、最終的には整理部デスクのところで見出しや紙面構成が判断される。だから、一面トップが常に「大事件」というわけではない。かなり前から準備された記事を持ってくることもある。その点で、『朝日新聞』(東京本社)2月15日付夕刊(第4版)一面の紙面構成は面白かった。

  トップは、長らく教育問題を取材してきた社会部記者の署名記事。「小論文2秒で自動採点――大学入試センター、システム試作」というもので、入試で出題される小論文をコンピューターで自動採点する仕組みが試作段階にあるという内容だ。大学教員として長年にわたり入試小論文に関わってきているので、採点が2秒で片づくなら、それにこしたことはないとも思う。大学関係者は、入試業務に年間大変な時間とエネルギーと神経を消費しているから、入試の負担が減るなら歓迎というのが率直な気持ちだ。だが、「自動採点」が大学関係者にとって吉報といえるかは微妙である。受験生がますます型通りの勉強法に向かわないかどうか。そのうち、面接もコンピューターでやるという時代がくるのではないか。相手のデータを記憶したコンピューターが、その受験生に最も適切な質問を行い、答え方や声のトーンなどを解析して、自動評価を出す。教員の負担は減るかもしれないが、そのような入試をやって本当にいい学生がとれるのか。はなはだ疑問である。
  さて、2月15日付夕刊一面の紙面構成が面白いといった理由は、この小論文自動採点の記事それ自体ではない。その記事の下に、4段見出しで「ミサイル迎撃・現場で判断――法案を閣議決定」という記事。その横に、3段見出しで「米、迎撃ミサイルの実験また失敗」(ワシントン特電)とあることだ。ちなみに、『毎日新聞』同日夕刊の一面トップは、「米のMD〔ミサイル防衛〕実験・3回連続で失敗」という記事。『読売新聞』同日夕刊は、羽田空港の新タワー完成の記事がトップで、その下に閣議決定の記事を入れている。『朝日』は2月10日段階で詳しい記事を出し、解説記事も載せているので、閣議決定当日は地味にいくという判断だろう。『朝日』2月15日付夕刊のトップ記事と一面ハラの二つの記事とは一見関連がなさそうで、実は深いところで関連しているように思う。

  この日閣議決定されたのは、飛来する弾道ミサイルを短時間の判断で撃ち落とせるよう、ミサイル防衛(MD)システムによる迎撃手順をあらかじめ定めておくための自衛隊法改正案である。事後の国会報告を義務づけてはいるものの、一番の問題は、現場の判断で対応できる権限が確実に増えることである。ミサイル迎撃を「防衛出動」(自衛隊法76条)の場合と解すると、安全保障会議や閣議、国会承認(緊急時は事後)が必要となり、10分という短時間では間に合わないというのだ。だから、「弾道ミサイル等に対する破壊措置」という規定を新たに設けて、手続を簡素化し、閣議を省いて防衛庁長官の判断に委ねるというわけである。もっとも、長官がいちいち判断するわけではなく、事前に政令などで内部の段取りや手続を定めておくから、現場の判断の余地はかなり広がる。改正案では、「発射の兆候があり、日本に飛来する恐れがある場合」と「事前に兆候がない緊急の場合」という二つの場合が想定されている。「恐れ」というのは曖昧だが、情報収集衛星により、ミサイルに燃料を注入していることがわかった場合はそれにあたるとされる(『朝日』2月10日付)。また、ミサイルの迎撃は、わが国の領域または公海上空で行う。要件は「我が国に向けて現に飛来する弾道ミサイル等」ということで、日本上空を通過して米国に向かうミサイルを迎撃することは集団的自衛権行使になるので、今回の改正案には含まれていない。

  だが、この種の議論で注意しなければならないのは、「10分で飛来するから」という形で、きわめて限られた思考の枠にあらかじめ追い込んでおいて、首相や国会の関与なんかやっている暇はないという勢いで、法改正を行っていくことである。今国会に提出されるといわれ、これが通れば、「飛来するミサイル」に対して、閣議を省いて迎撃できるという仕組みが出来上がる。何も、こういう事態がすぐ起きるとは誰も考えてはいない。要は、「武力攻撃事態対処法」から「国民保護法」、そして今回の自衛隊法改正を含めて、すべては「おそれ」や「予測」という実際の事態より前の段階で行動できるようにシステム化することが進んでいることである。こうした「有事」システムを、世論や政治のチェックが弱いときにどんどんと成立させていくことに主眼がある。
  
なお、人の判断を介在させないで瞬時に対応できるというシステムを考えた場合、これを突き詰めていくと、自動発射システムが一番合理的ということになる。1980年代、旧ソ連が中距離核兵器の自動迎撃システムを採用したが、中距離核の場合、飛来までに10数分なので、相手のミサイル発射を確認した段階で、こちらもミサイルを全弾発射するという「発射命令の自動化」を行った。もし相手のミサイル発射が誤認だった場合、ミサイルの反撃を止めることは誰にもできない。こうしたジレンマを描いた映画が冷戦時代にいくつも作られたことは、承知のとおりである。

  さて、米国がミサイル迎撃実験を3回連続で失敗したという記事も興味深い。ミサイルをミサイルで100%撃ち落とすことは不可能なことはずっと前から明らかであった。ABM(弾道弾迎撃システム)→SDI(戦略防衛構想「スターウォーズ計画」)→TMD (戦域ミサイル防衛)と、60年代から90年代にかけてミサイル迎撃の仕組みがいろいろと変わってきた。研究・開発を含め、実現に向けてたくさんのお金も使われた。だが、「費用対効果」からいっても、何よりも100%迎撃は不可能という冷厳な事実によっても、これらの仕組みは定着することはなかった。いま、こうした計画で儲けたい企業や技術者たちの「失業対策事業」のように、隣の国の、まともに飛ぶのかも怪しい「ミサイルもどき」を理由にして、日本国民の多額の税金が使われようとしている。この国では、法的整備が一番遅れるのが通常だが、今回は妙に早く、十分な議論もないままに「弾道ミサイル破壊措置」なる権限が法的に創出された。ミサイル防衛の実施に向けた地ならしは確実に進んでいる。私は、日本がMDシステムを完全に導入した直後に、米国が日本の頭越しに北朝鮮と国交回復をするのではないかと思っている。なぜ、いま、この国で、「ミサイル防衛」なのか。この壮大なるアナクロニズムを止めることは、焦眉の課題である。自動採点システムで大量の誤った不合格判定を出すという悪夢を想像しなくてもいいように、こうした安易なシステムの導入にも、慎重な姿勢が必要だろう。

付記:
1997年1月3日から8年以上続いた「直言」も、体調不良のため、2月14日の432回目で一時中断しました。旧稿の転載で毎週の連続更新は継続しましたが、これからは○○回達成といった、更新を自己目的化することはやめて、地道に発信を続けていきたいと思います。とりあえず今回は、2月21日掲載予定でほとんど出来上がっていた原稿に加筆してUPします。今後とも、どうぞよろしくお願いします。

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