雑談(41)音楽よもや話(6) WPOのこと(その2)  2005年3月28日

沢ミューズのアークホールで、早稲田大学フィルハーモニー管弦楽団(WPO) の第26期生の卒団記念演奏会が開催された。この3月に卒業する学生たちを軸にしたコンサートである。プログラムは、モーツァルトのオーボエと管弦楽のための協奏曲ハ長調(K. 314) と、ブルックナーの交響曲第5番変ロ長調である。早稲田の学生オーケストラによるブルックナーを聴くのは、30年前の早稲田大学交響楽団(WSO) の第8交響曲以来である
  
最初のモーツァルトでは、オーボエ奏者が緊張しすぎていた。ただ、バックの弦の細やかな動きに、初めて聴くWPOのブルックナーへの期待が持てた。休憩後、いよいよブルックナーの第5番である。指揮者は東京シティフィルのヴァイオリン奏者、征矢健之介氏。大編成のオーケストラ相手だが、派手な動きは一切しないで、全体を丁寧にまとめていく。日頃の練習を通じて、楽団員との深い信頼関係が生まれていることを感じさせる堅実な指揮ぶりである。ブルックナー独特の宇宙的世界の広がりと深みという点では不満も残るが、各セクションともに、学生オケだからという私の頭のなかにあった先入観を払拭してくれる力演だった。
  
ブルックナーの場合、例えば、第4番の第1楽章の冒頭のように、ホルンの役割がきわめて重要である。第5番でも、ホルンのソロは随所にあるが、今回は奏者が緊張のため固くなりすぎていたのが残念だった。ホルンという楽器は、奏者の心の動きをストレートに音にしてしまう、ごまかしのきかない楽器の一つとされている。それでも、聴かせるところは聴かせていたから、よくがんばったとは思う。モーツァルトでは固くなっていたオーボエ奏者も、第2楽章の5小節目から入る哀愁に満ちたソロをきれいに吹いてくれたのでホッとした。全体として木管も金管も、鳴るべきところで鳴っていたように思う。
  
今回、特筆したいのは、弦の響きである。この曲の目玉は、圧倒的迫力の第4楽章とともに、第2楽章アダージョの美学にある。第2楽章は5部形式で、第2部31小節目から、弦楽合奏が重厚で深い響きを奏でる。スコア(総譜)には、「非常に力強く、はっきりと」(Sehr kräftig, markig)と作曲者自身の指示がある(注)。しかも、第1、第2ヴァイオリンに対してG線で弾くことを要求している。G線(最も低音の弦)上だけで音を出すから、深みと渋みが出る。この弦楽合奏は、どこまでも美しい。この部分は、短いながら「もう一つのG線上のアリア」とでもいえようか。この主題の再現部である107小節(F)からは、低弦の分散和音をバックに同じ主題が展開されるが、「できるだけG線」とあるように、最初の指示よりも緩やかである。だからこそ、最初の31小節目からの弦の響きは気合を入れないといけないのだが、指揮者がその構造をよくつかんでいて、オケもよくがんばっていたと思う。
  
いうまでもなく、この曲の白眉は、第4楽章フィナーレにある。堂々たるフーガが展開されるのだが、指揮者は各セクションを十分に鳴らしながら、それぞれがくっきり浮き出るようにメリハリをつけていく。31小節(A) から、チェロとコントラバスが第一主題を明確に打ち出すが、これがフーガ進行になっていくところは小気味いい。175小節(H)から金管がコラール主題を高らかに歌いあげる。この二つの主題が巧みに絡み合い、二重対位法という凝った構造になる。途中から第1楽章の第1主題がスパイスのように加わってきて、ゴシック建築のような安定感のある重厚な構造美を見せてくれる。指揮者は、弦の各セクションにきちんと役割分担を自覚させてつつ、それぞれのバランスをとりながら、厚みを加えるよう引っ張っていく。もちろん完璧とはいえないが、大過なく進んでいった。金管群も、OBの助力もあって、よく鳴っていた。私は学生オーケストラがこの曲の構造美を出そうと賢明に努力する姿に率直に感銘を覚えた。
  
もう一つ面白かったのはティンパニーである。WPOの奏者は女性だ。これは珍しい。ブルックナーの演奏ではティンパニーの巧拙が響く。例えば、第4楽章の270小節(L)で、ティンパニーのアクセントを付けた二連打で次の高みへと進む。この箇所はけっこう大事だ。トレモロを続けた直後に打ち込むから奏者は緊張するが、今回の演奏では、ティンパニー奏者を二人置いて、直前のトレモロだけを男性奏者が代わってやり、気合を込めた二連打を女性奏者がバン、バンときめた。「かっこいい!」という瞬間である。306小節(M)から頂点に達するまでは、長い長い「お・あ・ず・け」が続く。イライラするくらいクレッシェンドを引っ張って、耐えて耐えてクライマックスに向かう。このあたりの弦の刻みは着実である。354小節(Q)の二連打もきまった。そして、583小節から解放感あふれるコラールに突入して、一路コーダに向かう。610小節目からティンパニーの強打のトレモロが延々と25小節も続く。途中からもう一人のティンパニー奏者が加わり、大きく盛り上がって終わる。最後の一打を女性奏者が全身の力で打ち込むのを見て、思わず微笑んだ。
  
学生オーケストラというと、若さとパワーを強調すると思われがちだが、今回の演奏会を聴いた印象では、意外に抑制されたバランスのよさを感じた。もちろん、音を外したり、後半には疲れも見えたりしたが、全体として大過なく、安心して聴くことができた。ゴシック建築のような構造美とともに、宇宙的な広がりをもつこの曲の場合、単に力で押し切るような演奏を私は好まない。その点、征矢氏の丁寧な指導と堅実な指揮は、学生たちに地味だが、滋味深いブルックナーの世界を表現させていたように思う。このことにまず感謝したい。これだけきちんとした演奏ができるなら、もっと便利な会場で、より多くの人に聴いてもらいたかった。
  私は会長に就任したばかりなので、今回は「主催者側」としての目ではなく、初めてWPOを聴いた一聴衆の目から感想を述べてみた。そのうち、主催者側としての自覚が生まれてくれば、こんな文章は書けなくなるだろう。少々持ち上げすぎたきらいもないではない。正直にいえば、あまり期待しないで参加したので、その「反動」がこういう文章になったともいえる。「うれしい誤算」である。
  
ところで、WPOでも不思議な出会いと再会があった。指揮者の征矢健之介氏は51歳。都立国立高校の1学年後輩にあたる。高校時代は面識はなかったが、2年間、同じ高校で学んでいたことを今回初めて知った。楽屋にご挨拶にうかがったところ、指揮者から出た言葉が「先輩!」だった。帰宅後、高校時代の名簿をみると、彼の名前があった。私が部長をしたサークルの親しい友人と同じクラスだったことにも驚いた。オケのメンバーのなかにも、私のこれまでの人生のなかで縁のあった人々(その子弟も)が何人かいた。そういう出会いの連鎖に支えられながら、私がこの世にまだ生を享受していられることのありがたさを思った。
  
なお、5月22日(日)14時(13時30分開場)から、ティアラ江東(江東公会堂)大ホールで第52回定期演奏会が開かれる。曲目はベートーヴェンの交響曲第1番とドヴォルザークの交響曲第7番である。それでは、主催者側となった会長としての言葉で本稿を結びたい。「皆さん、定期演奏会に是非ご来場下さい。入場は無料です」。

(注)ブルックナーの交響曲には、後の編纂者が手を加えた「版」の問題がいろいろとあるのだが、第5番は基本的にオリジナル版でいける。ここではノヴァーク編のものを参照した(Anton Bruckner Gesamtausgabe, V. Symphonie B-Dur, Musikwissenschaftlicher Verlag, Wien 1951)

付記:体調回復の途上にあるため、今回も「雑談」シリーズをUPする。