わが歴史グッズの話(19)♪話しあいのマーチ♪  2006年2月13日

ノシートというのをご存じだろうか。17センチの片面だけの透明で薄いレコードのことである。いま、33回転や45回転(ドーナツ版)のレコードを売っている店は数えるほどになった。かつて実家には78回転のSPレコードがたくさんあった。メンゲルベルク、トスカニーニ、ビーチャム、ワインガルトナーといった大指揮者たちの演奏を、「シャー」というノイズの向こうから感じ取るのはスリリングで楽しかった。だが、は、なぜか大量にあったSPレコードを処分してしまった。23年前のことである。LPレコードは大量に残されたので、今もごくたまに聴くことがある。そのため「ナガオカのレコード針」は保存してある。そんななか、珍しいソノシートを入手した。表紙は水前寺清子の笑顔の写真。タイトルは、「自民党」「話しあいのマーチ」である。作詞・星野哲郎、作曲・猪俣公章、編曲・竹村次郎。「365 歩のマーチ」によく似ており、結党14年目の1969年につくられた自民党イメージソングである。非売品で、党関係者に配付されたようだ。この37年前のソノシートをまだ持っている自民党員がどれほどいるだろうか。


 話しあいのマーチ

 星野哲郎 作詞 猪俣公章 作曲 竹村次郎 編曲 水前寺清子 唄

1 云いたいことは なんでも云える

  自由がここに  あるんだぜ

  話しあおうよ  どこまでも

  話しあおうよ  純粋に

  心と心の    空間を

  みんなの意見で 埋めよう

2 互いに一歩   近よるだけで

  場面はぐっと  広くなる

  話しあおうよ  隠さずに

  話しあおうよ  恐れずに

  小さな自分の  立場から

  はなれて大きく 目をあけて

3 知りたいことは なんでも訊ける

  自由がここに  あるんだぜ

  話しあおうよ  若者よ

  話しあおうよ  友達よ

  明日はわたしの ためにある

  明日はあなたの ためにある


  2004年7月12日のフジテレビ選挙特番で、「選挙トリビア」としてこの曲がスタジオに流された。多くの出演者が「へぇ〜」を連発したという。もし2005年の「9.11総選挙」のあとに同じことをやったら、「へぇ〜」の嵐になっていたことだろう。それくらい、「9.11総選挙」とその後の自民党内の状況は異様である。派閥はほとんど機能せず、「党中央」の指示のもと、地方や議員に管理・統制が徹底して及び、「話しあいのマーチ」とは正反対の、反民主的中央集権制の政党になったかのようだ。
  
「話しあおうよ どこまでも」どころか、「自民党をぶっ壊す」と過激に吠える小泉総裁のもと、「いいたいことは 何でも云える 自由がここに あるんだぜ」とは到底いえない、「ものいえば、唇寒し」の状態が続いている。ベリア(スターリンの側近で、粛清の先頭に立った内務人民委員)のような武部幹事長は、郵政民営化に反対した自民党現職議員の選挙区に「刺客」を送り込み、これに抵抗する県連幹部の罷免を求め、執拗に地方組織の「粛清」をはかった。「ここまでやるか」という粘着質なやり方で、地方組織を萎縮させていった。地方の利益誘導政治を基盤としていた自民党は、「互いに一歩 近よるだけで 場面はぐっと 広くなる」という派閥の連合体としての強みを誇ったが、「いいたいことは  何でも云える」は過去のものとなった。「知りたいことは なんでも訊ける」どころか、ベリア幹事長からは国会議員にも地方組織にも、命令のような指示が届くばかりという。「心と心の 空間を みんなの意見で 埋めよう」なんて雰囲気は吹き飛び、個々の議員の主張や意見だけでなく、服装や話し方、拍手の方法まで管理されようとしている。

  例えば、83人(総選挙直後)の「小泉チルドレン」に対して出された「マスコミ取材への心構えについて」という文書には、「派手な服装や高価なブランド物を避ける」「語尾を伸ばしたり、あいまいに発音しない」「知らないことは『知らない』と言う。『勉強します』で許される」などと書いてあり、「小泉学校の校則」と皮肉っぽく紹介されるほどだった(『毎日新聞』2005年10月6日付)。
  
さらに1月20日の小泉首相の施政方針演説の前に、小泉チルドレン82人(すでに1人辞職)に対して、「拍手指南書」がファックスされた。「83会」会報で、演説文の17箇所に「拍手すべき場所」と印がつけられ、「要所要所で声援、拍手をお願いします。演説後は米大統領演説のように、83会全員が立ち上がり、30秒程の拍手をしましょう」と細かい指示がなされていた。会報が事前に民主党議員にわたったため、ヤジのなか、実際に起立して拍手したのは井脇のぶ子議員ら数人だけだったようである(『読売新聞』2006年1月21日付)。「長く続く嵐のような拍手」というように、拍手まで演出した独裁者スターリンを想起させる。小泉首相がスターリンに似ているという見方もあるようだが、さもありなむと思う。スターリンも小心者の引きこもり型だったようで、権力を握るや疑心暗鬼に陥り、とてつもない粛清を行った。権力のトップに孤独な変人を座らせると危ないという教訓である。
  
「話しあいのマーチ」は、自民党にとって、完全に過去のもの、「歴史グッズ」になってしまうのだろうか。

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