北海道新聞2006年5月3日 社説

米軍再編と日米安保*拠るべきは民意と憲法だ

  米国が世界戦略を大きく転換するきっかけになったのは、二○○一年九月十一日の大規模テロだった。以後、テロや大量破壊兵器の拡散といった「新たな脅威」への対応が、米国にとって最重要の課題となる。

 そこで打ち出されたのが、兵員や武器の数ではなく能力・機動力を重視した軍事力の整備と、同盟国の役割強化である。地球規模で進む米軍のトランスフォーメーション(変革・再編)は、その具体化にほかならない。

 日米の外務、防衛担当閣僚による安全保障協議委員会(2プラス2)が在日米軍再編で最終合意した。日本は同盟国として従来とは異質の、極めて大きな役割を担うことを約束した。

 しかし、この合意は拠(よ)るべき民意と憲法をないがしろにしていないだろうか。そのことに強い危惧(きぐ)を覚える。

*負担減が生む新たな負担

 在日米軍再編のねらいは「抑止力の維持」と、基地を抱える地域の「負担軽減」にあったはずだ。

 日々騒音に悩まされ、事故の不安におびえる住民、とりわけ過大な負担を強いられてきた沖縄の人たちが何より願ったのは、そうした苦しみから解放されることだった。

 残念ながら、期待は裏切られたといわざるを得ない。

 再編協議の最大の焦点だった沖縄県の普天間飛行場の移設先は、県内の名護市辺野古地区で決着した。県外・国外移設を求める県民の声は聞き届けられなかった。

 岩国基地(山口県)には厚木基地(神奈川県)から空母艦載機の訓練が移転してくる。千歳などには嘉手納基地(沖縄県)の戦闘機の訓練が分散移転される予定だ。

 在沖縄海兵隊八千人のグアム移転などはあるにせよ、一つの負担減が新たな別の負担を生むというのが、米軍再編の一面の実態といっていい。

 しかも、これらは地元に事前の相談がないまま頭越しに決められてしまった。各自治体がこぞって受け入れに反対した背景には、一方的に負担を押し付ける政府への怒りと不信がある。

 政府は「安全保障問題は国の専管事項」だというが、だからといって国民が無条件に政府に判断や決定を委ねているわけではない。

 自治体には姿勢を軟化させているところもある。だが、沖縄にしても岩国にしても反対の世論はなお圧倒的だ。

 住民の理解を得ないままごり押ししても米軍再編は円滑に進められないことを、政府は肝に銘じるべきである。

*同盟の強化にひそむ危険

 2プラス2は共同発表で「日米同盟は新たな段階に入る」と宣言した。

 見逃せないのは、そこに不戦、専守防衛という戦後日本が守り続けてきた一線を踏み越える危うさがひそんでいることだ。

 例えばキャンプ座間(神奈川県)には太平洋からインド洋、アフリカ東海岸までを作戦範囲とする米陸軍第一軍団司令部と、テロなどに対応する自衛隊の中央即応集団が置かれる。

 横田基地(東京都)には自衛隊の航空総隊司令部が移転し、米軍とともにミサイル防衛(MD)を担う。

 日本をアジア・太平洋地域全体の戦略拠点に位置付けようという米国の意図はあらわだ。

 自衛隊が本格的に米国の戦略に組み込まれれば、憲法が禁じる集団的自衛権の行使に道を開きかねない。

 日米安保条約の対象範囲が「極東」という地域に限定されていることも、忘れられたかに見える。

 日米両国は軍事協力のさらなる強化を目指して防衛協力指針(ガイドライン)の見直しにも着手する方針だ。

 敵対国やテロ組織に対しては先制攻撃も辞さないという米国との軍事的一体化が進めば、いずれ憲法と衝突する事態が訪れる。

 案の定、自民党からは、集団的自衛権の行使を認めるべきだとの声が上がり始めた。

 米国の戦争に日本が巻き込まれる。日米同盟はすでにそうした危険水域に迫っている。

*国会の怠慢は許されない

 再編協議で最後までもつれたのが、海兵隊のグアム移転費用だった。

 日本は最終的に七千億円の巨額負担を受け入れた。その直後、米側は国内の移転費用を含め再編に必要な日本の負担総額が三兆円に上り、さらに膨らむかもしれないとの見通しを示した。

 数字の根拠は明らかではないが、できるだけ日本に金を出させようという思惑がにじむ発言だ。

 ここにも現在の日米関係が象徴的に表れている。米国にとって日本は、付き従ってくる国ではあるが、決して対等な関係を結ぶ相手とは映っていないのではないか。

 米国の態度を見ていれば、今後、要求がエスカレートしてくることは十分考えられる。その時、毅然(きぜん)とはね返す主体性が政府にあるだろうか。

 米軍再編がこれほど多くの重大な問題をはらんでいるにもかかわらず、国会では満足な議論が行われていない。政府の説明責任と同時に、野党にも論戦を通して問題を明らかにし、ただしていく責任がある。

 そのうえであらためて政府に求めたい。米軍再編実施の前に立ち返るべきは民意と憲法である。