「させていただく」症候群 2010年7月26日

閣支持率をはじき出す世論調査が、こんなに頻繁にやられたことがかつてあっただろうか。民主党政権下の10カ月あまり、ずいぶん「世論調査」の数字を見せられてきたように思う。鳩山内閣の急激な支持率低下。菅内閣になっての「V字回復」。そして消費税発言後の急降下。 「民意」に合わせようと、政策の迷走も始まる。佐伯啓思京大教授はいう。「われわれは『パブリック・オピニオン(公共的な意見)』と『マス・センティメント(大衆の情緒)』を区別しておかなければならない。『パブリック・オピニオン』が1、2カ月でそれほどコロコロ変わるとは思えないから、かくも短期のうちにクルクル変わる世論調査の結果は、たぶんに『マス・センティメント』と見なしておいた方がよいであろう」(「日の陰りの中で」『産経新聞』2010年7月19日1面)と。

かつてはワイドショー的視点がこの『マス・センティメント』を煽っていたように思うが、現在ではネットの世界が一番の推進役になっているように思う。わずか10カ月間で、2つの内閣が生まれては消えていった。もしかしたら1年のうちに3つ目が…。

山口二郎北大教授は、『東京新聞』7月18日付の連載コラムで、「風刺と冷笑」として、最近の新聞の傾向として、風刺と冷笑の区別がついていないと批判している。いわく。「権力者が横暴、独善に陥った時には風刺は自由を守るための武器となる。しかし、政治家も国民もみんなで悩み、議論しなければならない時に、力を失った権力者をからかうことは政治そのものへの冷笑につながる」と。新聞が鳩山前首相や菅首相を揶揄することは、冷笑につながるという評価である。ネットの世界に足を踏み入れれば、そこには、政治家だけでなく、すべてが冷笑どころか、「嘲笑」さらには「蔑笑」の対象になっている。山口氏が指摘していることは、ネットのそうした「空気」が、現実の世界にフィードバックしてきた結果なのかもしれない。

それはともかく、私は「直言」で、森喜朗以来の歴代首相たちをかなりきつく批判してきた。鳩山首相や菅首相も例外ではない。最高権力者である以上、それは当然と考えている。「力を失った権力者」という表現は、やや手前味噌ではないか。首相の座にある以上、彼(彼女)は最高権力者である。今回は執筆時間がとれなかったので、以下、連載記事をアップすることにしたい。「させていただく」という言葉を使いすぎる政治家たちへの警告の意味も持っている。


 「させていただく」首相が残したもの

 

◆「させていただく症候群」

新聞の「声」欄に、63歳男性の、「就活優等生のごとき鳩山首相」という投書を見つけた。「上品なスーツ姿、『させていただく』を連発する慇懃な語り口、記者や野党議員からどんな質問をされても、無視せず直ちに応じる。…就活なら、これで上出来である。しかし、政治家はそうはいかない」(『朝日新聞』2010年5月26日付「声」)。

 半年前、この連載で「『同盟』思考からの脱却を−『普天間問題』」を書いた(本誌566 号〔2010年2月〕)。「最低でも県外」と言った鳩山由紀夫首相が、普天間「移設」先をめぐって迷走し、結論を「逐次延長」していた頃のことである。1月の名護市長選挙で「移設」反対派が当選するや、「民意は民意として受け止めさせていただく。5月までに政府として結論を出させていただく強い決意だ」と、衆院予算委員会で答弁した(『朝日』1月25日付夕刊)。党首討論で、公明党の山口那津男代表から、首相就任後に一度も沖縄に行っていないことを批判されるや、「現地の皆様方の声を十分におうかがいさせていただきたい。その時期が来たら、必ずそのようにさせていただく」(同4月22日付)と語った。

 基地移転先と目された鹿児島県徳之島町の町議数名が官邸を訪れると、「徳之島のみなさんにも様々な考えがある。民意の一つを勉強させていただく機会になればという思いだ」と述べた(同5月12日付)。そして、辺野古「移設」に抵抗する福島瑞穂消費者・少子化担当大臣について、「ご理解いただけるように最後までできる限り努力をさせていただく」(同27日付夕刊)と語ったその翌日、辺野古「移設」を内閣として決定。福島大臣を罷免した。そのことを伝える記者会見は、「本日、国民の皆様に、日本国全体の安全と生活に直接かかわるご報告をさせていただくため記者会見を開くことにいたしました。…まず冒頭、昨年秋の政権交代以来、この問題に取り組んできた思いを一言申し述べさせていただきます」で始まった(同29日付)。直後に社民党は連立を離脱。首相の責任を問う声が高まるなか、鳩山首相は両院議員総会で辞意を表明した。そこでも「社民党とは一緒にこれまで仕事をさせていただいてきた」(同6月2日付)と語り、何とも腰が座らない。おそらく歴代の首相のなかで、この「させていただく」という謙譲表現の使用頻度は、最も高かったのではないか。

随分昔のことのように感じるが、麻生太郎首相(当時)も衆議院の解散時期を問われ、「しかるべき時期に私の方で判断させていただく」(同2009年7月7日)、「解散については、いろいろな諸要素を勘案して私自身が決めさせていただく」(同6月11日付)と繰り返し述べていた。「〜の方」という言い方も時代を感じる。 そう言えば、直近の菅直人首相も、民主党代表選に先立つ演説のなかで、「政調〔政策調査会〕をぜひ復活させていただく」と語っていた(『日経』2010年6月4日付夕刊)。政調は小沢一郎前幹事長の強い意向で廃止されていたわけだから、「させていただく」という表現は小沢氏に対する「配慮」のつもりだろうが、毅然と「復活いたします」となぜ言えないのか。  2009年から2010年の間に、3人もいれかわった首相(内閣総理大臣)のポスト。これには憲法上強力な権限が与えられている。例えば、国務大臣の罷免は、首相が「任意に」行うことができる(憲法68条2項)。衆議院解散も首相の判断一つである。だが、重要な判断を求められる場面で、「させていただく」という謙譲語が乱発される。これは聞き苦しいだけでなく、首相の政治姿勢や発言内容の信用度にもマイナスに働く。そう言われた菅首相は、「今後、『させていただく』という言葉の使用は極力控えさせていただく」と述べるのだろうか。

◆米国には「献上語」?

 6月8日に菅内閣が発足するや、メディアの論調は様変わりした。一体、普天間問題はどこへ行ってしまったのかという印象である。 6月16日に閉会した第174国会は、法案成立率が55.6%と、42年前の佐藤栄作内閣時の55.8%よりも低い。何もない「平時」に閣法(内閣提出法案)が成立しないというのは異常である。国会運営がいかにひどいことになっていたのかの証左である。国会運営だけではない。公約やマニフェストも「破るためにある」と言わんばかりの勢いで、昨年の総選挙前のそれが換骨奪胎されている。例えば、「次の総選挙まで値上げしない」と言っていたのに、参院選挙前に、「10%」という数字まで挙げて、消費税の税率アップが語られはじめている。 普天間問題や「日米同盟」についても、マニフェストは修正されている。まるで総選挙前のそれが別の政党のものに感じられるほどに、その書き換えは劇的である。

 曖昧とはいえ「東アジア共同体」が語られ、「日米同盟」の微妙な相対化も感じられた鳩山内閣とは対照的に、菅内閣と自民党政権との違いは見えにくくなった。菅首相の所信表明演説では、「日米同盟は、日本の防衛のみならず、アジア・太平洋の安定と繁栄を支える国際的な共有財産と言えます。今後も同盟関係を着実に深化させます」と述べられていた。これでは、「国際公共財」とまで言い切った某防衛大臣政務官と大差ないだろう。 辺野古「移設」を決めた「日米共同声明」では、複数の滑走路を造る可能性が示唆され、米側からはX字形滑走路の要望もあったという(『朝日』5月29日付)。普天間飛行場の「代替」施設といいながら、その本質は、冷戦後初の新基地の建設ではないか。MV-22Bオスプレイ高速強襲輸送機の新配備も狙われている。大型双発ティルトローター機で、離着陸時はヘリコプター、上空ではプロペラが水平になり、プロペラ機のように高速で水平移動するすぐれもの。辺野古新基地は、中東に向かう空母部隊と一体運用されるだろうから、極東における「殴り込み」部隊の重要拠点となる。X滑走路は、オスプレイの運用構想と無関係ではあるまい。 菅首相の「現実主義」は米国に密着する方向に舵を切った。鳩山的謙譲語は、米国への「献上語」にかわっていくのだろうか。

◆鳩山首相が残したもの

沖縄に希望を与え、それを失望に変え、絶望の淵にまで追いやった鳩山前首相は罪深い。だが、逆説的ではあるが、わずかな「希望」もある。それは、もし鳩山政権が昨年12月段階で辺野古「移設」を決断していたら、沖縄や本土の一部で反対の声はあがったとしても、ここまで一般の関心をひくことはなかったということである。県民大会に県知事や保守派のすべてを勢ぞろいさせて、沖縄全体を県内移設反対にまとめ上げたのも鳩山首相の「功績」である。徳之島も、受け入れの方向に民意を分断するチャンスはあったが、ことごとく失敗していった。つまり、この「日米共同声明」の内容の核心部分は、実行不可能な状態になったのである。八方に謙譲語を使いまくる鳩山流は、こういう「結果」を残していった。それをどう使うかは、私たちの課題である。  (2010年6月21日稿)

〔「水島朝穂の同時代を診る」(連載第69回)『国公労調査時報』572号(2010年8月)より転載。太字部原文は下線〕

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