痴漢冤罪事件はなぜ起きるか(その1) 2012年2月27日

く普通に社会生活を営んでいる人が、ある日、突然、身に覚えのないことで犯罪者の扱いを受け、テレビや新聞に名指しで叩かれる。ネット上には、不名誉な「事実」が無数に残る。誰にでも起こりうる現代の恐怖である。

憲法研究者の飯島滋明氏(名古屋学院大学准教授)が事件に巻き込まれた。昨年12月に私の研究室で、飯島氏から事情を聞いた。以下、そこでの話を踏まえつつ、また彼自身の書いたものや担当弁護士らの論稿を参考にして、痴漢事件に関する捜査手法や報道の姿勢について考えてみたい(その1)。その上で、痴漢冤罪事件に関する最高裁判決(2009年4月14日)を読み直し、この種の事件についての視点を再考したいと思う(その2)。

昨年5月3日。飯島氏は婚約者とその両親と4人で、彼の車で広島旅行をしていた。夕食後(同日19時20分頃)いったん4人は旅館にもどるが、以前から広島で牡蠣を食べようと話していたので、彼女を無駄に歩かせまいと、飯島氏は1人で牡蠣の店を探しに出た。かつて広島に宿泊した時に記憶していた店を目指していくが、閉店していた。そこで広島駅の駅ビル2階の店を目指して移動する。途中、6人ほどの高校生の集団と遭遇した。「早くお店を見つけ婚約者と合流したいとの思いで急いでいたのですが、〔高校生らは〕狭い道をふさぐような感じでゆっくり歩いていたので、一番隙間ができているところを通り抜けようとしました。…自転車に乗っていた女性が倒れてきて、私にぶつかりました(自転車に乗ってゆっくり移動していたのでふらついたのかもしれません)。私の右腕あたりにぶつかってきました。重い感じで、ちょっと触れるという感じではありませんでした。…しばらくしてその女性は悲鳴をあげました。私は『自分からぶつかって、こちらが悪いみたいな対応はないだろう』と思いつつも、気にも留めずに駅ビル2階を目指して移動しました」。

駅ビルに着き、20時13分、お好み焼き「麗ちゃん」の前から婚約者に電話をする(送信履歴あり)。その直後、背後から警察官2人に両腕を強く抱きかかえられ、「話を聞かせてほしい」と強い口調で言われた。「何の根拠があってこんなことをするんだ。逮捕令状があるなら出せ」と抗議すると、警察官は「任意捜査です。署で話を聞かせてほしい」とこたえた。「刑事訴訟法197条〔捜査に必要な取調べ〕が根拠だ」という警察官もいた。もみあっているうちに、2人の女性がやってきて「覚えがあるだろう」と言われたが、飯島氏は「覚えがない」とこたえた。婚約者がエスカレーターで上がってくるのが見えたため、飯島氏が動きを止めたところ、警察官は「8時34分、現行犯逮捕」と言って、婚約者の目の前で、左手に手錠をかけた。そこでまたもみあいになる。婚約者が「落ち着いて」と言ったため、飯島氏が動きを止めたところ、警察官は彼の右手にも手錠をかけ、連行した。容疑は、広島県迷惑防止条例3条1項(公共の場所・乗り物において、著しく羞恥心又は不安を覚えさせるような仕方で、着衣等の上から、又は直接他人の身体に触れること)違反である(罰則は6月以下の懲役または50万円以下の罰金〔同15条〕)。

被疑事実はこうである。
(1)「被疑者〔飯島氏〕は、お好み焼き『ゆうゆう』近くの歩道で広島駅方面から西に向かって歩いていたところ、西から広島駅方面に向かって歩いてきた被害者を含む6人の高校生の集団と遭遇し、すれ違いざまに、右手で集団の中の一人の女性(A)の右の太ももをコップをつかむように触った」
(2)「被疑者はそのまま西に向かって歩いて行ったが、再び被害者らの集団の方に戻ってきて、郵便局前の歩道で被害者らに追いつき、(1)の約2分後、集団の中の別の女性(B)の左側の腰の部分を右手でつかんだ」。

男子高校生2人が飯島氏を尾行。残りの高校生が駅前交番に駆け込んで通報した。尾行した高校生の連絡で、交番に向かった仲間とともに警察官が駅ビル内にいる飯島氏のもとに向かい、前述のような逮捕に至ったものである。

本件は実に奇妙な事件である。まず(1)と(2)によると、飯島氏は高校生らと2度遭遇したことになっている。だが、飯島氏には(1)の遭遇についての認識がまったくない。婚約者のために店を探すことに懸命で、『ゆうゆう』付近でこの集団に出くわしたことについての記憶もないという。閉店の店の近くから反転して、急ぎ駅ビルに向かう際、目の前にこの集団がゆっくり歩いていた。それは先に述べたように、集団の一番隙間ができているところを飯島氏がすり抜けていく形になった。被疑事実では、(1)と(2)の2箇所で女子高生に触ったことになっているが、地図上で確認すると、距離は15メートルも離れていない。

女子高生(B)は、歩行する仲間に合わせて自転車を低速で走行させていた。この(B)が集団の間を通り抜けようとした飯島氏に接触した可能性が高い。実際、道いっぱいに広がる高校生の集団に対して、他の通行人はこれを避けるようにして左右いずれかに進路を変えて通り抜けて行ったが、飯島氏だけは集団の中を通り抜けようとしたことに対して、高校生らは違和感をもったようである。そのことで、「あのおやじ、むかつく」と思ったとしても不思議はない。「目撃者」は仲間の男子高校生であり、後述するメディア報道では通行人が目撃者のような印象を与えるが、実際は違っていた。

こうした高校生らの言い分をもとに、警察は当初「任意同行」と言っていたのに、すぐに現行犯逮捕に移行している。他の犯罪では考えられないほど、痴漢事案の場合には安易な逮捕が行われている。本件でその例にもれない。逮捕の根拠は、「被害者」が「この人がやった」と言っているという供述だけである。

飯島氏は直ちに当番弁護士を要請。当日の担当だった谷脇裕子弁護士が4日に接見し、すぐに足立修一、石口俊一(元・広島弁護士会会長)という私が広島大学勤務時代から旧知の強力な弁護団が誕生した。弁護団は裁判所に勾留決定をしないよう、「痴漢行為はあり得ない」という意見書を提出。さらに、勾留質問前に担当裁判官との面談を実現して、飯島氏が広島に来た経緯(婚約者とその両親との旅行)などを説明した。これらの迅速な活動が功を奏して、裁判所は検察の勾留請求を却下した。検察官が準抗告(処分に対して不服申し立て)をする可能性があったので、弁護団は「事件現場」の調査などを開始し、また検察官にも面会を求めた。その結果、検察官は準抗告しないという判断をした。こうして、5日午後5時頃、飯島氏は釈放された。

弁護団は早急に不起訴処分をかちとることが必要であると判断し、担当検察官との面談を繰り返した。まず客観的証拠の保全と検討状況を確認するとともに、「被害者」の女子高生、「目撃者」の仲間の高校生の供述状況と供述内容の確認を行った。警察は手に付着した微物やDNA鑑定を行っていたが、何の付着物もないこともわかった。警察はまた、飯島氏のアルコール検査も行い、アルコール度数が0.015だったことを確認していた。これは飲酒運転になるアルコール度数の10分の1である(『人権と報道連絡会ニュース』277号〔2011年12月31日〕)。

また、「被害者」らの供述によっても、飯島氏と「被害者」との接触の態様、接触の時間などの点で、故意に接触したとの認定は困難ではないか。こうした点を中心に、弁護団は検察官に説明した(以上、足立修一「痴漢冤罪事件で不起訴処分を勝ち取る」『法と民主主義』2011年10月号参照)。
   こうした弁護団の迅速かつ適切な活動の結果、8月24日、広島地検は飯島氏を不起訴処分にした。不起訴処分は無罪判決と同様の効果をもつ。

痴漢事件で裁判所が勾留請求を却下し、かつ検察が準抗告をしないというのは貴重な成果である。弁護団の動きが迅速でポイントをついていたこともあって、裁判官が事件性は薄いという心証を早い段階でもった可能性がある。検察官も、この程度の証拠では公判維持は困難と判断したものと推察される。一般に痴漢事件の場合、警察、検察、裁判所ともに「結論先にありき」の傾向が強いなか、これはきわめて珍しい、かつ貴重なケースと言えよう。婚約者との旅行中という事実、高校生の集団のなかを通り抜ける際の出来事であったことなどが早期釈放、不起訴につながったと言えよう。これが満員電車の車内であれば、このような展開になったかどうかは分からない。

それにしても広島東署の対応には問題がある。「現に罪を行い、又は現に罪を行い終わつた者」(刑事訴訟法211条)の現行犯逮捕の要件からいって、「犯行」があったとされてから30分近く経過し、かつ「現場」から数百メートルも離れた駅ビル内での現行犯逮捕には無理がある。判例は、犯行後4〜50分経過、1100メートル離れた地点での逮捕を現行犯として認めたものもあるが(最高裁1967年9月13日決定)、他方で、40分経過後、かつ250〜300メートル離れたところでの逮捕を違法としたケースもある(大阪高裁判決1987年9月18日)。飯島氏のケースについて考えると、「被害者」の仲間が「犯行」場所から継続的に尾行しており、距離が離れ、時間は経過しているものの、「犯行」と逮捕との間の近接性は担保されているという見方も一応可能である。だが、憲法33条の逮捕に対する保障に鑑み、このような実務には問題がないとは言えない。とりわけ痴漢事案の場合、「被害者」の一方的な思い込みや勘違いの可能性をほとんど考慮せず、逮捕に対する保障のハードルが著しく低められているのは問題だろう。痴漢冤罪事件を生む土壌は、憲法33条の精神を没却した逮捕実務の現状のなかにもあると私は考えている。

ところで、人は逮捕されれば、嘘の自白をすることもある。これは無数の冤罪事件からの教訓である。「刑事手続と人権」について大学で講義する飯島氏ですら、こう述べている。「正直なところ、私も留置場にいるときは自白を考えていた。私は婚約者の前で広島県警に手錠をかけられた。婚約者やご両親と車で広島に来ていたので車で移動しなければならない。しかし、私の逮捕のショックで婚約者が車の運転をして事故でも起こしたら…と考え、警察に『車を運転しないように婚約者に伝えてほしい』と頼んだ。しかし、広島県警は断った。また、私が逮捕されたことを婚約者から聞いた実母も東京から広島まで駆けつけたが、10日以上も勾留されれば母親が体調を崩すかもしれないと考えた。自白すればすぐに身柄が釈放される可能性が高い。やってもいない犯罪だが、自白することが頭をよぎっていた。…留置場生活を2日間体験したが、あまりに劣悪な環境のため、精神的におかしくなりそうになった。ここから逃れたいために、やっていないが『私がやりました』という気分になる人もいた〔ことも今は理解できる〕」と書いている(飯島「冤罪と国家権力・メディア」前掲『法と民主主義』所収)。

飯島氏に限らず、憲法や法律の専門家であっても、自らが被疑者となって留置場に入れられ、取調べを受けるという体験をすれば、衝撃と屈辱で頭がまっ白になり、「嘘の自白でもいいから、早く外に出たい」という心象風景に陥ることは容易に想像がつくところである。冤罪の怖さがここにある。

もう一つ問題なのは、メディアの報道である。本件について、メディアは実名で、勤務校の名称まで入れて報道した。浅野健一「冤罪の主犯は警察情報だけの実名報道――憲法学者痴漢冤罪」(『週刊金曜日』870号(2011年11月4日)によれば、各紙、各局の報道の状況は次のようなものだった。  

まず、共同通信が4日未明に配信した「名古屋の准教授逮捕 女子高生触った疑い」という女性記者による署名記事。「広島東署は3日、女子高校生の太ももなどを触ったとして、県迷惑防止条例違反の疑いで名古屋市○○区△△▽丁目、私立大准教授飯島滋明容疑者(41)を逮捕した。逮捕容疑は、3日午後8時ころ、広島市南区大須賀町の歩道で女子高校生(17)の太ももを触り、その後同区松原町の路上で別の女子高校生(17)の腰を触った疑い。…目撃者が近くの交番に行き通報した」。原文では○○はすべて実名で、所番地まで具体的に出している。

『中日新聞』5月5日付は、共同配信記事を使い、「私立大」を「名古屋学院大」に変えて報道した。『毎日新聞』は、「休暇で一人で広島を訪れていたという」と末尾で書いた。『読売新聞』は「酒に酔っており…」と書いた。地元の『中国新聞』だけは、「名古屋市○○区の大学准教授男性」と仮名にした。
   テレビ各局も全国ネットで実名、大学名を出して報道した。NHKは「通行人が駅の交番に駆け込み、駆けつけた警察官が逮捕した。逮捕された際、酒に酔っていた」と伝えた(日本テレビもほぼ同様)。

私自身、ネットで飯島氏の名前を検索したところ、膨大な量のサイトやブログがヒットした。憲法研究者としての仕事よりも、「女子高生に痴漢」というものが上位に並んでいる。特に腹がたったのは時事通信である。不起訴になった後も、ごく最近まで、逮捕第1報の4日午前1時31分配信の記事をニュースとしてネット上に出していた。これには飯島氏の実名と自宅のある区の名称まで明記されている。その後、削除されたが、このニュースがそのままブログや掲示板に貼り付けられ、いまもネット上に無数に存在する。

ここで確認できることは、各紙、各局とも、まともに取材した形跡がないことである。いずれも警察情報のみで報道したと浅野氏は批判する。前述のように、警察が行ったアルコール検査の結果はシロだった。それなのに、なぜ「酒に酔っていた」というNHKニュース(広島)や『読売』記事になるのだろうか。『毎日』のように、「休暇で1人で広島を訪れていた」というのは明らかに誤報である。この記事を書いた記者は飯島氏本人には取材していないので、「休暇で1人で」とは何の根拠があってそう書いたのだろうか。

石口弁護士、足立弁護士、谷脇弁護士の連名で毎日新聞社に提出した抗議文(2011年11月10日付)に対する回答(2011年11月15日付 北川創一郎大阪本社地方部長名)には、「警察への取材に基づき記事にしました」とある。今回の事件をめぐって、昨年12月17日に行われたシンポジウム「匿名報道原則の実現へ」(人権と報道・連絡会主催)で報告した足立弁護士は、「警察はこんなことを言うはずがない」と語っていた。同じシンポジウムで自身の問題について報告した飯島氏は、「広島東署は私だけではなく、実母や婚約者にもウソをついていたので、警察がウソをついた可能性は十分にある」と述べている。警察が嘘の情報を『毎日』に伝えたかどうか、真偽は不明だが、十分な取材をしなかったために虚偽の情報を流したことだけは確かだろう。

「アルコール度数は0.015」や「婚約者とその両親と4人で」という事実をきちんと取材して把握しておれば、「これはおかしい」となるに違いない。『中国新聞』だけは他紙と距離をとった伝え方をしたが、それは、同紙司法担当記者が「警察発表の内容がおかしいと思って仮名にした」からである(前掲『週刊金曜日』浅野論稿より)。ジャーナリストとして、これが普通の感覚だろう。だが、各紙、各局は、警察が垂れ流す情報で安易な記事やニュースにしてしまった。ネットをみると、「痴漢をするために広島に講演にきた憲法研究者」とか、「酔っぱらって女子高校生に触った」といった間違った書き込みやブログ言説があまりに多く、飯島氏の名誉は日々傷つけられている。

通常の刑事事件なら、証拠や証言について慎重な姿勢をとる記者も、こと痴漢ということになると思考停止し、警察のストーリーに簡単に乗ってしまう傾向が強い。今回の件に限らず、記者は報道する前に、思い込みでない丁寧な取材をするという基本を踏まえるべきだろう。

なお、足立弁護士は、5日午後5時に飯島氏の釈放を確認すると、当日午後6時から9時頃まで、報道各社に対して、釈放を報道するように片っ端から電話をしたという。また、日本テレビやNHKに対しては、ネット上に残っているニュースを消去するように要請した。しかし、どこも消極的姿勢に終始し、ある社は「逮捕・起訴は報道するが釈放は報道しない」と断言したそうである。『中日新聞』に至っては、「共同〔通信の〕記事を流しただけ」という情けない応答だったという(前掲・足立論稿)。メディアは逮捕時点の報道には積極的だが、釈放時には消極的という傾向がここにもあらわれている。なお、中京テレビは不起訴時点で報道したものの、「わいせつ容疑の大学准教授、不起訴処分」として、強制わいせつ罪(刑法176条)容疑で逮捕されたかのような間違った伝え方をした。飯島氏は、不起訴報道によっても、さらに傷つけられた。

飯島氏の場合、婚約者と結婚して、その年の秋からフランスに在外研究することが決まっていた。この件でフランス行きは取りやめになった。ここでは詳しく書けないが、飯島氏からの聞き取りによると、大学教員として、研究・教育上これ以上はないという著しい損害を受けたと言えるだろう。彼の場合は強力な弁護団の迅速・適切な活動で、勾留請求却下、不起訴という結果になったが、痴漢冤罪事件ではたいがい、容疑を否定し続ければ、長期勾留の末に起訴され、有罪判決が出ている。仕事も社会的信用も失う。飯島氏の場合も紙一重だったと言えよう。

警察の安易な現行犯逮捕、警察情報だけに基づく実名報道など、たくさんの問題があるが、やはり痴漢冤罪事件の奥にあるもう一つの問題についても考えておく必要があるだろう。それは、こと痴漢事件になると、日頃は理性的、客観的な議論をする人でも、あきれるほど感情的、主観的な議論に走る傾きが強いことである。「疑わしきは被疑者、被告人の利益に」「合理的な疑いを超えた証明」といった刑事事件の鉄則を忘れ、剥き出しの敵意で「痴漢の犯人」を糾弾する。痴漢冤罪事件の怖さがそこにもある。

そこで想起されるのは、防衛医大教授を無罪とした、2009年最高裁判決のことである。第3小法廷の5人の裁判官の意見の分かれ方こそ、まさに世間における痴漢への向き合い方の縮図と言えると思う。次回は、この最高裁判決を、反対意見や補足意見にまで立ち入って読み直すなかで、この問題に関する視点を磨くことにしたい。(この項続く)


《付記》本「直言」で紹介した飯島滋明氏が、『痴漢えん罪にまきこまれた憲法学者』(高文研、2012年8月)を出版した。本件に関して15〜41頁、81〜82頁、98〜100頁、149〜151頁を参照のこと。

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