年のはじめに「憲法97条のはなし」            2015年1月5日

宮崎シーガイヤからの朝日

けましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願い致します。

1997年1月3日以来、毎週1回の更新を続け、今回で18年になる。一度も休まず続けてこられたのも、読者の皆さまの激励の賜物である。近年、ブログが普及して、毎日書き込むのが当たり前というなか、私はブログにも、分秒単位のツイッターにも手を出さずに、とにかく「1週間に1度」の更新ペースを18年守り続けてきた。パソコンで書いたものをすぐにアップするのではなく、推敲者のチェックを受け、紙の媒体で赤字を入れたものを再びワードに入力して、それを管理人(現在、9代目)がアップするという手工業的な方法をとってきた。これからも「親指シフトキーボード」とともに(実験映像はこちら)、「ホームページ週1更新」にこだわりたい。このままいけば、2015年12月末に「連続更新1000回(週)」(500回の「直言」参照)となる。健康に注意して、「親指の執筆」を続けていきたいと思う。

さて、冒頭の写真は、12月14日、総選挙投票日の早朝、講演で滞在した宮崎市(講演会チラシPDF)シーガイアの高層ホテルから撮影した太平洋の朝焼けである。選挙の結果は、52.66%という低投票率と、自民党が17%(比例)の得票率で、与党合わせて3分の2を超える議席を占めることになった。選挙中、安倍晋三首相は、「アベノミクスを続けるのか否か。この道しかない」と争点を極端に絞り込み、解散から最短期間で投票日に持ち込んだ。メディア、特にNHKは、「アベノミクスの評価を最大の争点とする総選挙・・・」という前振りでニュースを流し続けた。憲法改正や集団的自衛権行使容認の閣議決定、原発再稼働などの重要問題が争点となって、有権者がそれぞれに関して判断を求められることはついになかった。

安倍首相記者会見

にもかかわらず、投票日の翌日、安倍首相は、さっそく憲法改正について、「3分の2の多数派を形成するという大変慎重な取り組みが求められている」として「重ねて意欲を表明した」(『毎日新聞』12月16日付一面トップ記事「安倍首相、改憲へ『努力』」)。集団的自衛権行使容認の閣議決定についても、国民の理解は得られたといわんばかりの勢いだった。選挙期間中、「危ないテーマ」は猫をかぶってすり抜け、選挙が終わるや、全権委任を得たかのように振る舞う。そうした政治的詐術に痛みや迷いが一切感じられず、お目々キラキラ真っ直ぐに進んでいく。この首相の最大の強みは、その反知性主義的なシンプルさにある。それゆえ、この政権には、かつてないほどに「傲慢無知」や「厚顔無知」が横行している(「四つの無知」)。そこに一貫しているのはただ一つ、政権基盤を固めること、つまり首相として可能な限り長くその地位にとどまること、これである。

2年前、直言「アベコベーション」の日本――とりあえず憲法96条?」で次のように書いた。「事物の本質に反した、逆転の政策ばかり。まったくアベコベのことをやっている。安倍内閣が行う『アベコベ』の政策と施策、それによって引き起こされる諸結果や状態を総称して、私は『アベコベーション』と呼ぶ」と。その後2年間は、それがあらゆる分野で進行している。解雇特区、非正規雇用の拡大、残業代ゼロ、生活保護の母子加算廃止等々、弱者いじめ政策を推進する一方で、出産・子育てと仕事の両立、「すべての女性が輝く」政策などを恥ずかしげもなく打ち出してくる。消費税アップと年金額2%カット。「地方創生」などの、竹下内閣ばりの恣意的バラマキ政策。50カ国余を慌ただしく訪問して、経済援助をばらまいてくる(ちゃっかり国連非常任理事国選挙の票読みも兼ねて)。政策的整合性などお構いなし。まさに「アベコベーション」である。

2012年総選挙当日の記者会見で、安倍首相は、「憲法改正に向け、発議要件を定めた96条の改正を先行させる」と述べた。背番号96の巨人「軍」ユニホームを着用して、「私は第96代内閣総理大臣だが、憲法96条を変えたい」)とまでいった。あれだけ「最優先」のはずの「96条先行改正」は一体どこへ行ってしまったのか。今回は、「私は第97代内閣総理大臣だが、憲法97条を変えたい」とはまだいっていない(注)。だが、憲法97条削除については、すでに自民党憲法改正草案(PDFファイル)に明記されている。

その97条は、「この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であつて、これらの権利は、過去幾多の試練に堪へ、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである。」と定める。これは、11条の「国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与へられる」と表現上も、内容上も重なることは見てのとおりである。だからといって、97条は「ダブリ」だから削除ということになるだろうか。自民党改憲草案は、「現在及び将来の国民」までも削除してしまっている。

自民党の説明は、『自民党憲法改正草案Q&A』(PDFファイル)に出ている。Q44「憲法改正草案では、現行憲法11条を改め、97条を削除していますが、天賦人権思想を否定しているのですか?」という項目である。「我が党の憲法改正草案では、基本的人権の本質について定める現行憲法97条を削除しましたが、これは、現行憲法11条と内容的に重複していると考えたために削除したものであり、『人権が生まれながらにして当然に有するものである』ことを否定したものではありません」と。

Q&Aでは「内容的に重複」というのが削除理由だが、そもそも11条と97条とでは置かれている位置関係がまったく違う。11条は第3章の人権条項の冒頭にあって、人権の歴史性と普遍性を条文として宣言し、具体的な人権条項への総論的役割を果たしている。他方、97条は第10章「最高法規」の冒頭の条文であって、最高規範性の宣明(98条)と、権力を担う主体に対する憲法尊重擁護の義務づけ(99条)の目的を示すものである。つまり、統治のあり方も憲法の存在理由もまさに人権の保障にあるということである。それだけ97条は憲法の最高規範性を確保するために不可欠な条文といえるだろう。それを「内容上重複」というだけの理由で削除するのは、憲法条文上の設計思想を理解しない、不遜な態度というべきである。また、私は憲法97条の解説のなかで、憲法における「時間軸」について指摘したことがある。

…基本的人権は、不可侵かつ永久の権利であり、かつ、いま生きている「現在の国民」だけに保障されるものではない。11条と97条はともに、まだ生まれていない「将来の国民」への眼差しも忘れていない。憲法における「時間軸」の問題である。97条は、基本的人権が、人類の自由獲得の努力の産物であるという歴史性にも言及している。ここでは「スパルタクスの反乱」など、奴隷制時代の闘争にまで遡及するわけでなく、近代、特に18世紀市民革命期の自由と民主主義を求める努力が想定されている(宮澤俊義=芦部信喜補訂『全訂日本国憲法』日本評論社)。「過去幾多の試練に堪へ」とは、各種の全体主義による自由と民主主義に対する攻撃や圧迫に対する抵抗と、それを守り続けてきた努力の総体を指す。そのような歴史への眼差しは、97条の特徴である。11条が、人権の総則としての位置づけをもつのに対して、97条ではさらに、基本的人権の「過去」と「現在及び未来」との関係やパースペクティヴを明確にしつつ、最高法規の章に置くことで、基本的人権を憲法のレゾン・デートル(存在理由)にまで高めたものといってよいだろう。…

この「自民党憲法改正草案」が出たときは、「直言」では次のように批判していた。「『自民党憲法改正草案』(2012年4月)には、たくさんの条文が削除ないしは改変されているが、とりわけ97条(基本的人権の尊重)の削除は象徴的である。憲法の「最高法規」の章にある条文を削除することによって、この草案が目指すものが、基本的人権を軸とした憲法ではないことを正直に語ってしまった」と。

昨年、集団的自衛権行使に関する政府解釈を閣議決定で変更するという狼藉をやってのけた以上、憲法の明文改正という大変エネルギーを必要とする課題はしはらく棚上げして、他の懸案事項に向かうのが普通なのだが、安倍首相の場合は違う。憲法改正は彼のアイデンティティにかかわることであり、総選挙で衆議院議員4年の任期を得て、2015年の間に、憲法の本質的な部分に手を着けようとするだろう。『南ドイツ新聞』(Süddeutsche Zeitung)12月15日付評論(Ch. Neidhart執筆)は、祖父の岸信介元首相が、もし解散・総選挙をやっていればもっと長く権力にとどまれたと回顧録に書いていることに注目して、安倍首相にとってこの解散・総選挙の唯一の狙いがその任期の延長にあったとしている。そして、安倍首相が最も重視していることが、祖父が追求してやまなかった憲法改正であることを鋭く指摘している。

2015年は、岸信介(の人脈)に操られた安倍首相が本音を突出させてくる年になるだろう。その意味で、常会の施政方針演説が注目である。もう一つは戦後70年の8月に向けて、歴史を逆転させるような声明ないし宣言を準備するだろう。「戦後の古稀」は、「過去への逆走」が際立ってくるに違いない。これとどう向き合うかが2015年最大の課題である。

さて、新年最初の「直言」なので、例年のように、私の2015年の抱負を書き記しておきたい。すでに述べてきたように、今年はパワーアップ(任期を倍加)した安倍政権による憲法改正への動きが急となる年になりそうである。同時に、今年は、代表をしている全国憲法研究会の創設50周年である。5月の学会の際に50周年記念行事を主催する。また、『50周年記念論集』の発刊もある。私の代表任期は本年10月までなので、それまでは重要企画の成功のために全力をあげたいと思う。

研究面では、昨年は、単編著1冊(『日本の安全保障3巻・立憲的ダイナミズム』岩波書店)、共著1冊(水島朝穂・大前治『検証 防空法―空襲下で禁止された避難』法律文化社))、分担執筆書4冊(日本平和学会編『平和を考えるための100冊+α』同志田陽子編『映画で学ぶ憲法』同村井敏邦・田島泰彦編『特定秘密保護法とその先にあるもの――憲法秩序と市民社会の危機』日本評論社奥平康弘・山口二郎編『集団的自衛権の何が問題か』岩波書店)のほか、雑誌論文を6本発表した。今年は、久しぶりに単著の論文集を出版する。また集団的自衛権と憲法の問題をわかりやすく論じた「憲法ライブ」形式の単著を出版予定である。現在7刷までいっている『18歳からはじめる憲法』(法律文化社)の改訂版も準備作業中である。他に分担執筆書を4〜5冊出版する。

大学教員生活も32年。いろいろと体にガタがきているので、無理をしないように、あと8年間を全うしたいと思う。また、講演については、昨年32回やった。地方からの講演依頼にはできる限り対応するので、早めにオファーをいただければ最大限調整したい。3月には外国での講演も予定されている。なお、昨年と今年の5月3日は、全国憲法研究会の代表として主催者側になるため、自分の講演はしていない。それ以外(ただし、2月の入試時期は除く)の月は、地方を中心にできるだけお引き受けしたいと思う(「講演・取材の依頼の方に」にある3点を明記してメールでよろしく)。

最後に、今年も何があるかわからない、私に何が起きるかもわからない。「その日で人生が終わっても悔いがないように、その日を精一杯生きる」。そんな心境で、今年も日々努力していきたいと思う。読者の皆さま、どうぞよろしくお願い致します。


(注)「第97代内閣総理大臣だから憲法97条の改正(削除)を」という論点は、『東京新聞』2014年12月25付コラム「筆洗」でも取り上げられた。「直言」では、1月5日付予定稿としてすでに脱稿していたが、発表が前後したので、「筆洗」に仁義を切っておきたい。

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