「武器等防護」で米軍も守る?――安保法制論議の迷走            2015年3月2日

南京錠

上自衛隊の駐屯地内では、武器と弾薬は厳重に保管されている。各部隊の事務所前にある武器庫は、扉を開けると警報が鳴る二重扉になっていて、そこの銃架(ガンラック)は、鉄製の長い棒に小銃などの個人携行火器を収納し、さらに南京錠で止められている。鍵は事務所で管理され、夜間は当直陸曹しか取り出せない。その銃架に使用されていた南京錠がこれである。表側には陸上自衛隊(陸自)を示す桜にWのマークがついている(写真)。この南京錠は0.34キロもあってずっしり重い。

この武器庫に忍び込んで銃を盗み出しても、別に保管されている弾薬を確保しなければ、ただの鉄の塊である。両方とも強奪するのは困難である。それでも、こうした武器を破壊したり、奪取したりしようとする者が出てきたとき、法はこれに対して武器の使用を許容している。これが自衛隊法95条の「武器等防護」である。すなわち、「自衛官は、自衛隊の武器、弾薬、火薬、船舶、航空機、車両、有線電気通信設備、無線設備又は液体燃料を職務上警護するに当たり、人又は武器、弾薬、火薬、船舶、航空機、車両、有線電気通信設備、無線設備若しくは液体燃料を防護するため必要であると認める相当の理由がある場合には、その事態に応じ合理的に必要と判断される限度で武器を使用することができる。ただし、刑法第三六条〔正当防衛〕又は第三七条〔緊急避難〕に該当する場合のほか、人に危害を与えてはならない」と。

訓令@

法律の条文の立て付けを見ると、95条が警護対象にしているのは、武器、弾薬など9つのものであり、防護対象にしているのは、「人」とさらにその9つの「もの」である。自衛隊法121条の防衛用器物損壊罪は「武器、弾薬、航空機その他の防衛の用に供する物」となっているが、95条には「その他の」がない。そうである以上、95条で保護されるものは限定的である。端的にいえば、駐屯地内の倉庫に保存されている戦闘糧食や被服等を守るために、武器は使えない。もう一度、条文をみてほしい。武器、弾薬、火薬のほかは、車両や船舶、有線・無線の設備、それにガソリンなど9つのものを警護するにあたり、「人」とさらにその9つの「もの」を繰り返し列挙した上で、それらを「防護するため必要であると認める相当の理由」がなければならない。これらは、警察官の武器使用に関する警察官職務執行法7条と同様の立て付けになっている。しかも、正当防衛・緊急避難の場合を除いて、発砲によって相手を傷つけてはならないことになっている。警告射撃でさえ「相当な理由」が必要な上に、正当防衛のような場合でないと危害射撃はできないから、ハードルは相当高いといえる。このほど入手した「武器等防護のための訓令」(昭和56年8月24日防衛庁内訓第3号)を見ると、肝心なところはすべて黒塗りで非開示になっているから、訓令レベルでギリギリどのように具体化されているかはわからない。

ところが、いま、政府は、この95条の「武器等防護」を使って、米軍の「武器等」を守るために、自衛隊が武器を使用できるようにする法整備を進めている。これは仰天の発想である。

「7.1閣議決定」にはこうある。「自衛隊と米軍部隊が連携して行う平素からの各種活動に際して、米軍部隊に対して武力攻撃に至らない侵害が発生した場合を想定し、自衛隊法第九五条による武器等防護のための「武器の使用」の考え方を参考にしつつ、自衛隊と連携して我が国の防衛に資する活動(共同訓練を含む。)に現に従事している米軍部隊の武器等であれば、米国の要請又は同意があることを前提に、当該武器等を防護するための自衛隊法第九五条によるものと同様の極めて受動的かつ限定的な必要最小限の「武器の使用」を自衛隊が行うことができるよう、法整備をすることとする」。

現行の武器等防護の特徴を見てみよう。@「我が国に対する武力攻撃の発生」という個別的自衛権行使の要件が充たされていない状態(安倍首相のいう「グレーゾーン事態」)においても、自衛隊の武器等が外国軍から攻撃を受ければ、当該外国軍に対する武器の使用が認められる。A武器を使用できるのは、職務上武器の警護に当たる自衛官に限られている。法律上、武器の使用に大臣の命令や許可は不要である。シビリアンの判断を介在させずに、現場の軍人の判断だけで外国軍を攻撃することができる。B防護対象は、「自衛隊の」武器、弾薬等である。防護対象に「人」が挙げられているが誰でもよいわけではなく、武器等を警護している自衛官、武器等と一体となってそれらを操作している者等に限定的に解釈されている。

訓令A

「武器等防護」とは、本来、地上にある弾薬庫や武器庫などが襲われたときの防護を想定しているが、護衛艦も戦闘機も95条の「武器」であるから、自分が乗っている護衛艦や戦闘機が外国軍から攻撃を受ければ、自分が乗っている「武器」である護衛艦や戦闘機を守るとして、現場で職務上武器等の警護に当たる自衛官の判断だけで武器を使用することも可能となる。また、近くにいる護衛艦が攻撃されたときには、他の護衛艦は武器等防護により、反撃をすることができる。C従来から内閣法制局は、武器等防護により外国軍に武器を使用したとしても、憲法9条の禁止する「武力の行使」には当たらないと解釈している。

このように95条は、平時から、現場の自衛官の判断だけで、外国軍を相手として、武器を使用することができるという、使いようによっては非常に危険な規定である。あまり知られていないが、これが防衛実務上の運用とされている。また、政府は、武器等防護には地理的限界はないとしており、自ら地球の裏側まで行って、そこで自分の武器(艦艇も含む)を守るために武器が使える。これはかなりの拡張解釈だが、ここへきて、安倍政権は、「米軍の武器」までも守れるように法改正をするという趣旨だろう。武器使用の範囲は際限なく広がっていく。

これまでは、自衛隊の艦船と米軍の艦船が極めて接近しているときに攻撃を受けた場合、自衛隊の艦船が、95条に基づき、あくまで自衛隊の武器等の防護のために武器を使用するということが、結果的に、米軍の艦船に対する攻撃を防ぐということはあり得るとされてきた。しかし、自衛隊法上、米艦船の防護そのものを目的とした武器使用というものは認められていなかった。安倍首相は、これを正面から認めようというのである。

問題は、「米軍の武器等防護」を認める理屈は何かである。政府解釈で特に重要なのは、「武器使用」と「武力行使」の区別である。自己または自己と共に現場に所在するわが国要員の生命・身体を防衛することは、自己保存のための「自然権的権利」というべきものだから、そのために必要な最小限の「武器使用」は、憲法9条1項で禁止された「武力の行使」にあたらない、というのが政府の立場である(1991年9月7日政府統一見解)。自衛官が海外で外国軍に対して「自己または自己と共に現場に所在するわが国要員の生命・身体を防衛する」ために武器を使用しても、「自己保存のための自然権的権利」としての「武器の使用」であるから、憲法で禁止された「武力の行使」には当たらないという解釈である。PKO協力法等に規定されている。

ところで、政府解釈は、武器等防護については、「自然権的権利」とはしていない。あくまでも、武器等防護は、「自衛隊の武器等という我が国の防衛力を構成する重要な物的手段を破壊、奪取しようとする行為からこれらを防護するための「極めて受動的かつ限定的な必要最小限の行為」であり、それが我が国領域外で行われたとしても、憲法第9条1項で禁止された「武力の行使」には当たらない」としている(同)。

訓令B

実は、武器等防護は憲法9条1項の「武力の行使」に当たらないという論理は、政府解釈の中で一番理屈が弱い解釈である。憲法という実定法で禁止された「武力の行使」に当たらないと説明するためには、実定法を超えた超実定法上の概念である「自然権的権利」(自分の生命を守る権利は法以前の問題であろうというもの)をもってくることができれば、論理としては非常に「楽」ではあるが、武器等防護では防護する対象が主に武器で、武器は生命ではなく物なので「自然権的権利」をもってくることができない。そこで、「自然権的権利」という超実定法的な説明ができないので、突如として、「極めて受動的かつ限定的な必要最小限度の行為」なのだから仕方がないだろうと開き直っているわけである。

山本内閣法制局第二部長の答弁はこうだ。「武器の使用がすべて9条1項の禁ずる武力の行使に当たるとはもとより言えませんけれども、政府は、武力の行使とは、基本的には国家の物的、人的組織体による国際的な武力紛争の一環としての戦闘行為をいうというふうに解してきておりますので、その相手方が国、または国に準ずる組織であった場合でも、憲法上の問題が生じない武器の使用の類型といたしましては、従来の自己等を防衛するためのもの及び自衛隊法九十五条に規定するもの以外にはなかなか考えにくいというふうに考えております」(2003年6月13日 衆院外務委)。「自然権的権利」以外を理由とする開き直りは武器等防護だけと認めているのである。「我が国の防衛力」を構成する重要な物的手段なのだから仕方がないだろうというわけだ。したがって、従来の政府答弁からは、「米軍の武器等防護」を認めることは不可能である。

武器等防護を「我が国の防衛力」ではない「アメリカの防衛力」を構成する重要な物的手段を防護するためにも使えるようにするというのは、「我が国の防衛力」についての武器等防護すら論理的に困難ななかで、あまりにも無謀である。米軍も「我が国の防衛力」であるとして、「我が国の防衛力」を読み替えることは不可能である。防衛省は、「7.1閣議決定」前、「いわゆる僚艦の護衛艦、つまり自衛隊の他の部隊に対する防護の問題と、それから外国籍の特に軍艦といったようなもの、これを同列に論ずることはできないわけでございます」(参議院外交防衛委員会2014年5月22日徳地秀士防衛省防衛政策局長)と答弁し、自衛隊の武器等防護と米軍の防護を同列に論ずることはできないことを認めていた。

本稿執筆時点(2015年2月20日)では、政府が「米軍の武器等防護」をどのような理屈で認めるのか明らかになっていないが、集団的自衛権行使が「必要最小限度」だと考える安倍首相や横畠内閣法制局長官の頭からすれば、現行の武器等防護と同様、「米軍の武器等防護」も「必要最小限度」で「武力の行使」に当たらないと「無理屈」をこねるのだろうか。安倍首相の暴走にあわせて、「必要最小限度」という理屈も暴走している。

そもそも、武器等防護の「転用」という議論が出てくるのも、武器等防護で「極めて受動的かつ限定的な必要最小限度の行為」なる説明をしてしまったことに由来する。「極めて受動的かつ限定的な必要最小限度の行為」であれば、武器等防護に限らずに武器を使用できると主張する隙を与えてしまう説明だったわけである。現に、安倍首相は、ホルムズ海峡での機雷除去は、「受動的かつ限定的」といっている。「受動的かつ限定的」を持ち出すと、もはや際限がない。

もし、武器等防護を素直に「転用」するとすれば、集団的自衛権行使の要件がみたされていない段階であっても、米軍の武器等を攻撃してきた外国軍に対して現場の自衛官の判断だけで自衛隊が米軍の武器等を防護するため、当該外国軍に反撃できることになる。集団的自衛権行使の要件がみたされていない段階であるにもかかわらず、現場の自衛官だけの判断で米軍の武器等の防護が認められるわけであるから、集団的自衛権の行使と同様に、いや、それ以上に非常に危険である。

現に、2月2日の参院予算委員会で、安倍首相は、「同盟国が先制攻撃をした結果、報復攻撃を受けた場合の集団的自衛権の行使も『新3要件』を満たすか否かの中で判断する」と述べた。先制攻撃を行った米軍の武器をも自衛隊が防護するということになれば、日本は先制攻撃を支える存在となりかねない。

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