日本型文民統制の消滅――箍が外れた安保法制論議(1)            2015年3月23日

夕映えの防衛省庁舎

の写真は、研究室の廊下から見える風景である。夕日に映える市ヶ谷・防衛省の庁舎A棟(地上19階、地下4階)。8年前の直言「送別・安倍内閣」では、できたばかりのこの建物の写真(携帯電話のカメラで撮影)を掲載した。2010年に「16大綱」を論じた直言でも、同じアングルから携帯で撮って、「写真は、黄昏の市ヶ谷・防衛省である。上が緑色の建物が19階建てのA棟である。陸幕はその4階、海幕が8階、空幕が17階にそれぞれ陣取る。8階と17階が元気で、4階に人と装備の削減を迫っているという構図がこの建物のなかで行われている」と書いた。それから5年が経過して、この建物のなかで、大きな動きが起きている。その一つが防衛省設置法12条の改正である。それを建物の階数で表現すると次の通りである。

防衛庁から防衛省へ

従来、このA棟12階にいる背広組(文官)の運用企画局長や防衛政策局長が、制服組トップの統幕長(14階)、陸幕長(4階)、海幕長(8階)、空幕長(17階)よりも優位に立って、11階の防衛大臣を補佐してきた。11階→12階→14階(4・8・17階)である。これが今度の法律改正で、11階→12階・14階(4・8・17階)という形に変わろうとしている。しかも、12階の運用企画局長のポストは廃止されて、12階の権限が14階に委譲される。これが「統合運用機能の強化」(実際の部隊運用に関する業務の統合幕僚監部への一元化)として推進されていく。まずは、法律の条文がどう変わるかを見ておこう。

2007年施行の防衛省設置法12条は次の通りである。これは1954年施行の旧防衛庁設置法20条と内容上の変化はなく、官房長および局長と幕僚長との関係を定めている。

第12条
 官房長及び局長は、その所掌事務に関し、次の事項について防衛大臣を補佐するものとする。
一  陸上自衛隊、海上自衛隊、航空自衛隊又は統合幕僚監部に関する各般の方針及び基本的な実施計画の作成について防衛大臣の行う統合幕僚長、陸上幕僚長、海上幕僚長又は航空幕僚長(以下「幕僚長」という。)に対する指示
二  陸上自衛隊、海上自衛隊、航空自衛隊又は統合幕僚監部に関する事項に関して幕僚長の作成した方針及び基本的な実施計画について防衛大臣の行う承認
三  陸上自衛隊、海上自衛隊、航空自衛隊又は統合幕僚監部に関し防衛大臣の行う一般的監督

朝雲一面

内局の官房長・局長(背広組)が、大臣の行う幕僚長(制服組)に対する「指示」や「承認」、「一般的監督」についてこれを補佐するという仕組みである。つまり、内局の文官が、大臣が行う幕僚長に対する指示・監督などを「補佐」という形で実質的に行っていたわけである。今回、この大臣に対する補佐を二つに分けて、内局の文官の補佐は「政策的見地」からのものに限定し、「軍事専門的見地」からの補佐は制服である幕僚長に一元化する。そのことを、防衛省大臣官房(平成27年3月)作成の法案改正案(PDFファイル)は「大臣補佐機能の明確化」として次のように説明する。@政策的見地からの大臣補佐の対象について、幕僚長や幕僚監部に関するものに限定している現行各号のような規定とはせず、省の任務を達成するための省の所掌事務の遂行とすること、A政策的見地からの大臣補佐は、統合幕僚長、陸上幕僚長、海上幕僚長、航空幕僚長による軍事専門的見地からの大臣補佐と「相まって」行われることを明記する、B政策的見地からの大臣補佐の主体として、新設される政策庁の長たる防衛装備庁長官(仮称)を加える、である。

この3点を条文化したのが、次の改正案である。

新・第12条
 官房長及び局長並びに防衛装備庁長官は、統合幕僚長、陸上幕僚長、海上幕僚長及び航空幕僚長(以下「幕僚長」という。)が行う自衛隊法第9条第2項の規定による隊務に関する補佐と相まつて、第3条の任務の達成のため、防衛省の所掌事務が法令に従い、かつ、適切に遂行されるよう、その所掌事務に関し防衛大臣を補佐するものとする。

東京新聞一面

条文の立て付けは一気にシンプルになった。1号から3号まで列挙されていた自衛隊に対する内局文官の大臣補佐はきれいに削られ、かわって、「相まつて」という表現により、内局による大臣補佐と並行して、「軍事専門的見地からの大臣補佐」が明確に位置づけられることになった。条文だけを見ると、背広組と制服組とがそれぞれの役割を果たしつつ、「相身互い」で大臣を補佐するのだからいいではないか、となりそうである。実際、何も変わっていない、今まで不明確だったことを明確にしただけだ、という答弁が国会でもなされている。だが、これは違う。端的に言えば、設置法12条の改正は、戦後70年にして、この国に「軍令」部を復活させるものだと私は考えている。より詳しく見ていこう。

改正案の12条も当然、主語は官房長ら文官である。だが、その補佐の内容は、現行12条の1号から3号まで列挙された自衛隊の活動全般に関わるものは外され、かわって、自衛隊法3条に定める自衛隊の任務全般のうち、防衛省の所掌事務の範囲内で大臣を補佐することとされた。この条文の重大なポイントは、「相まつて」である。つまり、所掌事務に関する補佐からは、自衛隊法9条2項にいう自衛隊の活動は除かれている点に注意する必要がある。自衛隊法9条2項は、幕僚長が自衛隊に関わる事項についての「最高の専門的助言者として防衛大臣を補佐する」と定めている。

そもそも、文民統制(シビリアン・コントロール)とは、一般に、政治と軍事を分離し、軍事に対する政治の優越(文民優位)を確保することを意味する。民主主義の組織原理(「討論」と「合意」)と軍の組織原理(「命令」と「服従」)とは質が異なるため、軍の政治介入と軍の支配から市民の自由と権利を守ることが求められる。他方、軍の運用(作戦)は軍令事項であるから、制服組のトップである参謀総長、統合参謀本部議長、統合幕僚長といったミリタリーのトップが大臣・長官を補佐する仕組みが通常である。

戦前日本の場合、閣僚である陸・海軍大臣は内閣総理大臣と同格であり、総理大臣は「同輩中の首席」にすぎなかった。天皇の国務大権を内閣が「輔弼」する。天皇が統帥大権を持ち、軍令面については陸軍参謀総長と海軍軍令部長(後に総長)が「輔翼」するのである。内閣総理大臣は軍令事項にコミットすることはできなかった。統帥権の独立である。これと軍部大臣現役武官制や臨時軍事費特別会計などによる軍の政治介入が強まり、悲惨な戦争につながっていった。

戦後、これに対する強い反省から、日本国憲法下では、軍隊(戦力)は存在しえないことにされた(9条2項)。また、国務大臣が文民であることが求められるだけでなく(66条2項)、73条には「軍事に関する権限」が列挙されていない。これは「権限分配規範」としての憲法が、軍に関する権限を認めていない根拠とする見解が近年主張されている。

軍(戦力)の存在が認められない一方、「自衛のための必要最小限の実力」として防衛庁・自衛隊が設置された。防衛庁は「防衛」を所管する行政機関であり、内閣府設置法49条3項および防衛庁設置法2条の規定に基づいて、内閣府の外局として置かれていた。長である防衛庁長官は、陸海空自衛隊を含む防衛庁全体の組織を統括する。防衛庁は「内閣府の外局」であるが、その長官は「庁」のなかで唯一、国務大臣があてられた(防衛庁設置法3条)。ただ、防衛庁長官には「省」の大臣と異なり、閣議開催を求める「閣議請議権」がないなど、さまざまな制約があった

防衛庁は発足以来、事務方のトップは長らく警察庁と大蔵省の官僚だった。つまり、軍事官庁とならないための外在的制約だった。1988年になって、初めて防衛庁生え抜きの次官が誕生した。さらに、2007年の防衛省への「昇格」によって、他の「省」と並ぶことができるようになった。だが、防衛庁(省)の内在的制約はずっと存在した。それが、防衛庁内の背広組(文官)が制服組(自衛官)を統制する「文官統制」の仕組みである。政府が2008年にまとめた報告書でも、日本独特のあり方として、「防衛庁内部部局が自衛隊組織の細部に至るまで介入することが、文民統制の中心的要素とされてきた」と認めていた(『朝日新聞』2015年3月7日付)。この点、3月3日の衆議院予算委員会で、辻元清美議員(民主党)は、1970年に当時の佐藤栄作首相が文民統制について「国会の統制、内閣の統制、防衛庁(当時)内部における文官統制などから構成されている」と国会で答弁していたことを指摘した。これに対し、中谷元防衛大臣は、「(佐藤答弁は)官僚が自衛隊をコントロールするということではない」と否定した(同)。さらに3月6日の衆院予算委員会で中谷大臣は、「防衛省の統制は、文民である防衛大臣が自衛隊を統制すること。文官が部隊に対し指揮命令する関係にはない」という政府統一見解を示した(『毎日新聞』3月7日付)。

中谷大臣は、2月27日の記者会見で、現行法に内部部局の背広組(文官)が制服組よりも優位に立つと解釈される「文官統制」が盛り込まれた理由について、「戦時中の軍部暴走の反省からか」と問われ、「そういうふうには思わない」と述べたが記者は納得せず、「文官統制」導入の経緯や理由についてさらに質問すると、「私はその後生まれたので、当時どういう趣旨だったのかわからない」と言い放ったのである(『東京新聞』2月28日付)。中谷大臣の発言からは、吉田茂以来、軍事部門が突出しないように周到に組み立ててきた日本型文民統制の仕組みについて蔑視の視線すら感ずる。

シビリアン・コントロール資料集

防衛庁人事教育局教育課編『シビリアン・コントロール(資料集)』(1981年3月)には、国会答弁が収録されており、そこには、例えば、「各自衛隊の業務計画を承認する場合には内局が当該計画の審査に当るという形で参画し、統幕等の計画を実質的に統制する建前になっている」(昭和40年3月10日防衛庁)とある。また、「シビリアン・コントロールの一番のねらいは、軍事が政治に先走らないようにする。・・・これを実現する手段としましては、私は2つあると思います。国会の防衛問題に対するコントロールの問題が1つであります。それからもう1つ、・・・防衛行政の基本にかかわることは、防衛庁長官以下文官が責任をもって実施できるような仕組みに現在相なっておるわけでございます」(昭和55年4月17日衆院決算委 細田防衛庁長官)。

「内局は長官直属になっておりまして、3幕の高級人事並びに防衛庁が行う重要政策の決定につきましては、長官を補佐して事前審査をし、また長官に助言するということになっておりまして、そういう仕組みで人事及び政策について完全な統制が行なわれております。このシステムを堅持していけば間違いないと確信しております」(昭和45年4月16日参院予算委 中曽根防衛庁長官)。「今日の防衛庁において、シビリアン・コントロールの乱れがあるというふうには私考えておりません。・・・私自身文民でありますし、・・・内部部局による幹部によって制服というものはコントロールされる、こういう形にあるわけでありまして」(昭和47年3月27日衆院予算委 江崎防衛庁長官)、等々。このように、中曽根康弘氏までが長官時代、内局による「完全な統制」の堅持を答弁していたのである。中谷氏の認識は間違っている。

とはいえ、石破茂防衛庁長官時代から、政治と制服の結びつきが強まる一方で、防衛庁内局の権限が弱められていった。日本的文民統制システムは「文官スタッフ優位制度」として機能してきたが、2007年の「守屋事件」制服組のフラストレーションを「好戦的」文民(政治家)と結びつけ、「文官」の地位低下をもたらした。そして、2009年、「文官統制」の要である防衛参事官制度が廃止されたのである。今回の設置法12条の改正は、「文官スタッフ優位制度」(文官統制)という日本型文民統制システムの終焉を意味することになるだろう。

すでにその兆候は、2013年12月4日の国家安全保障会議(4大臣会合)において見られた。そこには、内局の局長、参事官が一人も参加しておらず、制服の空将(統合幕僚長)が安倍首相に説明している写真がネットに流れた。この写真は衝撃的だった。

今後の国会審議で、背広組に代わって制服組が答弁に立つ可能性も出てきた。制服組トップの河野克俊統合幕僚長は、「国会から『統幕長出てこい』ということであれば当然出て行かなきゃいけない」と2月の記者会見で語っている(『朝日新聞』3月7日付)。ちなみに、この河野海将は、2008年1月、海幕防衛部長(海将補)当時、護衛艦(イージス艦)「あたご」と漁船の衝突事件(2人行方不明)に対応したが、記者会見では、なぜか笑みを浮かべながら語っていた。私はこの事件を論じた「直言」で違和感を表明した海幕防衛課長・部長経験者(「三防〔さんぼう〕)なので、海将に昇格して、どこかの総監になり、やがては海幕長となるトップエリートであるとそこで紹介したが、この事故で一端、掃海隊群司令に「降格」したのち、自衛艦隊司令官、海幕長、そして統幕長とのぼりつめた。

防大1期生が陸海空のトップである幕僚長になったのは1990年。冷戦が終わり、自衛隊がおずおずと海外派遣を始めたときだった。いま、「専守防衛」時代をくぐり抜けてきた将軍たちではなく、「軍隊で何が悪い」というおおらかなミリタリータイプがトップの座を目前にしている。河野統幕長もそういうタイプである。設置法12条の改正によってまさに「軍令」部門が防衛省の「軍政」部門と並立して、「普通の国」の「普通の軍隊」に向かっている。憲法改正なしに、ここまできた。

最後に、防衛省庁舎A棟内の、あまり知られていない変化について気付いたのでつけ加えておこう。それはA棟内の「たたき上げのトップ」の扱いのことである。将校(士官)は「暴力の管理者」(S.ハンチントン)であるが、実際の実力を行使するのは兵であり、それを円滑に実施するためにたたき上げの下士官がいる。だから、下士官はどこの軍隊でもきわめて重要な存在である。「普通の軍隊」となっていく場合、下士官・兵の問題を将校(幹部)や文官(人事教育局の部員など)に処理させるよりも、古参下士官に行わせる方が軍事的合理性にかなうということになる。しかも、海外派遣の現場で、米軍や各国軍隊の最先任曹長に匹敵するポストがないと、そこに幹部(将校)が出て行くわけにもいかない。海上自衛隊は2003年に「先任伍長」のポストを設けた。映画「亡国のイージス」(1999年)で、真田広之演ずるスーパーマンのような「先任伍長」が登場して、幹部自衛官を叱り飛ばすシーンがあるが、この映画は「先任伍長」制度を先取りしていた。なお、空自は2008年に「准曹士先任」、陸自は昨年3月に「最先任上級曹長」の制度を設けた。

冒頭の庁舎A棟内では、空自だけはトップ下士官を17階の総務部内に置いているが、海自では、8階の幕僚長、幕僚副長のすぐ隣に部屋を持っており、その地位の高さは際立っている。ちなみに、陸自は4階の監理部の隣である。

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