安保関連法案は「一見極めて明白に違憲」            2015年6月15日

公開緊急研究会チラシ

6月4日の衆議院憲法審査会において、参考人として招致された3人の憲法研究者全員が集団的自衛権行使と安保関連法案について違憲であるとはっきりと述べた。それを境に、新聞テレビ報道等にも少しずつではあるが変化がみられるようになった。そもそもこの法案は憲法に違反するのかという根本的な問題について、専門家の見解を含めて、ようやく紙面が割かれるようになった。

6月12日付の『朝日新聞』で、高見勝利氏(上智大学教授)は、砂川事件最高裁判決(1959年)の恣意的利用によって集団的自衛権行使と安保関連法案を合憲とする安倍政権に対して、判決のなかに出てくる文言を使って、「最高裁判決の解釈を誤り、集団的自衛権行使を認める安保関連法制は一見極めて明白に違憲だ」と言い切った。実に的確な指摘だと思う。高見氏の古稀記念論文集『憲法の基底と憲法論』(岡田信弘、笹田栄司、長谷部恭男編、信山社、2015年)には私も書いているが、国立国会図書館専門調査員の経歴もある高見氏が、法案を「一見極めて明白に違憲」としたことを政府は重く受けとめるべきだろう。

三教授記者会見

衆議院憲法審査会において、長谷部恭男氏(早大教授、自民党推薦)、小林節氏(慶応大名誉教授、民主党推薦)、笹田栄司氏(早大教授、維新の党推薦)の3参考人全員が、安保関連法案は違憲とする意見を述べた。この写真はそのことを報ずる各紙5日付(『東京新聞』のみ4日付夕刊)である。『毎日新聞』は1面トップ、『東京』は夕刊も5日付朝刊も1面トップ。『朝日』は1面カタに4段見出しで入れた。傑作だったのは『読売新聞』である。他紙との扱いがあまりに違うので、まさか黙殺ではと驚いて探すと、何と4面(政治)下、民主党議員の酒癖の悪さを示す記事の上に、隠れるように入れてあった。見出しは「与党推薦学者が『憲法違反』」。普通の整理部デスクだったら、少なくとも1面ハラか2面(総合)トップにもってくる「事件」である。安倍政権の「傷」をできる限り小さく見せようとしたのだろうか、政治部的配慮がにじみ出る。むしろ、安倍官邸にきわめて近い『産経新聞』の方があっけらかんと、2面トップ(主張〔社説〕横)に、「“人選ミス”与党墓穴」の横見だしで、「全参考人『違憲』」と報じた。

与党が当初予定していた参考人は、司法制度改革審議会会長などを務めた佐藤幸治氏(京大名誉教授)だったが、断られたので長谷部氏となった経緯があるという(『毎日』6月5日付)。その佐藤氏は、私も呼びかけ人になっている「立憲デモクラシーの会」のシンポジウム「立憲主義の危機」(6月6日、東大)に招かれており、『朝日』6月1日付夕刊に先触れ記事も掲載されていた。佐藤氏はそこで、立憲主義を侮蔑し、「力」への信仰に走った過去の事例について語っていた。したがって、「本命」の佐藤氏であっても、6月4日の憲法審査会で安保関連法案を「合憲」とする意見を得られる可能性は著しく低かったと言えよう。それだけ、安倍政権が行った集団的自衛権行使容認の閣議決定と、それを具体化する安保関連法案は、これを憲法に適合すると考えることは困難なのである。なお、佐藤氏が講演した6月6日の「立憲デモクラシーの会」のシンポジウムには1400人がつめかけ、第2会場まで音声中継をしたそうである(→映像はこちらから)。与党からすれば、すべてが誤算だった。

この6月第1週の動きは、安倍政権にとって予想せざる打撃となった。それまでの法案審議では、法案の個々の論点がバラバラに追及され、政府が荒っぽい答弁を行うということの繰り返しだった。しかし、「参考人全員が違憲」という事態によって、「潮目が変わった」とメディアが報じた(『東京』5日付など)。憲法研究者の声がここまで連日報道されることはかつてなかったことである。

6月第2週に入り、『産経』10日付がいう「自民が反転攻勢」が始まった。まずは安倍晋三首相その人である。先進七カ国(G7)首脳会議(サミット)が開かれていたドイツから、憲法研究者の「違憲」主張に反論したのである。会場のエルナウのホテルには泊まらずに、ミュンヘンの高級ホテルに入って対応していた。一人だけ勝手な動きをするゲストに、メルケル首相はさぞや不快な思いをしたに違いない。バイエルン警察は警備上かなりの苦労をしたようである。それもこれも、安保関連法案が「違憲」とされたからである。

ミュンヘンの安倍首相

8日午後、ミュンヘンでの記者会見では、憲法研究者の違憲主張への反論が、記者とのやりとりの大半を占めた。「憲法解釈の基本的論理はまったく変わっていない」「砂川事件に関する最高裁判決の考え方と軌を一にする」として、「わが国の…存立を全うするために必要な自衛の措置をとりうることは国家固有の権能の行使として当然」という判決の一節を引用しつつ、「憲法の基本的な論理は貫かれていると私は確信する」と述べた。せっかくのサミットなのに首脳会談もたいしてやらずに、安倍首相はもっぱら国内対応に追われた。9日には長文の政府見解を出して、憲法審査会での憲法研究者の主張に反論した。それにしても、この脈絡で砂川判決を使う神経と感覚が理解できない。11日付『朝日』社説は「また砂川とは驚きだ」というタイトルで違和感をあらわにした。なぜなら、判決のどこをどう読んでも、集団的自衛権行使を容認する論理を導くことはできないからである。この事件は、安保条約に基づく米軍駐留の合憲性が問われた事件であって、自衛隊の合憲性はおろか、集団的自衛権行使まで容認するようなことは論外である。

しかし、「嘘も大声で、何度もつけば本当になる」というわけか、6月11日に憲法審査会が急遽開かれ、高村正彦自民党副総裁が次のように述べた。「私は、憲法の法理そのものについて学者ほど勉強してきた、というつもりはない。だが、〔砂川事件〕最高裁判決の法理に従って、何が国の存立をまっとうするために必要な措置かどうか、ということについては、たいていの憲法学者より私の方が考えてきたという自信はある」(6月12日付各紙)と。はて、憲法の法理をあまり学ばず、最高裁判決の法理を理解できる自信はどこからくるのだろうか。高村氏が依拠する集団的自衛権に関連しているように見える下りは、判決といっても、田中耕太郎長官の補足意見のなかにある。それを根拠に政府の政策的大転換を行うことは本来あり得ないことである。

そもそも砂川事件最高裁判決は、60年1月の安保条約調印を控え、一審の違憲判決(東京地裁伊達判決)を取り除こうとして、米国が細かな圧力(「跳躍上告」という方法も含めて)をかけたことで、あの時期、あのタイミングで出されたものである。そのことは、米国公文書館の国務省文書により裏付けられている(直言「砂川事件最高裁判決の『超高度の政治性』」)。田中最高裁長官が、「少なくとも数カ月で」、一審の違憲判決を取り消すと、事前に米国大使に約束していた。まさに「国辱的」な判決である(直言「砂川事件最高裁判決の『仕掛け人』」)。米国に期限まで切って約束するあたり、岸信介首相の孫、晋三首相が米国議会で、安保関連法案を「夏までに」成立させるとしたのと妙に符合する。

砂川最高裁判決の無理筋の政治活用により集団的自衛権行使を容認する、そんな閣議決定と法案が憲法に適合するはずもない。だが、3人の参考人を含めて、憲法研究者がどんなに専門的な立場から意見を述べても、安倍政権の面々はまったく聞く耳をもたない。それだけではない。専門家、専門知といったものに対するむき出しの敵意すら感ずる。「まったくあたらない」「まったくの間違い」などと、研究者に向かってどうして言えるのだろうか。

さらに、「学者の言う通りにしたら日本の平和が保たれたか極めて疑わしい」(高村氏)というが、戦後70年、憲法の平和主義に根ざしたさまざまな批判的意見があったからこそ、この国の安全保障政策に抑制がかかって、「平和が保たれた」とも言えるのではないか。また、「憲法学者は憲法の条文の方が国民の生命と安全よりも大切な連中だ」(自民党幹部)というが、憲法の条文には「国民の生命」も「安全」もあることを知らないのだろうか。これはひどい「レッテル貼り」であり、憲法を研究する専門家に対する侮辱ではないだろうか。

一方、菅官房長官は、3人の参考人全員が「違憲」という見解を示した4日夕方の記者会見で、「全く違憲でないという著名な憲法学者もたくさんいる」と発言した。10日の衆院特別委員会で辻元清美議員は、「違憲じゃないと発言している憲法学者の名前を、いっぱい挙げてください」と迫った。菅官房長官は3人の名前を挙げたが、最後は、「私は数じゃないと思いますよ」と逃げた。この日の特別委では維新の党の議員も、「212人の憲法学者が違憲だと表明し、どんどん増えている。国民の関心事だから(合憲派は)何人いるか」と質問し、官房長官は「私が知っている方は10人程度いる」と答えた。こうなると、メディアの関心は、憲法研究者のどのくらいが安保関連法案について違憲(ないし合憲)と考えているかに急速にシフトしていった。

実は5月中旬、比較的若い憲法研究者数名から、「安保関連法案に反対しそのすみやかな廃案を求める憲法研究者の声明」の案文が送られてきた。その一人から「呼びかけ人になってほしい」というメールがきたので、私は個人の資格で賛同した。当初は30人程度だったが、その後100人を超え、199人になったところで、TBS「ニュース23」が声明に賛同したすべての憲法研究者の名前をパネルにして、全国放送した。これまで憲法研究者の声明文が新聞に載ることも稀だったので、メインニュースで紹介されたのには驚いた。

一方、個々の憲法研究者へのアンケート調査も始まった。テレビ朝日「報道ステーション」が先行した。6日にメールで、「安保法制アンケート調査 ご協力のお願い」が届いた。『憲法判例百選Ⅰ・Ⅱ』(有斐閣)に執筆している約200人が対象で、締め切りは12日正午。私は7日夜には回答した。15日夜、古館キャスターの隣に座るコメンテーターが分析すると見込んで、この人に対する批判も、質問⑥(自由記述欄)に書き込んでおいた。この憲法研究者は「閣議決定を正しく使っていくことが必要となります」といい、安保関連11法案に「一概に私は『賛成』『反対』と言えません」(『アエラ』6月15日号65頁)という立場なので、私の批判的意見を書き添えておいた。

ここまでは、憲法研究者としての水島朝穂個人の意見である。他方、私はいま、全国憲法研究会という、日本学術会議に登録した学会の代表をしている。あるテレビ局から全国憲会員へのアンケート調査を求められた。一人ひとりが自由に研究し、発表する学会においては、特定の政治課題において意見表明を個々の研究者に求めることは、自由な研究の雰囲気を損なうおそれがある。学会の運営に携わる立場からは、これは運営委員会に諮って決める事項だが、緊急を要するため、事務局長と相談して申し出をお断りした。海外のメディアからも、代表としての私に取材申し込みがあったが、これもお断りした。

全国憲規約1条には、「日本国憲法を護る立場に立って」とある。50年を迎えた全国憲の設立趣旨からも、憲法上重大な問題をはらむ法案や施策に対して全国憲の名で、また全国憲会員有志の名前で反対声明を出してきた。しかし、ここ20年ほど、会員の憲法9条論や安全保障の方法論は多様になってきており、かつてのような自衛隊違憲説だけではないという現実がある。私が責任編者となった『立憲的ダイナミズム(シリーズ・日本の安全保障第3巻)』(岩波書店、2014年)をお読みいただければ、若い世代の議論の多様性が読みとれるだろう。ただ、集団的自衛権行使の問題に関しては、立憲主義の基本的な土台を崩壊させるものであり、これを違憲とする点についてはほとんど異論がないと思う。

全国憲では、90年代末頃から、声明や署名という形はとらず、運営委員会の下に設けた「憲法問題特別委員会」が実施主体となって、市民向けの講演会などを開いて、重要な憲法問題に対応してきた。昨年の「閣議決定」直後にも、緊急公開シンポジウムを開いて「閣議決定」を内容的に批判して、NHKニュースでも紹介された

『週刊新潮』6月18日号の特集は「棺桶に片足を入れた『安保法制』は蘇生できるか?」だった。保守系誌まで安保法案を見限ったかと思わせる内容だが、そのトップ記事は「『集団的自衛権行使は違憲』説は学者の大勢か?」。そこに私の名前も出てくる。電話取材だったが、憲法の学会にすべて取材しているということなので、代表として応じた。質問に対し、9条論や安全保障論について会員のなかにさまざまな意見はあるが、立憲主義の観点からは集団的自衛権行使の関連法案を合憲という人はいないだろうという趣旨の話はしたが、研究室に送られてきた掲載誌を読むと、「うちは会員が500人いますが、全員が“集団的自衛権の行使は違憲”という立場です」という荒っぽい表現になっていたので、上記のように補足しておきたい。

憲法の学会の運営に携わる立場から最後に一言。メディアや世間は、二者択一で態度表明を迫り、「〇対〇」という構図をつくりたがる傾きにある。しかし、憲法はまた、そこにも細心の注意を払うよう要請するものなのである。憲法研究者である以上、重要な憲法問題について見解を求められ、自らの責任でそれに対応するのは当然のことである。ただ、憲法をめぐる問題は複雑であり、「あなたは違憲なのか、合憲なのか」と問われて、一概には断定できないという人もいるだろう。700人ほどしかいない狭い「業界」である。15日の「報道ステーション」では、「違憲が圧倒的多数」となるだろう。しかし、「合憲と回答したのは誰だ」という形で、「犯人探し」のような空気が生まれてこないかを危惧する。研究者に向けて圧力がかかることがあってはならない。

他方、この問題では、むしろ逆に、「違憲」という「圧倒的多数」の側に立つことが、世間的には「政府に逆らう」と見なされる。「違憲」という態度表明が、研究者へのさまざまなプレッシャーを生じ、萎縮や自粛に向かうとすれば、それは学問研究に悪影響を及ぼしていく。いまから80年前の「天皇機関説事件」のあとの大学の状況を思い出す。美濃部達吉東大教授の学説を教科書に書いたり、講義で紹介したりすることすら許されなくなった。「誰が美濃部説を採用しているか」を、文部省は学生の講義ノートまで集めて調査して、全国の大学から「天皇機関説」が一掃されていったのである。国が戦争に向かうとき、大学と憲法研究者への圧力が強まる。歴史は繰り返すではないが、「6月4日事件」(国会で憲法研究者の参考人全員が政府提出法案を違憲とした)が、「平成の天皇機関説事件」につながらないようにしなければならない。これを杞憂だと言えないものを、憲法研究者に対する安倍政権の一連の動きに感じる。

というわけで、7月11日、冒頭の写真にあるように、全国憲法研究会の憲法問題特別委員会主催で、「憲法から『安保法制』を考える」という緊急公開シンポジウムを行う。この問題にふさわしい論客が登場する。私も冒頭で問題提起を行う。どうぞお越しください。

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