「違憲立法」成立に加担する維新の党――「独自案」の本質            2015年7月6日

下地議員質問

「またも下地か」。2006年沖縄県知事選挙以来、下地幹郎氏が登場するとき、沖縄の政治に波風や分断を引き起し、結果的に政権党に有利に事態が動いていくのを目撃してきた。自民党を皮切りに、地域政党「そうぞう」、国民新党、維新の党と渡り歩きながら、このコウモリ政治屋は、民主党政権下では大臣ポストも得ている。その後目立った動きはなかったが、7月3日の衆議院平和安全特別委員会の質疑の模様を伝えるニュース映像で、彼の姿を見つけた。そこで「またも・・・」という役割を果たしていた。

パネル

下地議員が質問していたまさにその時間(15時から)、国会前では、同僚の憲法研究者たちがリレートークを始めていた(『東京新聞』7月4日付1面)。これまで9条問題で発言したことがなかったタイプの研究者も、立憲主義の危機にかけつけてきた。内閣法制局長官経験者、元最高裁判事なども集団的自衛権の行使を可能とする安保関連法案への疑問や危惧を表明している。廃案や慎重審議を求める地方議会の意見書も各地で採択されている。日本の立法史上、審議中の法案が、世論調査(共同通信6月20-21日)で「憲法に違反すると思う」が56.7%にもなることはかつてなかったことである。

中谷防衛大臣

安倍政権は追い込まれていた。委員会では安倍首相も中谷防衛大臣も同じフレーズを繰り返し、横畠法制局長官に至っては、「フグの肝」発言まで飛び出し、答弁が荒れていた。だが、7月3日、維新の党の質問が始まるや、政府側の表情は一変した。他党に対しておよそ使わない「御党」(おんとう)という表現を使い、安倍首相の表情も露骨に和やかになった。しどろもどろの答弁を繰り返していた中谷防衛大臣は、この写真にあるように、答弁席を指して「どうぞこちらへ」と、「独自案」を説明する下地議員の気をひく態度をとった。

前日の2日に維新の党は「安保法制「独自案」の基本的考え方」(PDFファイル)を決定しており(「独自案」の具体的内容はこちら[PDFファイル])、それを政府への質問の形で「お披露目」したわけである。その主な内容は、@ 日米連携を基礎とした「武力攻撃危機事態」を設け、抑止力と対処能力を充実する、A「存立危機事態」に基づく集団的自衛権行使は認めない、B「領域警備法」を制定して、わが国の領土・領空・領海を徹底的に守る、というものである。

「独自案」では、集団的自衛権の行使を容認する「存立危機事態」という概念を捨てて、「武力攻撃危機事態」という個別的自衛権の範囲内におさまるかのように説明されている。すなわち、「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し」という政府の「新3要件」の第1要件は、「条約に基づき我が国周辺の地域において我が国の防衛のために活動している外国の軍隊に対する武力攻撃(我が国に対する外部からの武力攻撃を除く。)が発生し」に差し替えられている。また、政府の「新3要件」の第2要件(「これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある事態」)は、「これにより我が国に対する外部からの武力攻撃が発生する明白な危険があると認められるに至った事態」に置き換えられ、これで維新の党は「経済的理由」による武力行使が排除されたと言いたいようである。

先週末にかけて、維新の党の「独自案」は「合憲」であるとする研究者や、これを一部評価する新聞社説も見られるようになった。だが、結論から言えば、維新の党「独自案」は集団的自衛権の行使から「脱却」しているとは到底言えない。

「独自案」の問題点を理解するためにも、その前提として、まずは次の警告から始めたい。安倍内閣は「7・1閣議決定」により、政府の憲法解釈を変更し、集団的自衛権行使を容認してしまった。法律は憲法の下位規範であり、憲法解釈の範囲内で法律は解釈される。維新の党が「独自案」を出そうが、政府案をどのように修正しようが、法律の解釈を縛る上位規範である憲法の政府解釈は、「7.1閣議決定」という形で残ったままである。したがって、今後は、集団的自衛権を認めた「7.1閣議決定」による憲法解釈をもとに、政府は自衛隊法などの個別の法律を解釈し、立法化していくことになる。「対案」を出すとか、それが「合憲」だとか、浮ついた議論が横行しているが、「7.1閣議決定」を所与の前提として法律をいじくりまわしても、今後は「7.1閣議決定」による憲法違反の解釈がその法律にビルト・インされてしまう以上、違憲の瑕疵は全く治癒されない。憲法解釈を変更してしまった「7.1閣議決定」を破棄する以外に、安倍内閣の憲法違反の行為を是正する方法はない。諸悪の根源である「7.1閣議決定」を断たない限りは、どんなに対案を出そうが、政府案を修正しようが、トカゲのしっぽ切りである。問題は、対案を出すとか、政府案の修正ではない。「7.1閣議決定」の破棄である。そのことをおさえた上で、改めて、憲法9条、現行の自衛隊法76条と88条をもう一度よく読んでほしい。

○日本国憲法
第九条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

○自衛隊法
(防衛出動)
第七十六条 内閣総理大臣は、我が国に対する外部からの武力攻撃(以下「武力攻撃」という。)が発生した事態又は武力攻撃が発生する明白な危険が切迫していると認められるに至つた事態に際して、我が国を防衛するため必要があると認める場合には、自衛隊の全部又は一部の出動を命ずることができる。この場合においては、武力攻撃事態等における我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全の確保に関する法律 (平成十五年法律第七十九号)第九条 の定めるところにより、国会の承認を得なければならない。
2 内閣総理大臣は、出動の必要がなくなつたときは、直ちに、自衛隊の撤収を命じなければならない。

(防衛出動時の武力行使)
第八十八条 第七十六条第一項の規定により出動を命ぜられた自衛隊は、わが国を防衛するため、必要な武力を行使することができる。
2 前項の武力行使に際しては、国際の法規及び慣例によるべき場合にあつてはこれを遵守し、かつ、事態に応じ合理的に必要と判断される限度をこえてはならないものとする。

憲法9条1項によれば、「武力の行使は・・・永久にこれを放棄する」とされている。それにもかかわらず、自衛隊法88条1項は「武力を行使することができる」としている。明らかに自衛隊法88条1項の文言は憲法9条1項の文言に違反している。だが、この両者の橋渡しをするのが、自衛隊法の「外」に自衛隊法の解釈を縛る上位規範として存在している「政府の憲法解釈」である。つまり、従来、政府は、憲法9条1項の文言にかかわらず、個別的自衛権行使であれば、武力行使ができるという憲法解釈を積み重ねてきた。そこで、この憲法解釈を前提として、88条1項により、我が国に対する武力攻撃の発生があれば、個別的自衛権行使として武力の行使ができると解釈されてきたわけである。逆に、88条1項で文言上は「わが国を防衛するため、必要な武力を行使することができる」と書かれていたとしても、集団的自衛権行使という武力行使は違憲という政府の憲法解釈を経由して、集団的自衛権行使という武力行使は88条1項によっては認められないと解釈されてきたわけである。このように、88条1項の武力行使の内容を判断するには、一度、「政府による憲法解釈」を経由する必要がある。憲法解釈がまずあり、その範囲内で法律を解釈するのは、法解釈のイロハである。

次に、緊急直言「集団的自衛権行使の条文化――徹底分析!「平和安全法制整備法案」(その2)」で使った図を見てほしい。重要なところなので、この緊急直言での説明を再度しておきたい。

関係図

混同している者が極めて多いが、自衛隊法76条1項の防衛出動の要件と88条1項の武力行使の要件は異なり、両者は別次元の問題である。76条1項で自衛隊が防衛出動をすれば全ての場合に直ちに88条1項で武力行使ができるわけではない。76条1項によれば、内閣総理大臣は、「我が国に対する外部からの武力攻撃が発生した事態」(「武力攻撃発生事態」)と「武力攻撃が発生する明白な危険が切迫していると認められるに至つた事態」(「武力攻撃切迫事態」)に際して、自衛隊の部隊の出動を命ずることができる。自衛隊の防衛出動時の武力行使については、自衛隊法88条1項が「第七十六条第一項の規定により出動を命ぜられた自衛隊は、わが国を防衛するため、必要な武力を行使することができる。」と定めている。自衛隊法88条1項の文言上は、76条1項による「武力攻撃切迫事態」における防衛出動でも自衛隊は直ちに武力行使ができそうに読めるが、「武力攻撃切迫事態」では、「我が国に対する武力攻撃の発生」がないので、いわゆる「おそれ出動」として防衛出動はできるが、武力の行使はできない。「おそれ出動」では個別的自衛権行使の第一要件である「我が国への武力攻撃の発生」を満たしていないから武力行使はできないというのが確定した政府解釈である。76条1項の「おそれ出動」における88条1項による武力行使の可否は、「政府の憲法解釈」を経由して判断する必要があるのである。このように一度「政府の憲法解釈」をかませてから88条1項を解釈するという思考方法は、維新の「独自案」を理解する上で重要なポイントなのでよく理解してほしい。

「7・1閣議決定」を受けた改正法案では、自衛隊法76条により防衛出動ができる場合として、「存立危機事態」を加えている。他方で、改正法案では自衛隊法88条の改正をしておらず、上に掲げた現行の88条のままである。上述の通り、76条1項の「存立危機事態」による防衛出動において88条1項の武力行使がどこまでできるかは、「政府の憲法解釈」によって決まる。つまり、「7.1閣議決定」である。防衛出動の要件を規定する76条1項に要件を追加すればそれがそのまま自動的に88条1項で武力行使できるようになるわけではないのは、「おそれ出動」の例でもうお分かりいただけるだろう。「7.1閣議決定」により、政府の憲法解釈が変更され、集団的自衛権行使が認められたため、88条1項の文言は変わっていないにもかかわらず、88条1項の武力行使には集団的自衛権行使を含むと解釈されることになったのである。自衛隊法の「外」にある「政府の憲法解釈」が88条1項の武力行使の解釈を決めるから、88条1項を改正する必要がないのである。安倍内閣は、「我が国への武力攻撃の発生」がなくても、自衛隊法76条1項により「存立危機事態」において自衛隊に防衛出動が下令されれば、「7・1閣議決定」を介して、集団的自衛権行使が可能という解釈が現行の自衛隊法88条に充填され、同条により武力行使ができるという形にしたわけである。

読者の理解のために仮定の話をするが、76条1項に「存立危機事態」で自衛隊が防衛出動できると規定されていても、憲法解釈が変えられていなければ、88条1項の武力行使は従来の政府解釈通り個別的自衛権しか指さないことになるから、「存立危機事態」の追加は単に防衛出動ができる場合を広げただけであり、違憲の問題は生じないことになる。今回の法案が違憲なのは、「7・1閣議決定」を介して、88条1項の武力行使に集団的自衛権行使を読み込むことができるようになってしまったからである。ここが極めて重要なポイントである。どこまでも諸悪の根源は憲法解釈を変更した「7・1閣議決定」であり、この根っこを断たない限り、防衛出動の要件を規定する76条をいじくりまわしても何の意味もない。

維新の党の「独自案」は、政府案の「存立危機事態」の代わりに、「条約に基づき、我が国周辺の地域において、我が国の防衛のために活動している外国の軍隊に対する武力攻撃(我が国に対する外部からの武力攻撃を除く。)が発生し、これにより、わが国に対する外部からの 武力攻撃が発生する明白な危険があると認められるに至った事態」とすることを提案し、これを「武力攻撃危機事態」としている。しかし、「独自案」では、「武力攻撃危機事態」は、あくまでも76条1項により自衛隊が防衛出動できる要件として規定されている。88条1項により武力行使ができる要件ではない。その証拠に、「独自案」では88条は改正されていない。繰り返すが、76条1項による防衛出動の要件と、88条1項により防衛出動が認められた後の武力行使の要件の問題とは別次元の問題である。では、「独自案」の「武力攻撃危機事態」においてどのような武力行使が認められるのか。もうお分かりだろう。これは、「政府の憲法解釈」を経由して、初めて解答が決まる問題である。その「政府の憲法解釈」は何かというと、「7.1閣議決定」である。「独自案」は、「7・1閣議決定」により変更された憲法解釈は維持し、それを前提とした上で、立法政策の問題として、76条1項の防衛出動の要件を「存立危機事態」よりも狭め、朝鮮半島有事の場合でなければ自衛隊が防衛出動できないようにしただけである。そして、「武力攻撃危機事態」により防衛出動した自衛隊は、集団的自衛権行使を容認した「7・1閣議決定」を介して88条1項が解釈され、集団的自衛権を行使することができることになる。このように、「独自案」は、「7・1閣議決定」を前提として、集団的自衛権を端的に認めたものであり、違憲である。そして、「我が国に対する武力攻撃の発生」という外形的事実を前提としない点において、「他国の防衛」と五十歩百歩である。「存立危機事態」も、維新の党の「武力攻撃危機事態」も、集団的自衛権行使を容認した「7.1閣議決定」の範囲内のものである。

なお、「独自案」の「これにより我が国に対する外部からの武力攻撃が発生する明白な危険があると認められるに至った事態」の要件であれば、個別的自衛権行使にとどまるから「合憲」と考える者もいるようだが、これは二重の意味で誤っている。一点目は前述のように、これは、76条1項の防衛出動の要件を規定したものであり、自衛権行使の要件を規定したものではない。自衛権行使の要件は88条1項の問題であり、具体的には政府の憲法解釈で決まるというのは上述のとおりである。「独自案」は「7・1閣議決定」を前提として成り立っているから、違憲である。二点目は、この要件は、「我が国に対する武力攻撃の発生」に至らない段階のものであり、この段階で個別的自衛権行使をすることはできず、仮に個別的自衛権であると言い張れば、国際法違反である。武力攻撃が発生する明白な危険があると認められるだけでは、国連憲章上、個別的自衛権行使はできないのである。

武力攻撃の発生は武力攻撃の着手を含むと解釈されているが、武力攻撃の着手と武力攻撃が発生する明白な危険との間には、巨大な隔たりがある。強盗をしようとする者が武器を持って銀行に向かっているだけでは、強盗が行われる明白な危険があるとしても、それは強盗予備罪であり、強盗罪の実行の着手がなく、強盗未遂罪にはならない。着手がない以上は、「我が国に対する武力攻撃の発生」にはならないのである。したがって、「独自案」があたかも個別的自衛権行使の範囲内にあり「合憲」と評価することは誤りである。

維新の党の「独自案」のもう一つの目玉は、「領域警備法案」である。これは、政府提出法案にはなかったもので、安倍首相としては「我が意を得たり」だろう。「グレーゾーン事態」「領域警備法案」については、拙著『ライブ講義 徹底分析! 集団的自衛権』で、それがいかに無用、不要、有害なものであるかを詳しく説明した(204-260頁)。以下、そこから少し紹介しよう。

安倍首相は、「武力攻撃に至らない侵害への対処」として、「法整備によって埋めるべき『隙間』がある」と盛んに言い立ててきたが、現行法のどこに「隙間」があるのかを結局明らかにできなかった。本来、法律の制定や改正には、現行の法律では現実に対応できないなど、法律の制定や改正を必要とする事実が客観的に示されなければならない。これを「立法事実」という。安倍首相は、どこが法制度の「隙間」なのかを明確に指摘しないまま、「安全保障環境の変化」云々を繰り返すだけ。「グレーゾーン事態」に対応するためとして、「領域警備法」の制定を主張してきたが、そもそも国際法上、「領海侵犯」という概念は存在しない。領海等における秩序の維持については、「外国人漁業の規制に関する法律」(1967年法律第60号)や「領海等における外国船舶の航行に関する法律」(2008年法律第64号)をはじめとする関係法令に基づき、関係省庁が連携して対処している(2011年2月1日 政府答弁書 内閣衆質177第9号)。

全国憲緊急シンポ

2008年の領海等外国船舶航行法は、外国船舶(軍艦・公船は国際法上警察権が及ばないので、この法律の適用なし)に対して、日本の領海等における停留や係留などを禁止し、海上保安庁の巡視船艇から立入検査を求められ、検査の拒否や妨害等には罰則がある。禁止行為を行った場合には、領海外への退去を命じられ、退去命令違反には罰則がある。軍艦・公船以外の外国船舶による「領海侵犯」については、この法律と海上保安庁による対応で十分である。国際法上、領海には沿岸国の主権が及ぶが、他方、船舶には公海自由の原則があり(国連海洋法条約87、90条)、すべての国の船舶は他国の領海内であっても無害通航が認められている(同19条1、24)。沿岸国は当該船舶の無害通航を妨害してはならない。国連海洋法条約25条の1には、「沿岸国は、無害でない通航を防止するため、自国の領海内において必要な措置をとることができる。」と規定され、これは外国公船にも適用される。無害通航とはいえない行動をとった船舶に対して、海保が「必要な措置」をとることができる。

無害でない通航を防止するための「必要な措置」として、国際法上、武器を使用することはできない。ただ、外国公船の乗組員が尖閣諸島に上陸した場合、「公船の乗員が領域国の同意なく上陸した場合には、当該乗員はもはや管轄権からの免除を有していない」ので、海保は武器の使用ができる。もっとも、強力な装備をもつ「不審船」の場合、軍艦である自衛艦で対処すべきだという主張があるが、なぜ最初から自衛隊なのか。「工作船」、「武装漁民」の問題にしても、海上保安庁で十分対処可能と考える(『ライブ講義』218-238頁参照)。海上保安庁の業務に自衛隊がことさら介入すべきではない。維新の党の「領域警備法案」は無用、不要、有害である。政府が11法案に入れられなかったものを追加して気をひこうとしたのか、この追加提案には、維新の党が与党におもねる姿勢がよく出ていると思う。

以上が、「違憲立法」成立への加担となる内容的側面である。違憲の狼藉行為への加担となるもう一つの側面は、この時期、このタイミングでの「対案」提起そのものにある。6月22日に「戦後最長の会期延長」を行い、また安倍首相自身が「80時間の審議時間が経過した」と述べて、採決への意欲を示すという段階で、まさに「出来すぎのタイミング」である。そうしたなかで「対案」を提出することは、審議促進に協力して、衆院での採決強行の条件をつくることにほかならない。

下地議員と小野寺元防衛大臣

事実、与党は7月13日に中央公聴会を開くことを決めた。もし維新の党が民主党などとともに反対していれば、この日程をくむことはできなかっただろう。その意味で、維新の党の「対案」提起は、中央公聴会の開催から採決強行に向かう安倍政権にとって、またとない「助っ人」となったと言えよう。なお、維新の党最高顧問の橋下徹・大阪市長は6月14日に安倍首相と会談したが、首相は「安保関連法案で協力を要請したとみられる」(『朝日新聞』6月15日付)。橋下氏は自身のツイッターで「独自案」のことを、「車の性能をアップするのにギリギリ可能なスーパー高性能エンジンを用意した」(橋下徹@t_ishin7月1日9時31分56秒)と自画自賛している。年内に政界を引退するという政治家の発言は軽い。安倍首相に大臣ポストでも約束されたのか、浮かれる橋下氏。「違憲立法」成立への協力・加担は重大な問題である。

ところで、7月3日の質疑のなかで、下地議員はとんでもない一言を発した。「独自案」のパネルを説明するなかで、政府法案が「存立危機事態」を過半数で決めるのに対して、維新の「独自案」は特別委員会を設置してその「3分の2の多数」で決めるべきだと主張したのだが、その際、「戦争をやるかどうかを決めるわけですから・・・」と口走ったのである。後ろの席に座る小野寺元防衛大臣は一瞬目をむき(写真参照)、首を振って苦笑いをした。委員会室はざわついた。下地議員は「戦争をやるかどうかを決める」という言葉の重大性に気づいていなかった。一事が万事。維新の党の「独自案」も「戦争をすることを決める」のである。安保関連法案は部分修正で治癒するような代物ではない。廃案にするほかはない。

今週11日(土)、全国憲法研究会の緊急シンポ「憲法から「安保法制」を考える」が開催される。採決強行を阻止するためにも、多くの方の参加をお願いしたい。

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