NHK憲法研究者アンケートのこと――合憲・違憲の決着はついている            2015年7月27日

グラフ

NHKは、いつまで安保関連法案について、合憲・違憲をフラットに並べた報道を続けるのか。法案の違憲性には、論理的にすでに決着がついている。NHK上層部は、政権に対する忖度と迎合の姿勢をやめて、現場がつかんできた事実を正確に報道させるべきである。

7月の各社世論調査を見ても、安保関連法案の違憲性や、「今国会での成立に反対」という意見が過半数を超え、「政府が十分に説明しているとは思わない」は、読売やフジ・産経の調査でさえ8割を超えている。専門家である憲法研究者の態度は、7月中旬に公表された『朝日新聞』や『東京新聞』の調査でもはっきり出ている。新聞各紙の調査は、『憲法判例百選』執筆者など、限定された範囲の調査だったが、合憲は一桁である(朝日新聞でのアンケート例)。

東京新聞7/12朝刊

7月23日の「クローズアップ現代――検証“安保法案”いま何を問うべきか」では、日本公法学会の会員・元会員に対するアンケート調査の結果が出ていた。しかし、実は、6月にこのNHKの憲法研究者のアンケート調査は、憲法・行政法の最大の学会である日本公法学会の会員・元会員(名誉教授)1146人にアンケートを郵送している。私自身にも届き、6月の早い時期に回答した。7月に入ってすぐにニュースで報道されると思っていたが、いつまでたってもアンケート結果が公表されない。自由記述欄にはけっこう私も書いた記憶があるので、ボツはないだろうと思っていたところ、ニュースの枠ではなく、7月23日の「クローズアップ現代」のなかで、あっけないほど簡単に紹介された。回答した憲法研究者のうち、何人がこの番組でのアンケート結果の公表に気づいただろうか。アンケートを依頼されたときに、当然ニュース番組のなかで結果は公表されると思っていた。ニュースならば気づく人は多いだろうが、単発の番組内での公表は腑に落ちない。NHKとして組織的に行った調査なのに、この小さな扱いには違和感がある。しかも、番組開始後6分30秒から8分30秒のわずか2分間だけ。さらに不自然だったのは、アンケートの集計結果の分析では不可欠のパーセンテージが出されなかったことである。回答した422人のうちの377人が「違憲・違憲の疑いあり」と回答し、「合憲」は28人。これは普通ならば、回答者の89.3%が違憲、6.6%が合憲と画面に出るだろう(冒頭の円グラフは私のスタッフが作成した)。「違憲が9割近く」では安倍政権に不利になると、上層部が忖度したからだろうか。しかも驚いたことに、違憲3人、合憲3人の同人数の個別意見を紹介したのである。同人数は一見、公平のようだが、377人から3人、28人から3人というのは、むしろ「合憲」意見を重く扱う結果になっている。

公法学会アンケート

それにしても、法案を「合憲」とした憲法研究者は、「安全保障環境の変化を理由にあげました」とナレーションで紹介されたが、そもそも憲法研究者が「安全保障環境が変わったから」を「合憲」の理由にあげたらおしまいではないか。安保関連法案の立法事実(立法の必要性や立法目的の合理性を支える事実)として、「安全保障環境の変化」ですめばお気楽なものである。このような「合憲」の説明にもなっていない没論理の意見を、論理に忠実な多数の「違憲」の意見とことさら対等に扱おうとする。一見バランスに配慮しているようで、実は政権側に有利になるという構図である。

わずか26分の番組のなかで、憲法研究者のアンケートについては2分だけで、残りは法案に賛成と反対の立場の人を、賛成3人と反対2人というアンバランスで、それぞれ意見を言わせていた。そのなかで、賛成論のアーミテージ氏(元国務副長官)・北岡伸一氏(安保法制懇座長代理・政治学)・齋藤隆氏(元統合幕僚長)に長く語らせ、強行採決でイメージダウンした法案を「復権」させるような流れにしていた。反対論には大森政輔氏(元内閣法制局長官)と柳澤協二氏(元内閣官房副長官補)に加えて少なくともあと1人必要ではなかったか。防衛省記者クラブの政治部(政権部?)記者が、合憲・違憲の議論を軽く扱おうとしたのに対して、国谷キャスターは「合憲か違憲かというのは非常に根本的で本質的な問題だけに、参議院でもこの点が議論の焦点にならざるをえないのではないでしょうか」とピシャリと述べたのが印象的だった。政府寄りの「安全保障環境」云々の問題にもっていこうという番組の流れのなかで、キラリと光る一瞬だった。

公法学会アンケート

しかし、なぜ参議院での審議が始まる前にこういう放送をしたのか。7月15日の強行採決のあと、この法案への国民の疑問は一気に高まっている危機感からだろう。参議院での審議を前に政権に有利に誇張したような内容であった。おそらく現場では、新聞各社の調査の6倍近くの研究者に調査票を送り、それを回収し、集計するのは大変な作業だったと思う。そして画面に出たアンケートの現物には、手書きでびっしり書いたものもいくつも見られた。調査に真剣にとりくんだ両者。それを、ここまで公開を遅らせ、かつ扱いを極小化したのだとすれば、アンケートに協力した一人として怒りが湧いてくる。

なお、アンケートの紹介時間が少ないなかで、「名目が『自衛』でも日本が武力攻撃を受けていないにもかかわらず武力行使するのは違憲」という意見は、「自衛」を超える「他衛」になる法案の問題を端的に論理的に指摘していた。

そしてNHKについて続けていうならば、27日からの参議院質疑では、国会中継を放送することが役目であろう。

≪NHKの板野裕爾放送総局長は22日の定例会見で、安全保障関連法案が可決された15日の衆院特別委員会の締めくくり質疑を中継しなかったことについて、「一定のルールに基づいて判断している。(それに該当する)各党各会派がそろって質疑に応じることが決まったのは当日の朝。準備が間に合わず、中継は行わないと総合的に判断した」と説明した。 今後の参院での審議への対応については「ルールそのものは変える考えはない」としながらも、「さらに関心が高まっているということであれば、それはそれで考えていきたい」と話した。≫

安保国会中継「総合的に判断」=NHK総局長 時事通信 7月22日(水)18時32分配信

これだけ国民の関心の高い事案を扱う国会審議に対して、国は国民の知る権利を満たしていない。5月26日から始まった衆議院特別委員会が、NHKで中継されたのはほんの数回だった。衆議院HPの「衆院TV」がネット配信をしているが、ネット配信では動画が安定せず始終止まって切れ切れになる。そして、高齢者などネット環境のない家庭もあるだろう。これでは全国民への知る権利に応えていないも同然である。特に、15日の強行採決の日は、衆院TVへのアクセス数が多かったためだろう、つながらず観られない状況であった。NHK含む各放送局は、何のために放送の認可を受けているのか。国民の知る権利に資するためではないのか。いうまでもなく、参議院質疑ではこういうことのないよう、国会がテレビ中継されることを強く求める。

安倍首相・フジテレビ

それにしても、安倍政権の没論理性は救いがたいものがある。高村正彦副総裁の砂川事件最高裁判決への異様なこだわりについてはすでに書いたので触れない。安倍首相は不良とのケンカの例を挙げて、「丁寧に説明」したと本気で思っているようである。「クローズアップ現代」の番組中でも、首相が出たそのインターネット番組の映像まで、ご「丁寧」に時間を割いて紹介していた。

先週の月曜日(20日)、フジテレビのニュース番組に90分も生出演して、集団的自衛権行使容認を、「たとえ話」を多用して説明していた。この日は「かつては雨戸だけ閉めておけば家の財産を守ることができたが、今は振り込め詐欺の電話もかかるし、自分の口座から電子的に取られてしまう事態にもなっている」と述べるのだが、意味不明である。「戸締り」論はかつて個別的自衛権の正当化に使われたが、警察権の話ともいえる。しかし、一体、振り込め詐欺が「集団的自衛権とどういう関係があるのだろうか。

驚いたのは、安倍首相がスタジオに家の模型を持ち込み、「米国家という母屋」が火事になった例を使って説明したことである。日本は米国家の母屋の火は消さないが、「離れ」ならば可能だということで、その離れから日本家に火が移る場合には消せると身振り手振りで説明していく。火炎と思われる不気味な綿あめみたいなものを手で曲げたりして、とにかく日本家に延焼しそうな米国の離れの火災は消せるが、日本に延焼しない米国母屋は消せないというのである。この模型で米国家の離れとは米軍の艦艇のことだろうが、かなり苦しい。

国民への説明では、できるだけ武力攻撃をイメージさせたくないようである。武力攻撃は火事に矮小化され、さらに火事は火消しに矮小化されている。なぜ米国への武力攻撃は火事で、米軍と自衛隊の武力攻撃は火消しになるのか。むしろ、米軍兵士が火炎放射器で隣家を放火する際に、日本の自衛隊がゲル化ガソリンを補給するという方が法案が招く事態に近くなってしまうのではないか。

そんな中、クローズアップ現代と同日に、TBSニュース23で紹介されたネットで広がるパロディが面白い。自民党が作った「教えてヒゲの隊長」のパロディで、高校生のあかりちゃんが、実に冷静に、論理的に隊長に切り返す。「教えて“あげる”ヒゲの隊長」(YouTube)は必見である。

本日(27日)から参議院での審議が始まる。NHKの日本公法学会会員へのアンケート調査でも9割が違憲と回答したのだから、さらに今後は、「合憲」と「違憲」の意見に分かれるというような紹介の仕方は許されない。「安保関連法案は違憲であります。この点についてはもう決着がついています。一時期何か論争があるかのような話がありましたが、そんなことはありません。違憲です。従ってこの法案は廃案にされてしかるべきであると考えています」(長谷部恭男早大教授、7月13日の国民安保法制懇記者会見にて)。

憲法研究者と行政法研究者の圧倒的多数が「安保関連法案は違憲」であるとした以上、参議院の審議では、法案は違憲であると専門家によって判断されたということを前提に追及していくことが必要だろう。その際、拙著『ライブ講義 徹底分析! 集団的自衛権』で指摘したポイントを参考にしていただきたいと思う。

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