「捜索救助活動」のグローバル化――「周辺」と「後方地域」が外れた効果            2015年8月31日

法曹・学者記者会


見

26日、日比谷野外音楽堂で、日本弁護士連合会「安保関連法案に反対する学者の会」 合同の「安保法案廃案へ!立憲主義を守り抜く大集会」が開かれ、雨のなか4000人が集った。その前に16時から開かれた弁護士会館での記者会見に参加して、2分間だけ発言した。元内閣法制局長官のお二人の毅然とした姿勢と、「立憲と非立憲の戦線」を自らに体現した石川健治氏(東大教授)の気迫ある発言と挨拶(野外音楽堂)に感銘を受けた。この記者会見の様子はYouTubeにもある。明後日(30日)は、国会周辺で10万人の集会が予定されている。私は新潟と札幌の連続講演のため参加できないが、これに地方から連帯したい。

サバイバル・ハンカチ

さて、これは、17年前、広島市南区段原の骨董品店街で偶然見つけた、朝鮮戦争当時の米空軍パイロットの「サバイバル・ハンカチ」である。経緯は直言「8月6日を前にして」で書いた。米国旗の下に、「私は米国人です。遭難して途方にくれています。どうか私を加護して米国人のもとへ帰れるように取り計らってください」という趣旨の文章が、10カ国語で並んでいる。日本語、韓国語、中国語、ロシア語、ドイツ語、フランス語、英語、ビルマ語、ヒンズー語、ウルドゥー語である。朝鮮戦争だから、ハングルが一番大きい。部内限定のマークがある。所持していたパイロットの番号は「00205F」である。このハンカチを持たせたことからみても、米軍は自国の兵士の命を大切にしたことがわかる。敵に捕えられれば、全力で救出作戦を展開する(スピルバーグ監督作品「プライベート・ライアン」の原題は「ライアン二等兵を救え」である)。「捕虜になるなら自決せよ」と強いた日本軍よりも、「必ず助けにきてくれる」という信頼感が、米軍の強さの秘訣だったのかもしれない。アメリカ映画には、そうした救出劇をネタにしたものが多いのもうなずける。

朝鮮半島とその周辺諸国はもちろん、ビルマからパキスタン、インド、東南アジアまで、その地域のどこかに墜落・不時着しても対応可能になっている。逆に言えば、これらの言語が使われるところが朝鮮戦争当時の米空軍の行動範囲ということで、それがいかに広範囲に及ぶものかがわかるだろう(直言「わが歴史グッズの話(14)基地マッチ」)。

サバイバル・ハン


カチ

これを入手したとき、周辺事態法(正式名称:周辺事態に際して我が国の平和及び安全を確保するための措置に関する法律(1999年5月28日法律第60号))が焦点となっていた。国会審議でも、「周辺事態」とはどこの範囲なのかをめぐって激しい議論が行われた。政府は最後まで、「周辺事態」の地理的概念性を否定し続けたが、当時の小渕恵三首相が「中東やインド洋で起こることは想定されない」と答弁してしまい、法律の適用範囲を実質的に枠づけることになった。この周辺事態法で可能となる主な活動は、日本「周辺」における「後方地域支援活動」と「後方地域捜索救助活動」、「船舶検査活動」(詳細は別の「船舶検査活動法」で規定)である。これら3つのうち、ここでは特に「捜索救助活動」に注目して、現在審議中の安保関連法案のそれと比べてみたい。

私は17年前の直言「周辺事態法は軍事のための「如意法」」を書き、とりわけこの「捜索救助活動」に注意をうながした。すなわち、10万人を無差別殺戮した東京大空襲のとき、米軍は、高射砲などで被弾したB29が不時着水することに備え、硫黄島から伊豆半島沖まで、潜水艦や水上艦艇(病院船を含む)を一定距離ごとに待機させ、捜索救助、救急医療の態勢をとった。米軍は自己の構成員の生命だけは徹底的に大事にする。米軍戦闘部隊にとって、捜索救助態勢が整っているかどうかは、兵士の士気という点からも重大な関心事となる。そうした任務の一端を、日本の自衛隊の人員(命の危険)・装備・予算を使ってやらせようというのが「捜索救助活動」の狙いだった。これは、「後方支援」というよりは、事柄の性格上、戦闘部隊の活動の直接支援に近い。「捜索救助活動」としても「戦闘によって遭難した戦闘員」という表現を広くとれば、戦闘の経過のなかで「他国」の海岸に孤立した米軍部隊を、部隊ごと救出する輸送作戦を担うことも想定される・・・。

注意すべきは、周辺事態法の場合、「後方地域」というのが頭に付いており、「後方地域捜索救助活動」となっていたことである。その定義は、「周辺事態において行われた戦闘行為(国際的な武力紛争の一環として行われる人を殺傷し又は物を破壊する行為をいう。以下同じ。)によって遭難した戦闘参加者について、その捜索又は救助を行う活動(救助した者の輸送を含む。)であって、 我が国が実施するもの」である(周辺事態法3条2号)。その実施に際しては、「実施区域に隣接する外国の に在る遭難者を認めたときは、当該外国の同意を得て、当該遭難者の救助を行うことができる。ただし、当該 において、現に戦闘行為が行われておらず、かつ、当該活動の期間を通じて戦闘行為が行われることがないと認められる場合 に限る」(7条4項)とある。明らかに日本周辺の海上、しかも戦闘地域から 物理的にも距離のある場所が想定されている。米軍パイロットが某国の高射砲 や対空機関砲に被弾し、在日米軍基地に向かうも、日本海に墜落したという場 合、脱出したパイロットを日本海のどこかで救助するというイメージである 。

ところが、今回の重要影響事態法案7条の「捜索救助活動」には、周辺事態法にあった「後方地域」が頭に付いていない。その結果、「実施区域」は海域 ばかりでなく、他国領土内の地上も含むことになるだろう。しかも「周辺」と「後方地域」が外れた分、「重要影響事態」の認定如何によって、自衛隊の活動は限りなく広がることになる。周辺事態法の改正法という形式をとりつつ、 実質的にまったく別の法律になっていると指摘せざるを得ない。「7.1閣議決定」は 、現在の安全保障環境を、「脅威が世界のどの地域において発生しても、我が 国の安全保障に直接的な影響を及ぼしうる状況」としているから、世界中で発生するどのような「脅威」も、政府の必要に応じて、したがって、「最高責任者である私」の「総合的判断」で、「重要影響事態」として認定され得るのである。

実は、安保関連法案のなかで唯一の新法である「国際平和支援法案」8条もまた、「捜索救助活動」を定めている。こちらはもともと地理的限定がなく、理論上、「地球の裏側まで」も可能である。この法案でいう「国際平和共同対処事態」(同法1条)と「重要影響事態」との区別は不明確であり、相互の関係も曖昧である。政府の必要に応じて都合のいい方を使い、自衛隊の国際政治的利用のツールとして活用できるわけである。

この二つの法案に仕込まれた「捜索救助活動」の重大問題は、今回の安保関連法案のなかで、自衛隊が戦闘行為にまきこまれる可能性がおそらく一番高いと思われることである。国会審議を通じて、安倍首相や中谷防衛相は、活動が行われている場所やその近傍で戦闘行為が始まれば、あるいはそのような事態が予測される場合などは、活動を一時休止・避難するなどして危険を回避し、活動を中断するという法の規定を使って答弁してきた(重要影響事態法6条4、5項、国際平和支援法7条4、5項)。安倍首相は、「万が一、状況が変化していく、その可能性はもちろん全く排除されないわけでありますが、部隊等が活動している場所が現に戦闘行為が行われている現場となる場合等には、活動の休止、中断を行うことになる。」(衆議院安全保障特別委 2015年5月28日)と繰り返している。「指揮官が機敏に、戦闘現場になる可能性があればそこは中断する、こういうことになるわけであります」(同委員会5月27日)、あるいは、「武器を使って反撃しながら支援を継続するようなことはありません。」(衆院本会議 2015年5月15日)とも述べている。

ところが、これは「後方支援活動」の場合であって、「捜索救助活動」には「休止」「中断」しなくてよい場合が想定されていることに注意すべきである。すなわち、「 遭難者が発見され、自衛隊の部隊等がその救助を ときは、当該部隊等の安全が確保される限り、当該遭難者に係る捜索救助活動を継続することができる」(重要影響 事態法7条6項と国際平和支援法8条6項)。「部隊等の安全が確保」というのが条件になっているが、現場の状況の急激な変化や、狭い地域に追い込まれて撤 退が困難な場合などを考慮すれば、「中断」したとしても「安全確保」の方が 困難になるだろう。不時着した米機のすぐ近くに武装勢力が重武装で接近して いるところに遭遇した場合、遭難者を「発見」した以上、これを見捨てて「中断」は許されないということから、現場では戦闘行為に発展する場合も出てくるだろう。「敵中」にある遭難者を救出したところに、武装勢力が押し寄せてきたような場合も同様である。この論点を掘り下げた国会審議がまだ十分に行 われていないのが残念である。

数少ない質疑の例としては、松浪健太議員(維新の党)が、「今回の政府案では、現に戦闘が行われている現場では実施しないというだけでありまして 、ただし、捜索救助活動等はこの限りではないとされているんですけれども、こうなると武力行使の一体化の可能性は当然ながら高まると思います。」と、いいところを突く質問をしたことがある。だが、中谷防衛相は、実施区域の変更の問題に論点をすり替えて、まともに答えなかった(衆議院特別委員会 2015年7月10日)。むしろ、その前々日の特別委員会で、原口一博議員(民主党)が法案とガイドラインとの関係で質問した際、答弁に立った国立国会図書館専門調査員が重要なことを指摘している(同7月8日)。

〇等雄一郎国立国会図書館専門調査員
 「先生御指摘のように、このガイドラインを実行するために、今回の平和安保法制が御提案されていると思います。特に、今回の御提案の中で、これが成立しませんとできないだろうなと思われる点を一点御紹介いたしますと、例え ば、今回のガイドラインにおきまして、戦闘捜索・救難活動を含む捜索・救難 活動という用語が三度使われております。これにつきまして、前回の97年のガイドラインでは戦闘捜索・救難活動という言葉は使われておりませんで、単に捜索・救難活動という言葉が使われておりました。これに関連いたしまして、今回の平和安全法制におきましては実施区域を防衛大臣が定められるというふうになっておりますけれども、 、この点はまさに、今回の法制が成立いたしませんとガイドラインで日米が約束したことを実行できないことになろうかと思います。」

別冊法学セミナー 


安保関連法総批判

この答弁から、ガイドラインにある「戦闘捜索・救難活動」に合わせて、重要影響事態法案と国際平和支援法案では、「実施区域」を外れても柔軟に活動が展開できるよう、法のしばりをゆるくしてあることがよくわかる。法案の立て付けが、ガイドラインに合わせたものになっていることを、この専門調査員は素直に述べているので、中谷防衛相の答弁よりも法案の危険性をあぶりだしている。この「捜索救助活動」は戦闘行為に発展する蓋然性が特に高く、かつ「自衛隊員のリスク」が圧倒的に高まることを指摘しておきたい。なお、この点は、森英樹編『安保関連法総批判』(別冊法セミ増刊・日本評論社、2015年)50頁(塚田哲之執筆)を参照のこと。

この法案が成立すれば、きわめて危険な地域における「戦闘捜索・救難活動」が「捜索救助活動」として実施されることになるだろう。周辺事態法のときは、「後方地域」の「捜索救助活動」なので、どこか海難救助のイメージが強かったが、「周辺」という枠も「後方地域」という枠も取っ払われ、今後は米軍からの要請を断ることもできず、危険な地域に不時着した米軍等のパイロットなどの救出に自衛隊の部隊が出動することになるだろう。

現在、米軍パイロットはどのような「サバイバル・ハンカチ」をもっているのだろうか。その現物はまだ入手できていないが、推測するに、そこにはアラビア語、ペルシャ語、ベンガル語、タミル語、ジャワ語、スペイン語、ポルトガル語は確実に入っているだろう。南スーダンの活動など、自衛隊では安保関連法案の8月成立、2月施行を見越してすでにさまざまな準備に入っている。その準備のなかに、日の丸を大きく縫い込み、各国語で書かれた自衛隊員用「サバイバル・ハンカチ」は含まれているだろうか。この法案は廃案以外にない。

トップページへ。