深瀬忠一北海道大学名誉教授を偲ぶ会

雑談(110)音楽よもやま話(21)コバケンのマーラーなど
2015年11月30日

早稲田フィル

倍政権の暴走のおかげで、この「直言」は毎回、安保関連法案に関連するさまざまな問題について論じなければならず、気を抜くことができなかった(安保法案の連続掲載をご覧ください)。「直言」には、多忙期や繁忙期で執筆が困難なときのため、ストックとしておく「雑談シリーズ」がある。このシリーズを毎年平均8回くらいは出してきたが、2014年の「7.1閣議決定」以来、激減した。2014年は10月に「雑談(108)閑話本題―写真編」を、2015年は1月の「雑談(109)「食」のはなし(18)ゼミ「おでん会」の10周年」だけである。目下、いろいろな仕事がたてこんで、新たに原稿を書き下ろすことができないため、本年2回目の雑談シリーズをアップすることをお許しいただきたい。「音楽よもやま話」の21回目である。「雑談(96)音楽よもやま話(20)第9交響曲を聴く―未完の第4楽章」から実に2年10カ月ぶりになる。

今回の「雑談」は、この1年間に、授業や大学の校務、原稿執筆、講演、「学者の会」などの集会・デモなどの合間と隙間と間隙をぬって通ったコンサートの話から始めよう。

私は、ご縁やおつきあいからもさまざまなコンサートに行くが、自らすすんでチケットを取って聴くのはブルックナーの交響曲が多い。かつて朝比奈隆会長のもとに存在した「日本ブルックナー協会」の会員証(会員番号505)を、この30年以上、大事に名刺入れにしまっている。協会はとっくに解散しており、お守りのつもりである。

今年は、入試が終わり、カナダ講演に向かう直前の2月24日に、SKDでブルックナーの交響曲第9番ニ短調(ハース版)を聴いた。SKDというのは、年輩の人なら松竹歌劇団と思うだろうが、Staatskapelle Dresdenの略である。ドレスデン国立歌劇場管弦楽団。世界で最も古いオーケストラの一つで(起源は1548年のザクセン選帝侯宮廷楽団)、ドイツ在外研究中に一度聴いたことがあるが、来日公演は初めてである。ベルリンフィルのように金色の輝き、ウィーンフィルのような極上のシルクの味わいと違い、「燻銀の響き」ともいわれるのだが、私には、ブルックナーの陰陽を描き分けられる理想的なオケだと思っている。クリスティアン・ティーレマンはかなり癖のある指揮者で、かつてベートーヴェンの交響曲を数曲CDで聴いたときは、アクの強い演奏で、好みが分かれると思った。だが、この日のSKDとの演奏は、そうした一抹の不安を解消するに余りあるものだった。

一昨年の「直言」でも書いたが、ブルックナーの9番には「未完の第4楽章」という問題がある。この日の演奏は、第3楽章のアダージョで終わるオーソドックスなかたちをとっていた。だが、アンサンブルの緻密さはいうまでもなく、ギラギラしない優美な音色がたいへん魅力的だった。インテンポで一音一音丁寧に演奏していくので、かつてベートーヴェンでやったような「技」が飛び出すことはなく、安心して聴けた。第3楽章の後半の全休止(ゲネラルパウゼ)は通常よりも長く、長く、長く感じられたが、これはティーレマンの「演出」だろう。かなりの緊張感を強いられた。9本のホルン群の見事なアンサンブルにも舌をまいた。 早稲田フィル ワーグナーチューバの切々たる下降音型も含めて、この楽章の組み立ては文句なしだった。かつて、9番についてこう書いた。「155小節(練習番号L)からの4小節、弦5部が強奏で入る、“breit”(幅広く)の指示のある箇所は、息を呑む美しさだ。コーダに入る231小節目、練習番号Xから始まる13小節も至福の時である。ホルンや金管(トランペットを除く)が弱音で5小節にわたり、F♯の音を吹き続け、弦5部がピチカートで、休止を入れつつ3音続けて全曲が終わる。音がすべて消え、長い沈黙のあと、指揮者が静かに振り返る。嵐のような拍手。・・・」 だが、今回、ティーレマンは、もっともっと長い沈黙の時間をつくった。拍手が起こるまで正確な時間を測ったわけではないが、サントリーホールに無音の時が長く流れた。至福の瞬間だった。ブルックナー「第9」の理想的な終わり方であり、「第4楽章」はやはり不要だと確信した一夜だった。

3月18日は、エリアフ・インバル指揮の東京都交響楽団の演奏で、ブルックナーの交響曲第4番変ホ長調「ロマンティック」を聴いた。都響とあなどるなかれ、これが本当にすごい演奏だった。そもそもインバルの指揮でこの「ノーヴァーク版1878/80」をナマで聴いたのは初体験である。聴き慣れた4番と微妙に異なるのだが、インバルの楽曲構築が完璧なので説得力がすごい。インバルというのは相当変わった指揮者で、ブルックナーについてはマイナーな版を使って、しかもかなり個性的な演奏をする。しかし、この夜は、金管の鳴らし方が私の耳に慣れたものと微妙に違うものの、違和感を覚えるほどではなく、次第に彼の世界に引き込まれていった。とにかく都響が熱演・好演で、インバルの棒に見事にこたえていた。金管の精度と厚みは特筆もので、特にトロンボーンはすごかった。ホルンソロが決定的に重要なこの曲では、都響の首席ホルン奏者は見事だった。木管も弦もいい。インバルと都響の組み合わせはこれまでも何度か聴いてきたが、大変相性がいいように思う。上野から山手線で帰ったが、熱を帯びた聴衆が車両にかなりいて、興奮状態がかなり持続した。

9月30日は、ベルナルト・ハイティンク指揮のロンドン交響楽団で、ブルックナーの交響曲第7番ホ長調を聴いた。ハイティンクは若い頃から何度か聴いており、91年のベルリン滞在中は、Staatskapelle Weimar(ワイマール国立歌劇場管弦楽団)の演奏で聴いた。曲名は忘れてしまった。彼の演奏はオーソドックスで、まじめで、私はいつもあまり印象に残らないのだ。よくいえば、ゆったりと自然体である。過激な表現は皆無で、とにかくスコアに忠実に再現していく。そのあたりが「おもしろみ」がないという評価を生む要因だろう。この日も実にまじめで、ティーレマンのように完全暗譜ではなく、地味にスコアを見ながら指揮をしていた。それでも、ロンドン交響楽団の名手たちから十分に重厚かつ優美な音を引き出していた。ただ、ここはこう鳴らすべし、ここはこう引っ張るべし、という私の頭のなかにある「7番像」とは距離がある演奏で、圧倒的感銘というわけにはいかなかった。なお、楽章の合間に、コントラバスチューバの大きな奏者が楽器を抱えたまま、一番右に配置されたトロンボーン群の席から、左の端のワーグナーチューバの横に移動したのには驚いた。音響効果を増すための工夫だろう。

12月25日にパーヴォ・ヤルヴィ指揮のNHK交響楽団でベートーヴェンの「第9」を聴いたあと、来年の2月と3月には、グダニエル・バレンボイム指揮のStaatskapelle Berlin(ベルリン国立歌劇場管弦楽団)でブルックナーの第7番ホ長調、井上道義指揮のNHK交響楽団の演奏で第8番ハ短調を聴く予定である。

さて、ここからが今回の本筋である。私が早稲田大学フィルハーモニー管弦楽団の会長に就任してから10年になる。学内の学生サークルの会長にすぎないが、けっこう練習場所の確保のための書類に署名捺印するなどの実務がある。年に2回の定期演奏会には、主催者としてお客さん集めと、当日のお出迎えなどをやる。2010年には、総長ご夫妻も臨席して大隈講堂で、早稲田大学ニューイヤー・コンサートも行った。また、東日本大震災のときは、宮城県名取市閖上と岩手県陸前高田市で、震災復興支援ボランティアの演奏活動を行った

演奏会の曲目だが、かつてはブルックナーに取り組んだことがあったが、このところ一度もないのが残念ではある。曲目の選定は、すべて学生の自主的な話しあいで決まるから致し方ない。ところが、来月の第73回定期演奏会はエポックメーキングである。小林研一郎さんの指揮で、マーラーの交響曲第1番「巨人」をやるのだ。しかも、上野の東京文化会館。全席指定席でかつてない売れ行きである。小林さんの人気のすごさを感じた。

マーラーについては、私はブルックナーの次にこだわりがある。ちょうど5年前、その生誕150周年に、中国でのマーラーブームにかこつけて書いたことがあるので参照されたい。また、クラウス・テンシュテット指揮のベルリンフィルの生演奏(そして彼はその演奏からまもなく死去する)については、一生の思い出になる体験だった

その91年のベルリン滞在時、Staatskapelle Weimar(ワイマール国立歌劇場管弦楽団)のチケットを買いにいって、売り場に小林研一郎指揮日本フィルハーモニー交響楽団のポスターを見つけたのだが、日本で聴けるからと買わなかったのである。大いに後悔した。今回、早稲フィルを小林さんが指揮してくださることを知り、まっさきにこの24年前の「後悔」を思い出した。

12月9日の定期演奏会チラシに小林さんの経歴などが書いてあるので、クラシックに詳しくない方もこちらをご覧ください。また、当日、会場で配布されるパンフレットに私の会長挨拶が掲載される。それを、この「直言」に先行掲載することにしたい。これをお読みいただけば、24年前の「後悔」のことがおわかりいただけると思うからである。

ご  挨  拶

会長 水島朝穂(法学学術院教授・法学博士)

本日はお忙しいなか、早稲田大学フィルハーモニー管弦楽団第73回定期演奏会にお越しいただき、誠にありがとうございました。こうして年2回の定期演奏会を開催することができますのも、皆さま方のご支援とご協力の賜物です。厚くお礼申し上げます。

早稲フィルは学生オケとして、毎年のようにメンバーが出入りします。また、大学公認サークルですが、インターカレッジ的性格をもち、他大学の学生も少なからず参加しています。そんな早稲フィルですが、校歌にある「仰ぐは同じき理想の光」のもと、団員一同、心を一つにして演奏する姿をお楽しみください。なお、早稲フィルの特徴については、私のホームページのバックナンバー(2005年3月21日)をご覧ください。私が会長に就任した直後に書いたものですが、ちょうど10年がたちました。

さて、今回のメインプログラムは、「炎のコバケン」こと小林研一郎さんをお迎えして、マーラーの交響曲第1番ニ長調です。この原稿を書いているいまから、コバケン=早稲フィルの白熱した演奏を想像して興奮してしまいます。

実は小林さんについては、私の人生での大いなる後悔があります。私はドイツ統一(1990年10月)の4カ月後から、旧東ベルリンに在外研究で滞在しました。旧東ドイツの小銭がまだ使えた頃です。私の住宅から徒歩圏内にあった旧シャウシュピールハウス(現コンツェルトハウス)やベルリン・シュターツカペレのコンサートに足しげく通い、ベルリンの5つのオーケストラは何度も聴きました。散歩ついで立ち寄り、偶然、開演直前のベルリンフィルのキャンセル券を入手できたこともあります。日本円で1500円くらいでした。そんな時、チケット売り場で、小林さんと日本フィルハーモニー交響楽団のベルリン公演のポスターを見つけたのです。1991年春だったと記憶しています。曲目はマーラーの交響曲第5番嬰ハ短調。その日はワイマール・シュターツカペレのチケットを買いにいったのでスルーしてしまったのですが、毎朝読んでいた地元紙(Berliner Tagesspiegel)で「極東からの熱風」という高評価の記事を読み、大いに後悔しました。4分の1世紀ほど前のことです。今回の第1番はマーラー28歳の時の作品で、若々しくダイナミックで自由奔放な曲です。早稲フィルが小林さんの指揮にどこまでついていけるか。ハラハラ、ドキドキですが、団員たちの若いエネルギーと小林さんの指揮がコラボして、私たちの前に、一回性のすばらしいマーラーの世界が立ち現れてくるものと確信しています。

それでは皆さま、最後までどうぞごゆっくりご鑑賞ください。本日はどうもありがとうございました。

《付記》 チケットについては、東京文化会館チケットサービスより販売しております。下記のチラシをご参照ください。

早稲田大学フィルハーモニー管弦楽団第73回定期演奏会

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