2017

2017/1/2:自由と立憲主義からの逃走――「直言」更新20周年

2017/1/9:「憲法くん」の古稀――日本国憲法施行70年へ

2017/1/16:わが歴史グッズの話(39)――「靖国合祀遺族セット」

2017/1/23:トランプ新政権発足とメキシコ憲法100年

2017/1/30:「無知の無知」の突破力――安倍流ダブルスピーク

2017/2/6:雑談(113)「直言」20年のこと――管理人の視点から

2017/2/13:非立憲のツーショット――「みっともない憲法」と「いわゆる裁判官」

2017/2/20:雑談(114)ドイツでの生活(2-完)+音楽よもや話(22)ドイツで聴いた音楽

2017/2/27:「トランプゲート事件」と安倍政権――終わりの始まり?

2017/3/6:第96代内閣総理大臣の「恥ずかしい」政治言語

2017/3/13:韓国憲法裁判所による大統領弾劾審判――立憲主義と民主主義の相剋

2017/3/20:ヴァンゼー会議の75周年――トランプ政権発足の日

2017/3/27:「構造的忖度」と「構造的口利き」――「構造汚職」の深層

2017/4/3:「教育勅語」に共鳴する政治――「安倍学校」の全国化?

2017/4/10:議員任期延長に憲法改正は必要ない――改憲論の耐えがたい軽さ

2017/4/17:「立憲主義からの逃走」――ドイツとトルコの大統領

2017/4/24:勘繰る政治――忖度と迎合、権力分立の荒野

2017/5/1:「新たな戦前」なのか――日本国憲法施行70年

2017/5/8:ドイツ国旗はデモ隊の旗だった――「ハンバッハ祭」のこと

2017/5/15:安倍首相と渡邉読売の改憲戦術――情報隠し、争点ぼかし、論点ずらしの果てに

2017/5/22:安倍晋三トルクメニスタン大学名誉教授の改憲論と大学論

2017/5/29:「全く問題ない」内閣官房長官――「介入と忖度」の演出

2017/6/5:「共謀罪」法案に隠された重大論点――「準備行為」(overt act)

2017/6/12:介入と忖度――『相棒』『ウルトラマン』の脚本家・太田愛さんとの対談(『世界』6月号)

2017/6/19:わが歴史グッズの話(40)――「特高」を必要とする「共謀罪」法

2017/6/26:大田昌秀氏を悼む――沖縄と憲法を問い続けて

2017/7/3:「ねじれ解消」からの脱却――安倍「自爆改憲」を止める

2017/7/10:「即席の受け皿」の危うさ――東京都議選の効果

2017/7/17:『平和の憲法政策論』を世に問う――安倍改憲の時代に

2017/7/24:「次期首相候補」だった2人の女性大臣と新手のリクルート施策

2017/7/31:公文書は「民主主義を支える知的資源」―公文書管理法1条

2017/8/7:日航123便墜落事件から32年――隠蔽の闇へ

2017/8/14:「不安の制度化」の手法――トランプ・金・安倍の危ないチキンレース

2017/8/21:憲法は究極の「岩盤規制」――安倍式改憲の最終コーナー

2017/8/28:映画「恵庭事件 知られざる50年目の真実」に寄せて

2017/9/4:雑談(115)「スマートなアホ化」と政治

2017/9/11:ハンガリー国境の「汎ヨーロッパ・ピクニック」の現場へ――中欧の旅(その1)

2017/9/18:ドイツの憲法が生まれた場所、ヘレンキームゼー再訪――中欧の旅(その2)

2017/9/25:ヒトラー山荘とオーストリアのナチス強制収容所――中欧の旅(その3)

2017/10/2:「自分ファースト」の翼賛政治――保身とエゴの「暴投解散」

2017/10/9:核再処理施設を拒否した村、ヴァッカースドルフ再訪――中欧の旅(その4)

2017/10/16:憲法研究者に対する執拗な論難に答える(その1)――「9条加憲」と立憲主義

2017/10/18:憲法研究者に対する執拗な論難に答える(その2)――「国家の三要素」は「謎の和製ドイツ語概念」なのか

2017/10/19:憲法研究者に対する執拗な論難に答える(その3)――憲法前文とその意義

2017/10/20:憲法研究者に対する執拗な論難に答える(その4・完)――憲法9条をめぐって



トップページへ