「危機」における指導者の言葉と所作(その2)――西日本豪雨と「赤坂自民亭」
2018年7月16日

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7月6日、オウム真理教元代表の松本智津夫(麻原彰晃)死刑囚ら教団元幹部7人の死刑が執行されたが、これについては前回の「直言」の付記で書いた(端本悟死刑囚が含まれなかったことの感慨は、直言「オウム裁判は終結したか」参照)。その死刑執行の前夜、赤坂議員宿舎で開かれた「赤坂自民亭」なる飲み会における上川陽子法務大臣の「いいね」ポーズは衝撃的だった。

「死刑の執行は、法務大臣の命令による。」(刑事訴訟法475条1項)、「法務大臣が死刑の執行を命じたときは、5日以内にその執行をしなければならない。」(同2項)。死刑は国家による法律に基づく殺人である。いつ、誰を、何人執行するかについては、すべて法務大臣の判断に委ねられている。その大臣が、同一事件で7人もの大量処刑を命令するというかつてない事態を翌日に控えて、それを決定した本人が「いいね」ポーズをとるというのは、大臣以前に人間としてどうなのか。末席でおとなしく飲むのではなく、「女将」役で場を盛り上げたようなので、なおさら理解できない。この政権はとっくに底が抜けているが、これはあまりにもひどい。

そして、この「赤坂自民亭」が行われた7月5日の14時36分、気象庁が臨時記者会見を開いていた。主任予報官が、「西日本と東日本では記録的な大雨となるおそれがあります。非常に激しい雨が断続的に数日間降り続き、記録的な大雨となるおそれがあります。」と厳重な警戒を呼びかけた。「大雨特別警報」が出され、「数十年に一度しかない大災害」「重大な危険が差し迫った異常事態」(気象庁予報課長)という言葉が気象庁の会見のたびに繰り返された。これはとんでもない事態が迫っていると誰しもが思った。だが、安倍晋三首相をはじめ、「赤坂自民亭」に集まった政治家たちには、そうではなかったようだ。飲み会が始まった時点で、京都など各府県の約11万人に避難指示が出ていた。

この飲み会の主催者である竹下亘総務会長は、「これだけの災害になるとは予想せず…」と弁解した。気象庁の臨時会見があった時点で、飲み会の主催者として、「重大事態なので延期する」となぜ言えなかったのか。「予想せず」という言葉から、明らかに西日本の人々に刻々と危機が迫っていることに対して、与党の幹部がこの程度の認識だったことがわかる。

小野寺五典防衛大臣の言い訳は迷走している。「〔赤坂自民亭に〕私も出ていた。指示をし終わった後、宿舎で待機していたので、その際に集会所に行って顔を出した。だが防衛省からは随時連絡が来ており、その都度指示を出していたので特に支障はないと思っている。」と10日の記者会見で語っていた(『朝日新聞』7月11日付)。ところが、13日の閣議後会見で記者から「酒を飲みながら(災害対応の)指示を出していたということか」と問われ、「乾杯はしたが、会合の最中に連絡があったり、会合の最中に連絡をしたとかいうことはない。・・・(災害対応に)支障はなかったと思っている」に微妙に変化した(『朝日』7月14日付)。酒酔い運転ならぬ「酒酔い指揮」ということか。こういうのを見苦しい言い訳という。複数の方面隊にわたる大規模な災害派遣が確実な状況で、そもそも「飲み会」に足を運ぶこと自体が大臣としての姿勢を問われよう。防衛省(新宿区市谷本村町)から「赤坂自民亭」(港区赤坂2丁目)まで3.2キロ、大臣公用車で10分の距離である。懇談の場にいたのは「30分程度だったと思う」というが、緊急の判断を要する局面で、往復の時間を入れれば1時間近く持ち場を離れて飲んでいたわけで、職務怠慢のそしりを免れまい。

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連立与党の公明党の井上義久幹事長は、「赤坂自民亭」に対して、「軽率のそしりは免れない。翌日には大雨特別警報が出ており、(被害)状況は想定できたのではないか」と批判した(『毎日新聞』7月14日付)。だったら聞く。河川氾濫を伴う豪雨災害の所管大臣は、公明党の石井啓一国土交通大臣である。石井大臣は、「13府県で死者が158人、心肺停止が1人、行方不明や連絡を取れない人が72人・・・広島県と岡山県を中心に計約1万人が避難生活を送る中、災害関連死など被害の広がりを防ぐ対策が急務になっている。」(『朝日新聞』7月11日付)と報道された7月10日。参議院内閣委員会で、カジノを含む統合型リゾート(IR)実施法案の担当として、緊急対応が求められる約6時間を、法案審議に充てていたのである。野党は、大災害を目前にして審議を延期すべきと主張したが、9日に内閣委員長(自民)が職権で開催を決めたものだ。カジノ法案の審議が始まると、石井国交大臣に対して、「ギャンブルと人命と、どちらが大切なんだ」という怒号が飛んだという(『毎日新聞』7月11日付)。この日午前、広島県で新たに河川の氾濫が発生していた。

2年前、公明党はカジノ法案をめぐって党内が割れ、井上幹事長は、カジノ法案の採決で反対したことはご記憶だろうか。この写真がその証拠である。だから、井上幹事長は、石井国交大臣に対して、豪雨対策を優先するように助言すべきだったのである。だが、公明党は安倍首相に「忖度」して、法案審議を優先した。これでは「赤坂自民亭」を批判する資格はない。一方、カジノ法案と災害対応の両方の所管大臣たる石井国交大臣としては、スーツ 姿ではなく、あえて「防災服」を着て法案審議に臨むくらいの姿勢が必要だった。「その格好は何だ。だったら現場へ行け」と、野党にもっとたたかれるのは必至だが、所管大臣として、せめて姿勢だけでも示してほしかった(脱力事例:2017年7月北九州北部豪雨の際の稲田朋美防衛大臣(当時))。

こと災害が起きると安倍首相の動きは鈍くなる。ネット上には、「てんぷら一番、ゴルフは二番、惨事の放置は安倍晋三」という、老舗菓子店のテレビコマーシャル(かなり昔からある)にひっかけた、いじわるなツイートもある。「平成26年豪雪」(山梨・群馬などで死者26人)の際、赤坂のてんぷら料理店で会食していて対応を批判され、「平成26年8月豪雨」(広島市安佐南区などで死者74人)の際には山梨でゴルフをしていた。この時は、土砂崩れで30人以上が生き埋めになった報をきいてからゴルフへ出かけている。ついでにいえば、大阪北部地震(6月18日)の当夜、岸田政調会長と高級しゃぶしゃぶ会食。そして、今回の西日本豪雨(正式には「平成30年7月豪雨」)の時は、「赤坂自民亭」である。

7月5日の段階で、国が全力をあげて自治体を支援する対応を始めていたら、救える命がどれだけあったかはわからない。だが、初動の対応はきわめて重要である。「首相動静」欄を見ると、安倍首相はどこへ行くか、誰と会うかをすべて9月の総裁3選を軸に組み立てている節がある。「自民亭」の主な狙いは、岸田政調会長の取り込みだったのではないか。そのあたりを、官邸応援紙の『読売新聞』(ちなみに、官邸広報紙は『産経新聞』)の、応援団に近い政治部記者が書いた、首相の「思い」(NHK岩田明子風)がこれだ。

安倍首相が11-18日に予定していた欧州・中東歴訪を土壇場で取りやめたのは、連続3選を目指す自民党総裁選を控え、西日本豪雨への対応に万全を期す姿勢を示す狙いがありそうだ。・・・今回の外遊では、ベルギーで欧州連合(EU)との経済連携協定(EPA)の署名式、パリではフランス革命記念日に行われる軍事パレード参観などを予定していた。政府は「国益に直結する」と外遊の意義を強調してきたが、「豪雨の被害がこれだけ広がった以上、中止も致し方ない」(政府高官)と軌道修正した。内閣支持率が持ち直しつつある中、総裁選をにらむ首相は「このタイミングでの失点は避けたい」(首相周辺)との心理が働いたとみられる。2012年に第2次安倍内閣が発足して以降、国内で100人を超す犠牲者(関連死を除く)を出した災害は例がない。対応が後手に回れば、世論の風向きは一気に変わるおそれがある。」(『読売新聞』7月10日付)。

国民の命よりも、自らの総裁3選で頭がいっぱいの安倍首相の「思い」を、応援団が代弁している。だから、被災地に行って、被災者を励ますポーズをとっても、心そこにない、はすぐに見透かされてしまう。飲み会に出ながら指示を出していたから問題ないという防衛大臣。指示は本当だったとしても、問題はそこにはない。これだけの重大事態に際して、トップたるもの、どういう態度をとるか。誰よりも先頭に立つ。そして「言葉」を発する。そして、部下に「やろう」という気持ちを起こさせる。これである。酒を飲みながら、「中部方面隊にも出動待機をするように」みたいな指示を出す大臣なんて、考えられない。

今回の豪雨災害に際して、首相を本部長とする緊急災害対策本部をなぜ立ち上げないのかという声があった。災害対策基本法は3つのタイプの災害対策本部を規定している。まず「災害対策本部」(23条)である。本部長は都道府県知事と市町村長。これが基本である。第2に、「非常災害対策本部」(24条)。本部長は防災担当大臣である。第3に、「著しく異常かつ激甚な非常災害が発生した場合」、内閣総理大臣を本部長とする「緊急災害対策本部」が立ち上がる(28条の2)。「緊急災害対策本部」を立ち上げるには、「異常かつ激甚な非常災害」という要件をクリアしなければならない。これは、東京・大阪・名古屋が壊滅するような災害を想定している。阪神大震災の時も「非常災害対策本部」だったから、西日本の大規模災害の場合は「非常災害対策本部」というのがこれまでの実例に沿ったものである。ただ、問題は、首相が防災担当大臣を叱咤激励して、自らが災害対策の先頭に立つという姿勢を示す必要があった。日頃、安倍首相は手を振り上げて、「国民を守る」というポーズをとるわりには、いざというときに姿が見えなくなる。今回もそうである。

そこで、この機会に、14年前の「「危機」における指導者の言葉と所作」をお読みいただきたい。2004年10月23日(土)の新潟県中越地震の際、小泉純一郎首相(当時)は映画試写会への参加(松たか子のファン)を優先して、震災対応が遅れた。初動におけるトップの姿勢を中心に、その対応を批判した「直言」である。以下、かいつまんで紹介しよう。

地震、噴火、火事、航空機事故など、人の生命に関わる重大事態が発生したら、その瞬間、その場、その箇所で最も責任のある人が指導者となる。学校の校長、村の村長、ホテルの総支配人、フェリーの船長…。皆がその人の指示に従う。その人の発する「言葉」と「一挙手一投足」にその場のすべての目が集中する。・・・「長」になった者の能力は、「非常事態」において最もはっきりあらわれる。・・・

・・・大災害などの異常な事態においては、責任者がその存在をはっきり示し(必ずしも被災現場に行く必要はない)、まず言葉を発すること。内閣官房が大規模地震などの事態の初動体制についてマニュアルを作成しているが、首相の対応については規定がない。それは、首相は最高責任者として、マニュアルに定めのない判断が求められるからである。つまり、まず存在を示し、言葉を発することである。・・・

・・・首相は直ちに席を立ち、映画祭取材に集まった各社のカメラを前にして、こう語るべきだった。「新潟で大きな地震が起きました。関係諸機関は、全力を挙げて救援活動にあたるよう指示しました。周辺自治体の皆さんも支援の行動を起こしてください。国民の皆さんも、今後の情報に注目して、できる限りの支援をお願いします。私はすぐに官邸に戻り、対策にあたります」。1分も必要ない。このトップの声と姿を見たとき、人々は事柄の重大性を感じ、それぞれの立場で行動を起こすきっかけをつかむ。各官庁のどんな「指示待ち公務員」でも、「いつもと違う。これは大変だ」という気分になる。その気分の無数の重なりが、その後の組織の動きと勢いを決める。・・・

・・・こうした大災害が起こるたびに、いつも、首相の権限強化やら、包括的な緊急事態法制の必要性が強調されることである。立憲主義の観点から言えば、首相の緊急事態権限を拡大することには慎重でなければならない。怪しげなシステムを作ろうとする首相が、いま、どんな動き方をしているかをよく見ておこう。どんなに首相に権限が集中しても、首相の関心が松たか子に集中していれば、システムは動かない。23日夜以降の救援態勢は、典型的な「力の逐次投入」の愚をおかしていないか。改善されるべきはシステムよりも、それを運用できない人と政治である。・・・

新潟県中越地震は土曜日の夕方に起きた(17時56分)。すでに公務員も大半が帰宅している。ここで首相が映画試写会への参加を中止して、官邸に関係閣僚を呼び集めていたら、役所の動きはまったく違っていただろう。それを「直言」は、「各官庁のどんな『指示待ち公務員』でも、『いつもと違う。これは大変だ』という気分になる。その気分の無数の重なりが、その後の組織の動きと勢いを決める。」と書いている。助けに行こうと、みんなが動き出すとき、それはトップの姿勢が大きい。

憲法を改正して、首相に権限を集中する緊急事態条項の導入を主張する安倍首相が、今回どんな動きをしたのかも記憶しておこう。「改善されるべきはシステム〔憲法〕よりも、それを運用できない人と政治である」。

なお、「赤坂自民亭」と「平成最悪の豪雨災害」の初動対応の問題については、『朝日新聞』7月14日付第3総合面の「検証」を参照されたい。「朝日川柳」には、「だって西の話でしょうと大宴会」(福岡県 河原公輔)というのがあった(同7月11日付第2オピニオン面)。1年前の「九州北部豪雨」を体験したであろう読者の、痛烈な皮肉である。

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