教育デジタル化のために憲法改正?――ドイツ基本法第63次改正の迷走
2018年12月24日

ベルリンの連邦参議院の議事堂

写真1

しいことが起きた。ドイツの憲法(基本法)の63回目の改正が迷走している。連邦議会の3分の2以上の賛成で改正案は可決されたが、12月14日、州(ラント)代表からなる連邦参議院〔連邦参議会〕(左の写真)は、改正案は根本的に手直しする必要ありとして、「法案審議合同協議会」(Vermittlungsausschuß)の招集を求めたのである。基本法改正をめぐる協議は年明けに先送りになった。これについて、『南ドイツ新聞』とDIE ZEITはほぼ同じ見出しを付けた。すなわち、「ラント(州)が基本法改正をストップする」と。右の写真はラント(州)憲法のラインナップである(ボンの歴史博物館展示)。沖縄という一つの県に対して東京の政府が「聞く耳を持たない」でいられる日本と異なり、ドイツは連邦制をとり、ラント(州)の権限と自立性が強いことを知っておいていただきたい。

ドイツでは2年ほど前から、連邦教育研究省が「デジタル知識社会に向けての教育イニシィアティヴ」を提示し、児童教育や学校教育の現場にデジタル化をすすめている。同省はラント(州)との「学校デジタル化協定」(Digitalpakt Schule)を結んで、これにより5年間で50億ユーロ(約6500億円)を投じ、小学校をはじめとする全国の学校に無線LANやタブレット端末などを整備する。これに対応できる教員の研修などもある。実際の仕事は、すべて州の任務となる。この取り決めは、公共の情報技術システム分野における連邦と州の協働を定めた基本法91c条に基づく。

ただ、連邦が多額の補助金を教育分野に投ずるには、基本法上、やっかいな問題がある。基本法104c条は、「連邦は、ラント(州)に対し、財政的に脆弱な市町村(市町村連合)の全国家的に重要な投資のために、市町村の教育インフラの領域において、財政援助を与えることができる。」と定める。2017年7月の第62次基本法改正で追加された条項である。ここでは、財政援助は、「財政的に脆弱な市町村」とされており、全国のすべての市町村にあまねく財政援助をすることはできない立て付けになっている。

そこで連邦議会に、連邦が教育分野にあまねく広く補助金を支出することを可能にするための基本法改正案が提出され、11月29日、連立与党(キリスト教民主・社会同盟〔CDU/CSU〕と社会民主党〔SPD〕)に加え、野党の緑の党と自由民主党(FDP)も賛成して、580票と、基本法改正に必要な3分の2(473)を大きく超えて可決された。反対は極右の「ドイツのための選択肢」(AfD)の87だけだった(棄権は3)。

新しい104c条案は、次のようなものである。「連邦は、教育制度の質と達成力の確保のために、ラント(州)に対して、全国家的に重要な投資のための、並びに、地方教育インフラ分野におけるラント及び市町村(市町村連合)の関連する特別な直接費用のための財政援助を行うことができる。第104b条2項1文ないし5文及び3項は、これを準用する。」

連邦参議院がこれを可決すれば、「デジタル協定」のもとで、連邦政府は2019年から学校用のタブレット端末の全国普及や教室の無線LAN整備のために補助金を支出する予定だった。連邦議会では、連立与党のみならず、野党もかなり教育デジタル化に前向きだった。例えば、FDPの議員はツイッター経由で、「将来的に、連邦は学校の建物だけでなく、教員人事や研修にも投資できる」とまで述べた。連邦教育文化相(CDU)は「これはドイツの生徒、親、教師にとってよい日である」と語った(Süddeutsche Zeitung vom 23.11.2018)。クリスマス前には基本法が改正されて、教育のデジタル化に向けた数十億ユーロのお金が連邦からラント(州)と郡・市町村に流れていくのは当然と思われていた。

だが、地方から反対の声があがった。連邦議会が基本法改正案を可決した3日後の新聞に、5つのラント(州)の首相たちが連名で、この基本法改正を批判する論文を掲載したのである(Frankfurter Allgemeine Sonntagszeitung vom 2.12.2018)。きわめて異例の形だった。音頭をとったのは、バーデン=ヴュルテンベルク州の首相、W.クレッチマン(緑の党)である。これに賛同したのは、ノルトライン=ヴェストファーレン州首相(CDUとFDPの連立)、バイエルン州首相(CSU)、ヘッセン州首相(CDU)、ザクセン州首相(CDUとSPDの連立)である。連邦参議院の総議席は69。人口の多いバーデン=ヴュルテンベルク、バイエルン、ノルトライン=ヴェストウァーレンは各6議席、ヘッセンは5議席、ザクセンは4議席で計27議席。3分の2は46議席である。12月2日(日)という新聞が休みの日に、FAZ日曜版を使っての5首相の反対表明。このままの形の基本法改正案では、連邦参議院で否決されることが確定的となった。

写真2

クレッチマン首相ら5人の州首相は、基本法改正案に反対する理由を端的に、「連邦は学校の問題について必要な権限を欠いている」としている。「ドイツ連邦主義の中心原則」が危ういと警告。「我々は、ベルリンからの統一的学校政策を望んでいない。」 計画されている基本法改正は、デジタル協定の実施に必要なことを多くの点で超えている。デジタル協定において重要なのは、学校のデジタル・インフラの改善である。「連邦議会の提案はまた、連邦に、学校教育の内容に介入することを可能にするものである」とも指摘している。

ドイツでは伝統的に、教育、文化、宗教等に関する権限は原則としてラント(州)が有しており、これを「ラント(州)の文化高権(Kulturhoheit)」という。その一方で、教育に関する全国レベルでの政策調整機関として「常設各州文部大臣会議」(KMK)が設けられている。今回、連邦政府は「教育のデジタル化」に多額の補助をするから、地方は文句を言わないだろうと考えたのだろうが、これが甘かった。ドイツには「協力の禁止」(Kooperationsverbot)という教育政策の政治的キーワードがある。それは、連邦政府は、学校の政策に影響を与えてはならないという基本ルールで、特に財政補助金を通じて教育政策に影響を及ぼすことに対する慎重な姿勢がある。この5年ほどの間で連邦制の改革における妥協がなされて、基本法91b条の追加によって、「すべてのラント(州)の同意」を条件に、研究資金の分野における連邦とラント(州)の協力が可能になった(同1項)。教育制度の分野での妥協の定式化は、「連邦及びラント(州)は、協定に基づき、教育制度の達成率を国際比較において検証するために、並びに、これに関する報告及び推薦に際して、協力することができる。」というものである。

ノルトライン=ヴェストファーレン州のA.ラシェット首相はいう。「州が学校のデジタル化のために多くの資金を必要とすると信じているなら、最も簡単な方法は、連邦と州の共通の租税収入から、州により多くの割合を与えることである。それはすでに基本法上可能である。その利点は、憲法改正をしなくても明日決めることができることだ」と。

州首相たちは、2020年から憲法(基本法)に、「ラント(州)による連邦投資の半協力財政がいかなる時でも確定する」ことを指摘し、「ラント(州)の予算の一部が少なくとも事実上、連邦政府の政策に服従させられる」と批判する。今回の基本法改正案は、教育制度における連邦・ラント(州)の間の「協力の禁止」の緩和を意味するが、デジタル化というのは州の特質はあらわれにくい。インターネットを使った教育を全国展開しようとすれば、一律のセキュリティと一律のハード、ソフト、そして何より、担当する教員についても、全国的に統一したマニュアルや研修が必要となるだろう。連邦政府も連邦議会の各会派も、デジタル化ということで、十分に考えないで、資金投入をはかる憲法上のルートを開拓しようとしたようである。だが、そこは連邦主義のドイツである。教育の内容や教員の研修に踏み込むことは州の「文化高権」を侵害しかねない。連邦主義を重視する州首相たちから反発をかうのも当然だろう。SPDの連邦議会議員は、「協力の禁止」原則の廃止まで主張していたから、所属政党とは無関係に、連邦制を維持する州首相たちから反発をかったわけである。

州首相だけではない。ドイツには13の州(ラント)と、294の郡(クライス)がある。郡には郡長がいて、住民の直接選挙で選ばれる。ドイツ州郡会議(DST)は、連邦議会が基本法改正を可決したことを強く非難。「連立与党と野党は、「憲法のスクラップ」(Verfassungsschrott)をつくりあげた。州(ラント)権限が売り尽くされた」と酷評している。

郡会議も、学校や教育機関のデジタル化は歓迎しつつ、基本法改正案は、連邦制を損なうことを危惧している。教育のデジタル化は、それ自体、決して手放しで評価できるものではない。具体的には、教師がそれを単独で扱わなければならず、1週間に15時間以上の超過勤務が必要となる。学校のネットワークのために必要なさまざまな負担や何よりも子どもたちへの影響を慎重にみていく必要がある(「学校のデジタル化は電気スクラップで終わる」Süddeutsche Zeitung vom 11.7.2017参照)。

連邦参議院は12月14日の第973回会議で、11月29日に連邦議会で可決され、回付されてきた基本法改正案について、これを根本的に補正する目的で、基本法77条2項に基づいて「法案審議合同協議会」の招集を要求した。審議は来年始まるが、会議日程はいまのところ未定である。

写真3

写真4

教育のデジタル化とは異なり、ドイツの学校には「手作り」(地方色)の面が多く残っている。2016年に6カ月、ボン大学で在外研究をしたとき、バート・ゴーデスベルクのベートーヴェン小学校のすぐ近くに住んだ。2階のバルコニーから子どもたちの様子が手にとるようにわかる。写真は、路上での交通教室の風景である。拳銃を腰につけた屈強な女性警察官が、自転車に乗った生徒たちを一人ひとり道路に送り出していく。交通法規を教室でしっかり学んだ上で、実地の自転車走行に入る。ボンの地元紙には、児童の自転車教室の様子がレポートされているが、その見出しは、「まず考え、しかるのちに運転する」(Erst denken, dann lenken)である。交通ルールを「教える」というが、これは体験を含めた多様なやり方がある。デジタル化により、タブレット端末でゲームのようなやり方が採用されているようで、ドイツの学校の風景も変わっていくのかもしれない。

それはともかく、今回、63回目の改正ということで、改正頻度に驚かれた読者もいるだろう。2017年の62回目の改正で104c条を追加しておいて、教育分野への財政援助のためにその翌年にまた同じ条文の修正を行う。ドイツでも、「グローバル化」だの「国際化」だのという「現実」の変化に照応して、憲法改正に向かう傾きは否定できない。教育のデジタル化という流れに沿って、大急ぎで基本法の改正をしてことを進めようとしたが、やはり、そこは憲法の改正。それ相応の議論の上にやっていることを知るべきだろう。とりわけ、緊急事態条項を導入した1968年の第17次基本法改正(「緊急事態憲法」)は、10年の歳月を要している(直言「ドイツ基本法の緊急事態条項の「秘密」」参照)。だから、「ドイツでは頻繁に憲法改正をしているのに、日本ではまだ一度も改正していない」という議論の仕方は正しくない。18年前、「ドイツは46回も改正しているのに日本は一度も・・・」という皮相な改憲議論を批判した(直言「46対0でドイツの勝ち?」参照)。日本の改憲論者の議論は「憲法96条先行改正」もそうだったが、憲法の本質論をわきまえない「改憲論戯」が少なくない(直言「「憲法デマゴーグ」の96条改正論」参照)。

今年の3月26日、自民党憲法改正推進本部は「憲法改正に関する議論の状況について」(PDF)をまとめた。「自民党改憲4項目条文・素案」には、(1) 9条の2として、自衛隊を「加憲」するという提案のほか、(2) 緊急事態条項(73条の2、64条の2)、(3) 合区解消と地方自治(47条、92条)、(4) 教育の無償化(26条の3、89条)が挙げられている。

(1)については何度も批判してきた(例えば、直言「憲法は究極の「岩盤規制」」参照)。(2) についても、直言「なぜ、いま緊急事態条項なのか」 や、直言「議員任期延長に憲法改正は必要ない」で論じた。(3)の選挙区の合区問題と(4)の教育無償化については、直言「憲法改正のアベコベーション―「フェイク改憲」」で論じた。(3)については、只野雅人氏の的確な指摘がある。また(4)については、「どの口が言うか」といいたいところだが、26条3項をおこして、「国は、教育が国民一人一人の人格の完成を目指し、その幸福の追求に欠くことのできないものであり、かつ、国の未来を切り拓く上で極めて重要な役割を担うものであることに鑑み、各個人の経済的理由にかかわらず教育を受ける機会を確保することを含め、教育環境の整備に努めなければならない。」とするものである。過度で饒舌な規定ぶりだが、そもそもこれを提起する安倍晋三という政治家は、教育への介入に執着する政治家である。第1次安倍内閣のときに教育基本法を改正して、日本の教育の劣化に拍車をかけたことは、12年前に批判している(直言「教育基本法の「魂」を抜く」)。教育無償化のための憲法改正など、まったく期待も、信用もできない。

どんな「教室」にも共通することは、「教える人」と「学ぶ人」がいて、相互の信頼関係を基礎に、何かの課題(テーマ)に取り組んでいることだろう。教室を設置・運営する主体といえども、教室で行われる個々の教育内容について、いちいち口を出さないのが原則である。とりわけ大学の場合、大学の自治(憲法23条)の観点から、どんな教材を使おうと、どのような内容を教えようとも、教室(科目)を担当する教員の裁量に委ねられている。近年、「改革」の名のもとに、教室を含む教育現場への介入は著しい(直言の大学関係のバックナンバー参照)。

学校社会への政府の介入は、まさに「不当な支配」そのものだが、改正教育基本法16条により法律の定めさえあればという傾きが強い。まさに、「安倍色カラーに染まる日本」である。衆参両院で失効や無効確認がなされた「教育勅語」について、これを現代に活かすと妄想する政治家たちが政権の中枢を占めるに至っている(直言「「教育勅語」に共鳴する政治―「安倍学校」の全国化?」)。

研究面でも、2015年度から「安全保障技術研究推進制度」を導入した。「防衛」分野の研究開発に役立つ研究を大学に委託して、これに資金援助をするもので、軍事的紐付き援助で、「研究者版経済的徴兵制」といわれている。2016年度予算6億円から、2017年度110億円に急増している。本当に足元をみる、本当におぞましい政権である。

そういう時、教育のデジタル化にまで憲法改正をしようとして迷走しているドイツの状況は、いろいろな意味で参考にされるべきだろう。

なお、「連邦参議院」については、近年、「連邦参議会」と訳出すべきとされている(初宿正典訳『ドイツ連邦共和国基本法――全訳と第62回改正までの全経過』信山社、2018年) ii頁)。しかし、本稿では従来通り、「連邦参議院」とした。基本法の条文や、Vermittlungsausschußの訳語については、同書を参照した(46、72頁)。

トップページへ