雑談(118)今時の学生たち(3)――16021人の「法学」受講生
2019年2月4日

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試・学年末の繁忙期におけるストック原稿として、雑談(118)「今時の学生たち」の第3回をアップする。第1回は6年前、ゼミ15期生の「シルクロード一人旅」だった。第2回は5年前の「大学に生徒会?」である。今回は22年間担当してきた政治経済学部の教養科目「法学」の終了について書く。

私はこの4月で、早大に来て23年になる。着任の翌年(1997年)に政経学部の「法学」の兼担講師を依頼され、これを引き受けた。以来、22年間、ボン大学で在外研究をした1999年度と2016年度半期を除き、毎週木曜日2限は政経学部に出講する生活を続けてきた。70歳定年となる2023年度末まで続けるつもりでいたが、諸々の「諸事情」から、65歳の2018年度末で区切りをつけることにした。

かつては大学の授業は4単位ものが多かった。この「法学」は教養科目で、「法学A」と「法学B」という形で2単位ものではあったが、実質的には「前期」と「後期」という形で、学生たちには通年の履修を進め、1年かけてじっくり講義した。「後期」から入れ代わる学生は2割ほどだった。まだ大学におおらかな空気が残っていた時期である。

「構造改革」が本格化する2004年から、国立大学の独立行政法人化や法科大学院といった愚策と並んで、米国譲りの「セメスター制」が導入され、授業にさまざまな細かい規制が加わり、大学から落ち着きとゆとりが消えていった。私の担当していた「法学」も、「法学A」(春学期)と「法学B」(秋学期)の2単位科目として、学生に「単位のバラ売り」をすることが原則となり、私が通年で履修を進めてもむずかしくなった。試験についても、法学部の必修「憲法」と「法政策論」を合わせると、1000枚を超える答案を夏と冬の2回にわたり採点するようになった。ストラヴィンスキーの「春の祭典」をもじって、「夏(冬)の祭典(採点)」と称して、答案を山の仕事場に持ち込んで採点することを10年以上続けてきた(法学部の2科目と合わせて1000枚を超える答案)。

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この原稿を書くために、これまでの受講者数を事務所に調べてもらったところ、1997年前期の159人から始まり、翌年前期から389人になり、2000年前期は695人に急増。最大は2002年前期の742人だった。学部で受講者の制限を始めてから、2003年以降は400人前後、2008年以降は300人台で推移している。結局、22年間に、のべ1万6021人の政経学部の学生に講義したことになる。いろいろな人がいた。いろいろなことがあった。「法と道徳」「法と正義」「法の解釈」といった法学概論の話から、軽犯罪法や特定商取引法、労働基準法等々、さまざまな法律の話をするので、いろいろな素材にこだわり、学生を飽きさせないための工夫にもこころがけた。そういうことをするなかで、私自身、いろいろと発見もあった。なお、講義概要(シラバス)のなかには次のように書いている(「法学A」「法学B」のシラバス参照〔PDFファイル〕)。

法律を好きになれとは言わないが、少なくとも「大切な隣人」として長く付き合っていけるようになってほしい。そのためのお手伝いをします。法律学は体系的学習が期待されます。でも、この講義では法律の体系を満遍なく教えることはしません。一年間通して参加すれば、この授業の「見えざる体系」が見えてくるでしょう。あれこれの法的知識よりも(もちろん、これは大切ですが)、法的な問題意識や法的思考を重視します。食わず嫌いが一番いけません。「旬のネタ」の鮮度を保ちつつ素早く調理し、意外な「皿」にもりつけて、教室で皆さんの前に提示します。

「なぜこれが?」と思われるものも、ちゃんと法学に関係していることがやがて分かります。私はとことん「ネタ」にこだわるので、何が出てくるかは講義が始まってからのお楽しみ。インターネットで収集した最新の法的問題についても、講義で紹介します。だから、リジッドな講義案はつくりません(後に掲げるものは便宜上のもの。予告なしに変更されます)。時代の呼吸を感じながら、法学の面白さを体験することができるでしょう。毎回、ホォーッという「驚きと発見」の瞬間が一回はあるはずです。だから「ホォーッ学」。

それと、この講義では新聞が必須アイテムです。毎回の講義の冒頭の10分間を使い、その週に起きた「事件」の法的解説をやるので、必ず新聞を読んで授業に臨むこと。私の新聞解説は、各紙の比較や、版の違い、ベタ記事にもこだわります。担当者のホームページは毎週月曜日に更新されるので、講義前に必ずチェックして臨んでください。

新六法

シラバスの「授業の到達目標」には、「日々の生活のなかで法的な問題を発見し、キャッチするとともに、それを少しでも法的に考えることができるようにする。六法を活用できるようにする。新聞の批判的、比較的な読み方を身につける。」と書いておいた。以下はこの講義でのエピソードをいくつか書き残しておく。

まず「人」である。1年生が一番多いので、その年の18歳、19歳の学生を教える。最初の年は1979年生まれ。私の息子と同じ年齢だった。現在教えているのは、2000年生まれが多い。全国各地で講演していると、会場で「〇〇新聞〇〇支局の記者ですが・・・」といって近づいてくるのだが、次の言葉は「学生時代、先生の「法学」をとっていました」と言われることが一度や二度ではなかった。最近、職場で日常的に仕事をしている職員から、職務上のメールに、「10数年前に私も受講し、自転車の無灯火運転や警察官職務執行法の話など、今でも覚えております。22年間、お疲れ様でございました。」という添え書きがあった。こんな身近に元受講生がいたのかと、思わず顔がほころぶ。研究室が突然ノックされて、元受講生というキャリア公務員が訪問してきて、永田町の話をして帰っていく。大学に用事があってきたが、私と話がしたくなったというのだ。このような教師冥利に尽きるという場面は、書き出せばキリがない。

さて、「法学」の講義では「六法」と「新聞」を重視した。2000年から2011年まで編集委員の一人としてかかわった三省堂『新六法』は、この講義ではテキストに近い役割を果たした。他の六法にはない「解説」が付いていたので、民法でも刑法でも商法でも、レジュメ代わりに使えて便利だった。2011年に休刊となったので、その後はコンパクトサイズの六法を使っているが、『新六法』の方が使いやすかった。なお、六法を持参しない学生がこの授業でいかに困ったかという一例を、「直言」のなかから拾ってみよう(直言「「つぶやき民主主義」の陥穽」)。

・・・2014年4月24日11時32分。次のつぶやきがネット上に流れた。「法学A ツイ廃どもが 夢のあと」。続けて同37分には「法学A ツイ廃どもが 夢のあと 六法忘れて 途方にくれる」と続いた。これは当日2限(10時40分〜12時10分)の政経学部の教養科目「法学A」の講義の時間中に、全世界に向けて発信された学生の「叫び」である。400人の学生が手元で何を操作していても、10号館109教室では、教壇からは何も見えない。昨年のその日の講義では、「法と道徳」というテーマの導入として、軽犯罪法を細かく読んだ。六法を用意しておくようにと事前に予告してあったので、たいていの学生は持参していた。軽犯罪法1条の第1号から第34号まで(21号〔動物の虐待等〕は削除)を読んでいく。・・・エッというような条文もある。そこから、法と道徳とはどう違うのかという話に展開していくのだが、六法を持っていないとこの日の授業はお手上げにある。おそらく冒頭の学生は、ツイッター(Twitter)にハマっていたため六法を忘れ、授業で孤独感を味わい、スマホを操作して全世界に向かって嘆いたのだろう。発信時間から、ちょうど六法を使って話を進めていたときにあたるからである。・・・

時代を読む

この「法学」の講義では、新聞に徹底してこだわった。早大政経出身のジャーナリストはいまも昔も多いので、この授業では新聞活用法は、法学部の講義よりも徹底してやった。私は、NHKラジオ第一放送「新聞を読んで」のレギュラーを14年やったので、「法学」の講義のなかで紹介した記事をラジオ番組で活用したり、その逆もあって、相互促進的に機能した。その間、このラジオ番組で語ったことを『時代を読む――新聞を読んで1997-2008』(柘植書房新社、2009年)として出版したこともある。2011年にラジオ番組が終了したので、私にとって、新聞記事をさまざまな角度から収集・分析するのは、この政経「法学」に活かすためという意味合いをもつようになった。

2000年あたりから携帯電話が普及してくる。授業と携帯電話の関係でも思い出すことがある。2003年1月のことである(直言「大学の授業と携帯電話」)。

「・・・遅れて教室に入ってきた学生が、何と携帯で話をしながら教室内を横切っていったのである。私は講義を中断して、その学生をどなりつけた。慌てて椅子に座ろうとするのを許さず、退去を命じた。今年度は「法学」が1コマ減になったため、例年より4割増しの740人が受講していた。西早稲田キャンパスで一番大きな教室で、立ち見を出しながら1年間がんばったが、最後の授業で「朝穂先生はついにキレた」(「法学」受講生のメールより)。

49歳だった私はまだ若かった。多数の受講生ですし詰めの教室ということもあって、少し苛立っていたのかもしれない。今となっては懐かしい思い出である。政経学部は18年前、試験中の携帯電話の取り扱いについてルール化した。私の試験でも該当者が出た(直言「携帯電話着信音廃止論」)。まだ携帯電話が文字通り電話だった時代のもので、「ポケベル」もまだ使われていた頃の話である。

・・・答案を提出しようとした学生の携帯電話が鳴り、試験監督は答案の不受理を宣告したのだ。その日の夕方、当該学生から直接説明を受けて事態を知った。彼は試験終了9分前に答案を書き終わった。答案を提出しようと教壇に向かったが、椅子から立ち上がる際、無意識のうちにポケットの携帯の電源をオンにしてしまった。そして、試験監督に答案を渡そうとした、まさにその時、着信したのだ。政経学部では、「試験注意事項」として、学生にこう掲示している。「携帯電話(PHS、ポケベルを含む) を試験場に持ち込まないで下さい。試験時間中に、時計、携帯電話あるいはパソコン等の機器から、いかなる音であっても音を発した場合は、不正行為とみなし当該試験科目は無効とします」。・・・

ところで、この講義では、「任意レポート」として、本の書評を書かせている。2010年の「法学A」で、1985年8月12日のJAL123便事件について書かれた青山透子『天空の星たちへ』を紹介したところ、けっこうな数の学生がこれを読んで、長文の書評を提出してきた。名前を伏せて著者に読んでもらったところ、2017年7月発刊以来、10万部を超えるベストセラーになっている『日航123便 墜落の新事実』(河出書房新社)のなかで、「レポートの内容のレベルの高さにまず驚いたが、なかでも3名の学生のレポートが目についた」として、内容が詳しく紹介されている(同書178-181頁)。終章「未来の目はみた」で、この事件を風化させてはならないという決意を込めて、次の世代への希望をつないでいる。

話は変わるが、20年前、ある大学の「法学」の非常勤講師を突然雇い止めにされたことがある(直言「電子メールの「解雇通知」」)。前任校で4年やり、早大に移ってからも集中講義の形で3年ほど担当していたものだ(1997年集中講義の内容)。「終わり方」は残念な形だったが、音楽を学ぶ学生に法学を教えるという体験は、私の人生を豊かにしてくれた。

上記を含め、本務校(学部)のほかに他大学、他学部で非常勤講師をいろいろとやってきたが、やはり政経「法学」が一番長く、かつ一番思い出が深い。最後に、この22年間で一番印象に残ったことを書いておきたい。それは、高齢の女性が、教室の前の方に座って熱心に授業を受け続けてきたことである。途中からお仲間の高齢女性が3人ほどに増えた時期もあった。学生たちのおばあさん以上の年齢の方である。学生のツイッターには、「109教室の前の方にいる老婆は何?」といった失礼な書き込みも見られた。講義終了後に質問をしてこられた時にうかがうと、ずいぶん昔に学校の教員を定年退職されたそうである。とにかく勉強熱心で、毎年4月に教室に行くと、必ず前の方に座っておられた。

この講義を閉じるにあたって、ここにお名前を記しておきたい。戸張喜久江さん。現在80歳台後半である。各学期の終わりには長文のレポートを提出されてきた。若い学生たちより枚数が多く、中身も毎回濃かった。ちなみに、2018年春学期のレポートは「新聞各紙に見る“荒凡夫”金子兜太――反戦を立て貫いた埼玉の俳人の死」だった。たくさんの新聞を読んで、それらを切り抜き、問題を多角的に検討している。スマホでしかニュースを見ないような学生たちがとてもかなわない質と量である。このレポートの「終わりに」の部分に、ご自身のことが書かれていた。驚いた。定年退職後、1994年に文学部に科目等履修生として入学して以来、学生サークルの短歌会や俳句研究会などにも参加。文学部が募集を停止してからは、政経学部に登録して受講を続け、2006年から私の「法学」の受講を始め、12年間続けてこられた(2016年からは私の「法学A/B」のみ登録)。24年間も早稲田のキャンパスで学び続けたのである。驚きと尊敬と感謝の気持ちを込めて、ここに書き記しておく。

いま、政治経済学部で22年間続けてきた「法学」の講義を終了するにあたって、戸張さんをはじめ、教室で出会った1万6000人を超える学生たちに「ありがとう」といいたい。

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