安倍政権の「媚態外交」、その壮大なる負債(その2)——忖度と迎合の誤算
2019年6月10日

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がつけたのか不明だが、「外交の安倍」という言葉がある。『朝日新聞』でこの言葉が最初に使われたのは、1986年8月5日付コラム(「記者席」)の「外交の安倍にタイから博士号」だった。父の安倍晋太郎元外相についての記事である。息子の安倍晋三は外相どころか、各省大臣を一つもしないで首相になった。何を根拠に外交が得意な首相なのかまったく意味不明だが、「やってる感」満載で、世界各国への訪問回数だけは断トツである。しかし、戦後の重要な宿題である北方領土問題については、前のめりでプーチンにサービスして、何も成果をあげられないどころか、1956年の日ソ共同宣言の水準からも大きく後退させてしまったのが現実である。2年半前、直言「安倍政権の「媚態外交」、その壮大なる負債」として、プーチンに対する異様なご機嫌とり「外交」を批判した。今回はその第二回として、5月のトランプ訪日について書く。昨年の直言「「外交の安倍」は「国難」—プーチンとトランプの玩具」でも触れた通り、「外交の安倍」は今や、日本の「国益」を害する「国難」の域に入っているように思う。

私は、トランプが米国大統領に当選して1年経過した時点でこう書いた。「トランプ政権の発足は、米国にとっての「国難」であるだけでなく、世界の国々のそれぞれの「国難」にもさまざまな形で連動している。パリ協定からの離脱の効果を考えれば、トランプ政権は世界各国の「国難」の集積を超えた、グローバルな危機の根源(「地球難」)をなしているのではないか」(直言「トランプ・アベ非立憲政権の「国難」—兵器ビジネス突出の果てに」)と。気まぐれと恣意が支配し、ビジネスと家族を結びつけた権力の私物化が進み、米国社会のみならず、世界の分断は深刻な状況にある。それを「トランプ津波」と形容した(直言「歴史的退歩のトランプ政権1年—「100%支持」の安倍首相」)。とりわけ外交における各国元首が(当然、合衆国大統領も)とってきた態度、発する言葉、小さな仕種に至るまで、トランプはそれまでの常識を根底からひっくり返している。ツイッターという「瞬間芸」によって、公式の場には出すことのできない、むきだしの本音が全世界に瞬時に知れ渡ってしまう。それが外交の相手国やその国の関係者を傷つけ、問題を混乱させ、米国がこれまで築いてきた当該国との外交関係にもマイナスの影響を与えていることは枚挙にいとまがない。

6月5日、トランプは英国を訪問したが、それまでの合衆国大統領に対しては考えられないようなブーイングが巻き起こり、冒頭の写真(TBS「サンデーモーニング」6月9日)にあるように、「トランプ歓迎せず」のデモ隊に迎えられた(BBC(日本版)6月5日参照)。翌6日、映画『プライベート・ライアン』(1998年)で知られるノルマンディー上陸作戦の75周年記念式典においても、トランプの暴走はとまらない。フランスのマクロン大統領が「第二次世界大戦における連合軍の共同の戦いは新しい平和秩序の始まり」と演説したのに対して、トランプはそれを「アメリカの偉大さの証」と評した。マクロンは「諸国民の団結」を誓ったのに対して、トランプは「アメリカ人の団結」を語った(Süddeutsche Zeitung vom 6.6.2019)。「連合(国)の勝利」を確認する場で、トランプは「アメリカ・ファースト」を押し出したわけである。

 

5月25日から28日まで、そのトランプは日本に「令和最初の国賓」として滞在した。メディアによって描かれた日本の状況は、英国のような大規模な反トランプデモは見られず、「国民こぞって歓迎」しているかのようであった。「新しい元号」のもと、「新しい天皇」が最初に会う国賓ということで、トランプ訪日は「10連休」の非日常の延長のように演出された。

26日午前は千葉県の「茂原カントリー倶楽部」で安倍首相との5度目のゴルフ(2017年11月の時は英国BBC参照)。首相は、その時の自撮りのツーショットを投稿した(ドイツ紙が報ずる冒頭左の写真)。その日夕方から大相撲観戦、続いて炉端焼きの夕食。27日は日米首脳会談と皇居での天皇との初会見、そして宮中晩餐会。28日は横須賀基地で海上自衛隊のいずも型護衛艦「かが」に乗艦して、「日米同盟」の緊密さをアピールした。3泊4日の「トランプ狂騒曲」(『東洋経済』5月31日)である。

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とりわけ異常だったのは、格闘技好きのトランプに、千秋楽を迎えた東京・両国国技館での大相撲観戦をサービスしたことである。『毎日新聞』5月22日付によれば、官邸は、「どうすればトランプ氏の機嫌が良くなるか、さまざまな趣向を凝らしたい」という問題意識で、「大相撲観戦も首相のアイデアだった」という。来日の日程も、大相撲の千秋楽に合わせてセットされたようである。天皇も使う2階貴賓席でなく、土俵近くの1階升席にソファーを並べた特別席を設置したのも、安倍首相のアイデアといわれている。この日の国技館は、徹底した入場規制とられた。ゴルフを終えて、午後5時前にトランプは戒厳状態の国技館に到着。スマホでの写真撮影のため場内は落ちつかず、進行中の取組は数分間中断された。トランプが観戦したのは結びまでの5番だけ。平幕優勝が前日までに決まっていたため、優勝決定戦を伴うような緊張感あふれる場面はついぞなく、トランプは退屈そうに見えた。「トランプ心と秋の空」とばかり変転しやすいトランプの気分と機嫌を先回りして、どれだけ異例でかつ無理な措置がとられたか。「国技」はここでも「国策」に奉仕した。

そのトランプに忖度し、迎合する安倍首相のやり方は、すさまじいリスクを含む。なぜなら、トランプはすべてを取引(ディール)と考えているから、原理・原則や従来の慣行など、何の悩みもなしに蹴散らしていくからである。

ゴルフや大相撲観戦などのサービスは、すべて、日米貿易交渉をうまく進めたいという安倍首相の思い込み(首脳同士の個人的信頼関係!)によるところ大である。実際に日米貿易交渉を担う人々が、この過剰なサービスにより、トランプが日本に手心を加えてくると信じている人はほとんどいないだろう。すでに日本側がTAG(物品貿易協定)という無理な翻訳をして、実際はペンス副大統領が本音を言ってしまったように、この協定にはサービスや規制なども含まれており、本質は二国間のFTA(自由貿易協定)である。米国は農産物、畜産物について、TPP以上の譲歩を日本に求めていることは明々白々ではないか。だが、米国の要求通りにいけば、日本の農林水産業や畜産業、酪農は致命的な打撃を受ける。TPP並みにおさえるというが、安倍自民党自身が2012年12月の総選挙の際、「TPP断固反対!」のポスターを貼っていたことをもう忘れたのだろうか。

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トランプは、来日中の5月26日に次のようにツイートしている。 “Great progress being made in our Trade Negotiations with Japan. Agriculture and beef heavily in play. Much will wait until after their July elections where I anticipate big numbers!”(日本との交渉では、すばらしい進展がある。農業と牛肉は特にそうだ。7月の日本の諸選挙まで待つが、大きな数字を期待する)

5月27日の首脳会談の冒頭、記者団に対して、「8月に、いい内容を発表できる」と断言した。その時の写真が左側である。通訳が「8月」と訳した瞬間の安倍首相が右側の写真である。この表情の意味するところは何か。安倍首相の表情には4パターンある(直言「「フェイスブック宰相」は「フェイク宰相」—安倍晋三とネトサポ」参照)が、そのいずれにも属さない。参議院選挙が終わるまで待ってほしいと約束したのに、大幅譲歩をばらされてしまったという「複雑な顔」ではないか。

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トランプは、訪日最終日の28日午前、海上自衛隊横須賀基地のいずも型護衛艦「かが」を視察した。安倍官房副長官時代からの番記者であり、実質的な内閣特別広報官(NHK派遣)の岩田明子解説委員がここにも登場して、「安倍首相の思い」を解説してみせた。「強固な日米同盟の誇示」を狙ったが、トランプは正直だった。二つの重要なことを、格納庫に整列した500人の自衛隊員の前で語った。一つは、安倍首相の尽力で、日本は「同盟国の中で最大規模のF35戦闘機群を持つことになる」こと。これは、米国ロッキード・マーチン社に日本国民の税金1兆2000億(国民1人あたり1万円)が入金されることを意味する。「米国を助ける」とはこういうことだろう。そしてもう一つは、「(横須賀が)米海軍艦隊と同盟国の海軍艦隊が並んで司令部を置く世界で唯一の港」であり、「かが」がF35Bを搭載できるようにアップグレードされて、「この地域とさらに離れた地域におけるあらゆる複雑な脅威から私たちの国々を守ってくれるだろう」ということである。集団的自衛権の行使を可能にした安全保障関連法が施行されており、今後、トランプのどんな注文にもこたえていくことになるのだろう(捜索救助活動あたりから)。

安倍首相は「戦後外交の総決算」を掲げ、対中関係の安定、北朝鮮による拉致問題解決、ロシアとの北方領土問題解決を目指すとしているが、すべてが停滞もしくは後退している。日米貿易交渉でも、すでに「8月の爆弾」が用意されている。6月末に大阪で開催される主要20カ国・地域(G20)首脳会議と合わせ、安倍首相はトランプと3カ月、毎月会うことになる。トランプは変わっていない。むしろ、米国第一主義をより徹底して進めている。これに日本が「100%支持」の立場をとり続ける危うさは明らかだろう。

トランプは、イラン核合意を破棄。「イランの脅威」を強調して圧力を強めている。それは「フセイン政権が大量破壊兵器を持っている」というフェイクによって始められたイラク戦争(2003年)を想起させる(最近、授業の合間に映画『バイス』『記者たち—衝撃と畏怖の真実』をみた。自国政府の誤りをきちんと描けるところがすごい)。トランプにいいところを見せようと、安倍首相はイランに乗り込み、「仲裁役」を果たそうとしている。「トランプべったり」を世界に見せつけた直後に、トランプと激しく対立しているイランに乗り込むというのは、まともな感覚ではない。自分の立場を考えれば、「仲裁者」としてはふさわしいかどうかはおのずとわかるというものである。安倍流「無知の無知」は最強である。

北朝鮮問題では、「やってる感」を演出するために、圧力一辺倒から一転して、金正恩と「前提条件なしに会談する」と安倍首相は語った。これに対して、6月2日、北朝鮮報道官は、「安倍一味はずうずうしい」と突っぱねた(6月3日付各紙)。外務省の『外交青書2018』にあった「北朝鮮に対する圧力を最大限まで高めていく」という文言も、『外交青書2019』からすっぽり削除された。国連総会での演説で安倍首相は、「対話のための対話はない。求められているのは圧力なのです」とあれだけ叫んでいたのに、この豹変はどうしたことだろうか。

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他方、プーチンにも忖度して、『外交青書2019』からは、「「北方四島は日本に帰属する」という文言が消えた。安倍首相は、北方領土を「日本固有の領土」とするこれまでの表現をプーチンとの「蜜月」を持続させるべく、2017年2月以来使っていない。政府などが主催する2019年2月の「北方領土返還要求全国大会」では、「不法に占拠され」といった文言までなくなってしまった。左の写真は、昨年まで使われてきた参加者の帽子で「返せ! 北方領土」とある。右側の写真は、今年、参加者に配られたもので、「北方領土問題の早期解決」という、腰の引けた表現に変えられている。大会実行委員会が、安倍首相に忖度してのことだろう。

「日本人の忘れっぽさ」などという一般的な物言いはしたくない。だが、もう忘れたのだろうか。直言「安倍政権の「媚態外交」、その壮大なる負債」でも書いたように、あそこまでプーチンと「個人的信頼関係」を築いたはずなのに、先週、プーチンは「日ロ平和条約は困難」との見解を示した。6月のG20までに北方領土問題に大きな進展をみせると意気込んでいた安倍首相だが、ここまで大きく後退していることについて、野党に予算委員会で追及されるのを恐れて与党に数カ月も審議拒否させ、実質的に国会を開店休業状態にしている(なお、憲法審査会は常任委員会ではなく必ずしも開く必要はない)。

「外交の安倍」というミスリードはメディアに責任がある。安倍晋三の本質は自己愛性「内弁慶」とでもいうべきもので、地道に粘り強く交渉を重ねるよりも、安易に手のうちをみせて、相手の懐に飛び込むつもりが、とっくに手を見抜かれ、相手の土俵で踊らされる。その繰り返し。これは惨めや無様を超えて、カタストローフ(破滅的)ですらある。

「安倍外交」とは、準備不足で粗雑な交渉、安易で軽率な譲歩、長期的展望を欠いた妥協の連鎖のなかで、日本はいま、「全周トラブル状況」をさらに悪化させている。解決策はただ一つ。7月の参議院選挙で、安倍首相が「こういう顔」をする状態を再度つくることである。

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