コロナ便乗改憲と「戦後75年」――核兵器禁止条約にも触れて
2020年8月10日

9条が平和を脅かす?平和を守る?

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チラシ

ロシマ、ナガサキ、そして「8.15」から75年である。それぞれの式典を含め、恒例となっている行事が中止になるか、一般参加を制限して実施されている。毎年のように講演が入る季節だが、この間、私に依頼されていたものはすべて中止になった(岡山弁護士会の企画のみオンラインで実施予定)。右の写真は、5年前の広島弁護士会主催の講演会のチラシである。主催者がつけたタイトルは「戦後70年、平和憲法を破棄する!?―決めるのは主権者である「あなた」です」。「憲法破棄」という過激なタイトルになったのも、安倍政権による集団的自衛権行使を可能とする安全保障関連法が国会で成立目前だったことが大きい。この頃、連日、国会前のデモが繰り返され、そうした危機感がにじみでるタイトルであった。

一方、左の写真は、5年前の同じ時期、同じ広島で行われた日本会議系の講演会のチラシである。「反戦平和70年の失敗」「憲法9条が平和を脅かす」「憲法9条は中国軍拡も北の核兵器も止められなかった!」。まったく真逆の発想である。戦後70年を「反戦平和」の失敗の歴史として総括し、憲法9条によって平和が脅かされてきたと捉えるわけである。「日本国憲法無効論」に親和的な人々だからある意味では当然としても、憲法というものを誇大かつ過大に評価するのも、これらの人々の特徴といえるかもしれない。憲法9条が中国の軍拡や北朝鮮の核兵器を止められなかったというに至っては、ないものねだりも甚だしい。彼らの望む憲法に改めれば、中国の軍拡を止められると本気で考えているのだろうか。「憲法9条が平和を脅かす」というのは、軍事一辺倒信仰のカルト的発想といわざるを得ない。

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そこで思い出したのだが、この講演をした櫻井よしこ氏とは、その2年前の2013年6月、産経新聞社後援のシンポジウムでご一緒していた。控室では、「今年は皇紀2673年」というような会話が聞こえてきたので、別世界にいる気分だったが。

この日本会議系の人々とのシンポの2カ月後、広島弁護士会主催のシンポでも話をした。日弁連と全国52単位弁護士会の4割近くで講演してきたが、広島会では3回以上やっている。この時のテーマは、「中国脅威論と憲法改正問題―憲法9条で日本は守れるか!」だった。内容は直言「沖縄は「中国の防波堤」?―「核心的利益」と「死活的利益」」で紹介したのでここでは省略するが、副題をみると、「憲法9条で日本は守れるか! 」とあり、冒頭の日本会議系講演会のキャッチフレーズと裏表に関係になっていることに気づく。もちろん、一般市民にそのように考えている人が少なくないのではないかという判断と見込みで、関心をもってもらおうと弁護士たちが付けたサブタイトルだったと記憶している。

安倍晋三の「改憲一直線」

ところで、安倍晋三首相は、歴代首相のなかで最も憲法改正に執着しながら、16年前からの私の見立てでは、その理由づけが最も情緒的というのが特徴である(『論座』朝日新聞社、2004年3月号の拙稿参照)。最近では、「自衛隊かわいそうだから改憲」というウェット(泣き)戦術も加わった(『毎日新聞』2018年10月3日東京夕刊・田村彰子記者)。論理的一貫性と理論的創造性に欠けていて、側近に振り付けられた言葉を、あきれるほど素直に、通り一遍のトーンで繰り返す。その時々に受けそうな問題や話題があれば、それを改憲につなげる簡易で安易な姿勢もまた際立っている。7年ほど前に「憲法96条先行改正」論に飛びついたものの、あまりに手前勝手な議論のために評判が悪く、いつの間にか忘れ去られてしまった。「立憲主義」への無理解は歴代首相のなかでは群を抜いていて憲法改正の議論をするならばおさえておくべき最低限の知識も知見もなしに、次から次へと新たな改憲手法を押し出してくる。一番の驚きは、3年前の2017年の憲法記念日だった。それまでの国会審議では憲法9条について不自然なほどに慎重な態度をとってきたのに、読売新聞と日本会議系集会へのビデオメッセージのなかで、「憲法9条1項、2項を維持した上で、2項の2ないし3項に自衛隊を明文で書き込む」という奇策(「加憲」)を打ち出したからである。「改憲一直線」でなければ出てこない発想である。

その年の12月には、「憲法改正に関する論点取りまとめ」として4項目を公表。「加憲」案に加えて、緊急事態条項と、参議院「合区」解消のための47条改正、教育無償化のための26条3項の新設も提案された。どれもこれも憲法改正の必要性も緊急性もない、憲法を理解するまともな改憲派の立場からも「不要不急の提案」といえるものである。

私は3年前の「直言」ではこう書いた。「それでも憲法改正に驀進する安倍晋三。「改憲偏執症(paranoia)」とでも形容するほかはない。改憲自体が自己目的と化す。改憲のためには手段を選ばず。その目的と手段の非合理性、執念深く粘着質な性格と「感情複合」が混じり合う安倍という人間が首相の座についてから5年。この国は変わってしまった」(直言「「憲法違反常習首相」」)と。

「大規模感染症」のための改憲?

2020年7月、コロナ危機のもとで、まともな対応もできていない安倍政権のなかから、またもや「惨事便乗型改憲」の新手が出てきた。側近の下村博文選対委員長が7月21日、自身が会長を務める「新たな国家ビジョンを考える議員連盟」の会合で、自民党憲法改正草案を修正して、緊急事態条項に「大規模な感染症」を書き加える方針を明らかにしたのである(『産経新聞』2020年7月21日)。現行の自民党改憲案のなかの「緊急事態条項」では、〈大地震その他の異常かつ大規模な災害〉が起きた場合、衆参両院議員の任期延長を特例で可能にし(64条の2に新設)、内閣が法律と同じ効力をもつ「政令」を制定することが可能とされている(73条の2を新設)。この際、コロナに引っかけて「大規模な感染症」を入れるための改憲だというのである。安易で簡易な「惨事便乗型改憲」の典型的パターンだが、現行法のもとでもできるコロナ対応をことごとくさぼり、「Go toトラベル」なる愚策によって、無症状、無自覚感染者を税金まで使って全国展開させている。地方における、特に沖縄における感染者数の急激な増大は、まさに政府による「Go to コロナ」政策の結果にほかならない。憲法に「大規模な感染症」を入れて、内閣に強い権限を与えるというのだが、いまも何一つまともな対応ができず、アクセルをいっぱいに踏み込みながら、ブレーキを同時に踏む支離滅裂な運営をしている政権が何を言うかである。

危ない都知事

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各国政府がコロナ対策に懸命に取り組むなか、日本の安倍首相の存在感がまったくない。1カ月以上もまともな記者会見すらできない。感染をできる限り小さく見せて、オリンピック開催につなげて自分のレガシーにしたいのか。それが国民の命を危険にさらしている。東京五輪マスコットを前にしたぶら下がり会見のこの写真は何とも象徴的である。

他方、右の写真は『南ドイツ新聞』7月4日付の小池百合子都知事についての記事である。タイトルは「日本の最強の女性」。「安倍晋三首相がまだ緊急事態の宣言をためらっていたとき、東京に明確な方針を打ち出し、公衆衛生の擁護者として毎日テレビに登場する」カリスマ的で強力なリーダーシップを発揮する一方、現代的保守主義者の外見の背後に、綿密に粉飾された右翼ナショナリズムが隠されているとして、2013年の日本会議系の集会で憲法改正を訴えたことや、1923年の関東大震災時の朝鮮人虐殺(Massaker)の毎年の集会に知事挨拶を送らない事実について書いている。9月1日「関東大震災朝鮮人犠牲者追悼式」には、歴代都知事(あの石原慎太郎も)がメッセージを寄せているが、小池知事は今年で3回連続これを無視することになる。『南ドイツ新聞』の記事はまた、1997年設立の右翼ナショナリストの日本会議との密接な関係にも注目し、特に2013年の日本会議の集会で小池が、「私たちは憲法を変えるだろう」と演説していることを紹介している。石井妙子『女帝 小池百合子』(文藝春秋、2020年)も取り上げ、カイロ大学卒への疑問や、小池のアラビア語のレベルや彼女の自己演出の過剰についても言及しているが、それでも都知事選で問題なく圧勝してしまうことに記者も驚きを感じている。

小池百合子の思想と行動について、この「直言」でもその都度指摘してきたが、特に自民党総務会長時代の2011年8月26日、「本日、サンフランシスコ講和条約発効日である4月28日を主権回復記念日として祝日とする議員立法を総務会で承認し、衆議院に提出いたしました。祝日が多すぎるというなら、借り物の憲法記念日5月3日を祝日から外します。」とツイートしたことを指摘した。これは、憲法軽視や憲法無視ではなく、安倍晋三流の「憲法蔑視」の域に達しているのではないか。2年前、都議選圧勝のあとに私は小池についてこう書いた。「常に時の最高権力者に寄り添い、乗り換え、人を手段として使い、切り捨て、のし上がってきた彼女のしたたかな履歴をみれば、選挙で大勝した直後のこの「転換」も納得である。安倍政権の傲慢政治への怒りの「即席の受け皿」となったことは確かであるが、しかし、小池という人物とその今後の歩みには「猛毒」が含まれている。」(直言「権力者が「寄り添う」」)と。早晩、都政を放り出して国政転出を狙うだろう(石井『女帝 小池百合子』424-426頁参照)。

コロナ禍と核兵器禁止条約

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さて、コロナ禍の「戦後75年」の最後は、早大法学部1987年卒の中満泉国連事務次長(軍縮担当)のインタビュー記事である。広島と長崎の平和式典に参加するため、7月に来日。米国からの入国後、2週間の自主隔離を行い、その間、東京新聞のZoomによるインタビューに応じた(『東京新聞』2020年8月4日付)。「核兵器によって世界が安全に保たれると言う人たちが多いが、目に見えないウイルスによって、想像すらできなかった状況が瞬く間に広がった。世界はいかに脆弱かという教訓だ。75年前の教訓とともにもう一度原点に返り、世界を安全にするために核軍縮を進めることが必要だ」。この冒頭の言葉は印象的である。

「軍縮は、国家間の不信感や緊張感を一つ一つほぐし、安全保障にも役立つ方策だ。コロナでその役割を再確認し、機運と捉えて進める必要がある。核の近代化は費用がかかるが、どの国もコロナ後の復興には多くの財源が必要だろう。対話と外交努力で世界を安全にしようという流れが、生まれるのではないか」。コロナ後の世界を復興するには、社会の隅々から地球環境まで、回復や建て直しは至難のわざである。膨大な財源が必要となるだろう。だが、軍備拡張勢力はそんなことはおかまいなしに、軍事支出の増額を求めていくだろうし、そのための「危機の演出」もするだろう。米中関係の悪化は、今年中はいくところまでいき、米ソ冷戦時代のような軍拡のための「栄養」は拡大再生産されていくだろう。しかし、中満がいうような、コロナで脆弱化した世界を建て直そうという「気づき」と「めざめ」が世界各国の人々の間に広まっていくかどうかが課題である。

3年前、国際NGO「核兵器廃絶国際キャンペーン」(ICAN)のイニシィアティヴにより、122カ国・地域の賛成多数で「核兵器禁止条約」が採択された。「唯一の被爆国である日本」の政府は反対した。この条約を推進したICANがノーベル平和賞を授賞した時、来日したICAN代表を、「ノーベル賞などの名誉系にやたらとコメントしたがる安倍首相」が完全無視したのは記憶に新しい。中満は、「国連からのメッセージとしては、ドアを完全にクローズしないでほしい。核兵器をなくす根っこの目的は共有しているはずだから、将来的なオプションになるかもしれないということも含めて、条約をフォローしてほしい」という。

国連の立場からすれば、日本の賛成は是が非でもほしいところだろう。先週、8月6日、アイルランドなど3カ国が批准して43カ国となり、条約発効に必要な50カ国・地域の批准まで、あと7となった。批准の前段階になる署名を終えたのは82カ国・地域だが、米ロ英仏中の核保有5大国は不参加で、米に同調する日本も同様である((『毎日新聞』2020年8月7日付)。広島でも長崎でも、核兵器禁止条約について一切言及せず、完無視を決め込む安倍首相対人地雷禁止条約では小渕恵三首相が、クラスター弾禁止条約では福田康夫首相がそれぞれ米国とは異なる判断をして条約賛成にまわり、署名・批准が迅速に進んだ。安倍首相が核兵器禁止条約についてトランプとは違った選択をする可能性は絶無または皆無、端的にゼロである。安倍に「ドア」の開閉をまかせるのでなく、端的に安倍を交代させる方が近道であろう。

(文中敬称略)

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