16年前も日本とドイツで総選挙――問われる「並立制」と「併用制」
2021年9月27日

 メルケルの党の歴史的敗北――ドイツの選挙結果

926日は、第20回ドイツ連邦議会選挙の投票日だった。ドイツ第2放送(ZDF)発表の最終結果(927日午前620)によれば、投票率は76.6(2017年より+0.4)で、各党の得票率は、社会民主党(SPD:赤)25.7(2017年より+5.2)、キリスト教民主・社会同盟(CDU/CSU:黒)24.1(8.9)、「緑の党」(Die Grünen:緑)14.8(5.9)、自由民主党(FDP:黄色)11.5(0.8)、「ドイツのための選択肢」(AfD:水色)10.3(2.3)、 左派党(Die Linke:赤)4.9(4.3)、「南シュレスヴィヒ選挙人同盟」(SSW)0.1(0.1)、その他(Sonstige8.6(3.5)だった。ドイツでは選挙結果が出ても、すぐに政権の「かたち」は決まらない。どんな連立の組み合わせになるかは、その後の連立交渉に依存する。だから、有権者は、あらかじめどんな連立になるかを、ある程度予測しながら投票行動を行う。

  CDU/CSUSPD二大政党で合わせて8割を占めていた1980年代はじめまではFDPだけが連立相手で、組み合わせはシンプルだった。だが、「緑の党」が連邦議会に進出した1983年以降、連立の組み合わせが複数生まれ、2002年あたりから「二大政党」がともに得票率3割台(時に2割台)に落ち込むと、連立の組み合わせも複雑になっていく。2009年には実質的に「二大政党制の終焉」を迎えるに至った(直言「ドイツの「政権交代」―― 二大政党の退潮参照)。さらに、2017年以降、CDU/CSU1つの党とカウントすれば、6党制になった。

 冒頭左の写真は、西部ドイツ放送(WDR)のサイトにある「連立組み合わせ図」である。「信号機連立(Ampel-Koalition)(SPD-FDP-Grünen)の可能性が高いが、ジャマイカ国旗にかこつけた「ジャマイカ連立」(CDU/CSU- Grünen-FDP)やケニア国旗の「ケニア連立」(SPD- CDU/CSU- Grünen)もある(20165月には、州議会で、ケニアと色の順番の違う旧アフガニスタン国旗になぞらえた「アフガン連立」(CDU/CSU-SPD-Grünen) が成立した)。アンゲラ・メルケル首相が最も避けたいのが「赤赤緑連立」(SPD-Linke-Grünen)で、選挙終盤、各地に直接応援に入り、この連立を強く否定する演説をしていた。左派党は5%を割り込んだが、旧東部地域の選挙区で3議席を獲得したので、連邦議会に議席を維持することができるが、「赤赤緑連立」の可能性はなくなった。どのような形になるにせよ、新政権の発足は、16年続いたメルケル政権の終わりを意味する。同時に、メルケルのCDUが野党となる可能性が出てきた。なお、日本の首相と違って、メルケルは潔く政界を引退することを表明している。

 

メルケル政権発足時の選挙

さて、アンゲラ・メルケルが初めて首相になった2005918日の連邦議会選挙について、直言「「並立」と「併用」の弊害を出しているので、改めてお読みいただきたい。この選挙まではSPDと「緑の党」の連立、ゲアハルト・シュレーダー政権だった。選挙では、FDPと左派党以外のすべての党が得票を減らした。この時は、どの連立の組み合わせでも過半数をとれない「全方位ふさがり」状態に陥った。この写真は選挙の翌週の『シュピーゲル』誌(2005926日号)の表紙で、タイトルは「俺か私か--権力をめぐる神経戦」である。長時間かけて、結局、CDU/CSUSPDの「大連立政権」(Große Koalition)が誕生した。これが第1次メルケル政権である。今でこそメルケルの評価は、国内外を問わずきわめて高いが、16年前は心もとない出発だったわけで、誰も長期政権を予測しなかった。

 他方、日本では、16年前、ドイツより1週間早い911日、小泉郵政選挙で自民党は大勝していた(2012年に安倍晋三総裁誕生に見えざる貢献をした片山さつきも、小泉チルドレンとして当選)

 

小選挙区比例代表「並立制」と「併用制」のレトリック

ドイツと日本の選挙制度について見ておくと、ドイツは小選挙区比例代表併用制とされるもので、これは比例代表制を軸にしている。他方、日本は小選挙区比例代表並立制とされるもので、小選挙区制を軸にした制度である。ドイツは「顔の見える比例代表制」であり、日本は「比例の要素を加味した小選挙区制」といえるだろう。1990年の第8次選挙制度審議会答申によれば、選挙には「民意の反映」と「民意の集約」という二つの側面があり、比例代表制は民意を鏡のように反映するメリットがあるものの、政権が安定しない。小選挙区制は死票が出るなどのデメリットがあるが、政権は安定する。そこで答申は、両者を合体させた制度として、小選挙区比例代表並立制をとるように提言した(拙著『日本の政治はどうかわる――小選挙区比例代表制』(労働旬報社、1990参照)。だが、答申が「併用制」と位置づけたドイツの制度は、どこまでも「民意の反映」を重視し、「超過議席」が出ても、比例の要素を軽視しなかった。私は、日本でもドイツでも、憲法上、選挙における第一義的な価値は「民意の反映」であって、政権の選択やその安定は政治の問題であり、憲法上の要請ではないと考えている。

  ところが、日本の「政治改革」の結果誕生した「並立制」案は、当初は小選挙区250と比例代表250の「並立」が想定されていたが(少なくとも細川護煕首相と河野洋平自民党総裁(いずれも当時)の理解)、結局、19941月に出てきた法案では、小選挙区300、比例代表200(しかも、全国を11ブロックに分けて比例の効果を希釈)となり、小選挙区が60%を占めることになった。さらに2000年の公選法改正で、比例代表200180に削減され、最終的に小選挙区289、比例代表176465議席となり、今年の総選挙もこの形で行われる。小選挙区は62%、比例は38%で、日本の選挙制度は小選挙区制に偏った制度設計といえるだろう(直言「小選挙区比例代表「偏立」制はやめよ参照)。「民意の集約」という曖昧な言葉で小選挙区制を軸にした制度をつくった日本では、「二大政党制」により政権の選択が明確になるどころか、「安倍一強」の忖度政治につながっていったのではないか。

 これに対して、ドイツの制度は以下の通りである。まず、総議席5982分の1299議席を、299ある選挙区(Wahlkreis)から選ぶ(直接委任(Direktmandat))。この写真にあるように、投票用紙の左側に、候補者の名前が記されている。これに×を付けるのが第1投票である(日本では賛成は○だが、ドイツでは×)。投票用紙の右側には政党名が並んでいて、このなかから支持する一つに×を付ける。これが第2投票である。各政党は州の候補者リスト(Landesliste)を提出していて、政党に投じられた第2投票の結果が集計され、得票率に応じて、16の州の候補者リストに比例配分されていく。もしも、299議席が小選挙区、299議席が比例代表で決まるのなら、これは「並立制」である。しかし、ドイツの制度は、第2投票(比例代表)の結果がまずあって、政党の得票率と議席占有率が一致するように配分されていく。その際、小選挙区で当選した299人は自動的に当選となる。有権者は299人の議員を、顔を見て直接選んだことになる。

 次に、598議席を16の州に人口比例で割り振ったものに、各党の得票率をかけて、当該州におけるその党の獲得議席数が決まる(リストの候補者順位は政党執行部が決定するから、有権者は選べない)。ある州の割り当て議席数が30で、A党がそこで30%の得票を得たとすると、A党のその州での獲得議席は9である。ところが、その州の選挙区で12獲得していたという場合、3議席多くなってしまう(CSUの強いバイエルン州やSPDの強いハンブルク市()などで起きる)。そうやって生ずる、割り当て議席を上回る分を「超過議席」(Überhangmandat)という。これを憲法上問題とする判決も出ている。ドイツの場合、日本と違って、あくまでも比例代表制を基軸にして調整していくので、このような問題が起きる。2017年の選挙では、598から709議席に111議席も増えてしまった。さすがにこれではまずいので、今回の総選挙前に選挙法を改正して、「超過議席」の削減を試みている。だが、昨日の選挙の結果は、総議席は735にまで膨らんでしまった。直前の小手先の改正ではどうにもならなかった。ドイツの「併用制」のあり方にも根本的な見直しが必要になってきたようである。この点で注目されるのが、長らく自明視されてきた「5%阻止条項」である。

 

5%阻止条項の問題性――デンマーク系少数政党が1議席獲得

5%阻止条項」(連邦選挙法63)により、第1投票(小選挙区)で少なくとも3議席以上、または第2投票(政党に投票)で5%以上の得票率をあげられない小政党(「破片政党」(Splitterpartei)という)は、議席配分を受けられない。ヴァイマル共和国における完全比例代表制が極端な多党化を生み、それがナチ独裁につながったという「神話」から生まれた制度である5%に満たない小政党の得票をゼロカウントして議席配分を行うので、小政党の得票を母数に加えないことになる。今回の選挙結果では、「その他」(Andere/Sonstige)小政党が40あって、合計の得票率は8.6%だから、比例配分の際の母数は、有効投票の91.4%ということになる。8.6%の民意は議席配分にカウントされない。

ところで、連邦憲法裁判所は5%阻止条項を合憲とする根拠を「議会の活動能力と機能性の確保」としてきたが、これはもはや通用しなくなってきた。2008年の地方議会選挙の5%阻止条項を違憲とし、EU議会選挙の5%条項も違憲とするなど、憲法裁判所判例にも変化が見られる。すでに二大政党制はドイツでは過去のものとなり、6党による多党制となっているのが現実である。政治的意思形成過程への開かれた参加を確保するためにも、5%阻止条項は歴史的使命を終えたものとして根本的な見直しが求められよう。

 なお、この5%の足切りは地方議会の選挙でも適用されているが、デンマーク系住民の多いドイツ北部の州では特別の対応がとられている。「南シュレスヴィヒ選挙人同盟」(SSW) というデンマーク系住民の政党に対して、20217月、連邦議会選挙と州選挙の両方で、5%阻止条項の適用が停止された。その結果、SSWは連邦議会に1議席を獲得したのである。

  私は20188月に、デンマーク国境に近いフレンスブルクにあるSSW本部を訪問して取材した。たまたま翌日が党大会だったので、それに参加させてもらった(直言「デンマーク系少数派住民の政党(SSW)と5%条項――北ドイツ・デンマークの旅 (その3参照)。この写真は、党大会会場でのフレミング・マイヤー議長とマルティン・ロレンツェン幹事長とのものである。まさか3年後に連邦議会に議席を占めるところまでくるとは思っていなかった。

 

コロナ禍で郵便投票が急増

 今回の連邦議会選挙では、コロナ禍ということで、郵便投票が広範囲に活用されている。左の写真は、郵便投票で届いた投票用紙である(ZDF2021924)。日本の不在者投票と同様、当初は投票日に仕事や予定が入って投票所に行けない有権者のための例外的なものだった。しかし、コロナ禍で「密」になる投票所には行きたくないということもあり、郵便投票の利用者が増えていった。郵便投票にするために特段に理由を示す必要はない。投票用紙を入れた青色の封筒を、住所を記した赤い封筒に入れて投函すればよい。

 ケルンとデュッセルドルフでは、投票用紙のほぼ90%が投票日2日前までに投函され、選挙管理委員会のもとに届いているという。投函しなくても、投票日の当日の午後6時までに選挙管理委員会に直接手渡すこともできる(連邦選挙法36)40%以上が郵便投票になるという連邦選挙管理者のゲオルク・ティールの予測がある。これは前回の2倍という(上記WDRのサイトによる)。思うに、ここまで郵便投票が増えてくると、投票日前日までの選挙運動とは何なのだろうか。日本では選挙の事前運動規制(公選法129)があり、罰則もある。郵便投票や不在者投票が増えてくると、事前運動規制の意味が問われてくるのではないか。

  なお、ドイツでは、約6600万人(78)が少なくとも一つのソーシャルネットワークを利用しているという。今回の選挙は、かつてないほどに「デジタル選挙」「オンライン選挙」になった。ARD/ZDFのオンライン調査によると、ドイツ国民の94%がインターネットを使用しており、そのうち72%が毎日インターネットを使用している。過去2年間のパンデミックにより、この傾向はさらに進んでいくとされている。日本でも「デジタル選挙」の動きが今後ますます進むと推察され、そうすると公選法の選挙運動制限がアナログ時代のままなので、それでいいのかという問題も出てこよう。これについては、また具体的なデータが出てきたら論ずることにしたい。


 メルケル後の政権発足は迷走

さて、選挙は終わった。メルケル引退後のドイツ政治はどうなっていくか。CDU内でメルケルの後継首相候補となったのは、アルミン・ラシェット(ノルトライン=ヴェストファーレン州首相)である。彼は外見・表情にハンディがある。日本の首相の表情がとぼしく、言葉がはっきりしないのと違って、演説力に特段の欠点はないものの、表情が「笑い顔」なのである。彼とその党にとっての不幸は、今年717日、大豪雨で大きな被害が出たラインラント=プファルツ州への視察の際、シュタインマイヤー連邦大統領が深刻な表情で演説する背後で、舌を出して大笑いしている映像がテレビやネットに流れたことだろう。これでCDUの支持率が一気に下がり、回復できないまま投票日を迎えた。

 弱り目に祟り目。投票日の当日、ラシェットはアーヘンの自宅近くの投票所で、選挙違反をしてしまった。すなわち、投票用紙を投票箱に入れるときは、投票の秘密を守るため、きちんと折りたたんで、投票結果(1投票と第2投票の×)が見えないようにしなければならない。ところが、ラシェットは妻とともに投票箱の前に立ち、テレビカメラに向かって投票結果が丸見えの状態で投票してしまったのである。こういう状態で投票することを選挙管理者は停止しなければならないのだが、テレビの映像を見る限り、眼鏡をかけた選管職員は何もしていない。そうやって投票された投票用紙でも無効とはされないが、いやしくも首相候補とされた人物がやることではない。

   有権者は候補者と政党にそれぞれ1票を入れた。しかし、投票の行方は、政党間の連立交渉に委ねられる。有権者がそれを選ぶことはできない。かつては、CDU/CSUSPD78割を得ていたが、多党化はさらに進み、冒頭右の写真にあるような連立のいずれかに決まるまでに数か月かかるかもしれない。ラシェットがあまりに失点を重ねたので、「ジャマイカ連立」はないと見ている。「緑の党」の支持者が納得しないだろうから。SPDがリードしたので「ケニア連立」もないだろう。世論調査では、国民の半数近くが「大連立」を拒否しているので、この可能性も低いだろう。相対的に拒否の少ないのが「信号機連立」だろう。アンナレーナ・ベアボック候補の失点で支持率が急降下した「緑の党」が、気候変動問題で盛り返した。またFDPもかつては5%とれずに議席を失ったことが何度もあるので、今回は二桁に乗せて自信を付けている。その意味で、SPDのオラフ・ショルツ候補(連邦財務大臣)を首相にして、「緑の党」とFDPの「信号機連立」になる可能性が一番あると私はみている。今年中に政権発足になるかどうか。コロナや経済、安全保障などで懸案山積みのなかで、ドイツは政権が決まらず、迷走が続く。その間はメルケル首相のままである。

   翻って日本である。明後日(929)は、自民党総裁選の投票日である。10月に臨時国会が召集され、総選挙となる。自民党だけは比例区の候補者のための長い長い事前運動を「合法的に」やってきたわけである。日本の総選挙の結果はどうなるか。それとは別に、選挙制度という点から見れば、ドイツの「併用制」にも、日本の「並立制」にも問題があることが見えてきたのではないか。

《文中敬称略》

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