自民と維新の「改憲連立」?――二人に一人しか投票しない「民主主義国家」(その3)
2021年11月1日

安倍流「前提崩し」――改憲「3分の2」の実現

49回衆議院総選挙の結果が出た。小選挙区比例代表「偏立」制による選挙で、自民党・公明党で絶対安定多数(261)を超える291議席を獲得した。のみならず、今回は、日本維新の会が41議席と、4倍近くに増殖することによって、衆院の総議員の3分の2(310)を超える332議席となり、改憲に前向きな国民民主党の11を加えると、国会における改憲勢力は343議席という4分の3に近づく大勢力となった。これが2021年から最長2025年まで任期を有する衆議院議員を決めた総選挙の結果である。大方のメディアの予測はことごとく外れた。私自身も、政治的「存立危機事態」に直面した政権側の周到な準備と強かさを過小評価していた(これを予測していたのは、直前1週間に警鐘を鳴らし続けていた(IWJ(岩上安身代表) )。

  直言「「平成」の30年間は民主主義の劣化――小選挙区比例代表「偏立」制の罪で指摘したような、「衆参ダブル選挙を断行する。これに大勝して憲法改正に突き進む。2020年の東京五輪のどさくさにまぎれて「祭典便乗型改憲」を実現する。」という安倍晋三戦略はコロナ禍の出現によって変更され、菅義偉政権の1年間の中継ぎのなか、コロナ禍の「安全・安心五輪強行された。そして、本来「禅譲」の予定だった岸田文雄の政権がやや遅れて成立して、「安倍流5つの統治手法の総決算である「前提崩し」(憲法改正による「土俵」の変更) ができるところまできた。そして、「総選挙前の総裁選」実施による実質的な事前運動によって、にわか作りの野党共闘に準備の時間を与えずに、衆議院の解散から投票日まで17日という最短レコードで、1031日、上記の結果となるに至ったのである。党幹事長の甘利明や、2012年総裁選に立候補して安倍より議員票を多く獲得した石原伸晃(元幹事長)をはじめ、閣僚経験者など大物・長老が落選したものの、この選挙の本質的な目標たる「改憲3分の2」はしっかり確保された。

 

4度目の低投票率

  『南ドイツ新聞』1031(デジタル版)の東京特派員記事の見出しは「失って勝つ」(Der Sieg mit Verlusten) であった。この記事は、自公が大きな勝利をおさめ、野党共闘が不調に終わったことを伝えながら、岸田文雄首相が、よって立つ政治基盤の異なる、「右翼ポピュリストで長年のスキャンダルに苦しむ安倍晋三()首相の影響を受けて自民党総裁に選出された」ことや、平和主義憲法の改正に賛成する「右翼的地域政党」の「ISHIN(日本維新の会)11から41に急増したことの意味などについて論じつつ、結びで、今回の選挙の特徴でもある低投票率に注目する。「この日曜日[1031]は、日本における政治的(政治嫌い)(Politikverdrossenheit)が大きいことを非常に明確に示した」と。ドイツ政治学において、このPolitikverdrossenheitは近年しばしば取り上げられてきた。特に統一後の旧東地区で政治への失望がとりわけ大きく、低い投票率と極右政党の高い得票率がその典型的兆候とみられてきた。ドイツでは、単なる棄権者でなく、既成政党すべてを拒否する積極的棄権者のことをNichtwählerということがある。

   冒頭左のグラフは、総務省のホームページにある前回選挙までのものである。安倍自民党が民主党に大勝した201212月の第46回総選挙から、恒常的な低投票率が始まったことがわかるだろう。この時の59.32%は「総選挙史上最低」だった。しかし、安倍政権下の2回の解散と総選挙は、「アベノミクス解散」(「念のため解散」)による47回総選挙(2014) 52.66%、「国難突破解散」による48回総選挙(2017) 53.68%という2度の低投票率を経由して、今回の第49回総選挙では、55.93%という「戦後3番目の低投票率」のレコードを「達成」したわけである。有権者の2人に1人強しか選挙に参加しない民主主義国家とは何かが問われている(その1その2参照)。

義務(強制)投票制を採用すべきか?

    「世界の議会選挙投票率 国別ランキング」によれば、日本の投票率は世界194の国・地域のなかで139位ということになっている。だが、投票率の高い国々には、それぞれの事情がある。1位のベトナム(投票率99.26%)と2位のラオス(97.94)22位のキューバ(86.20)は一党独裁制である以上、もともと比較の対象とはならない。明治大学鈴木研究室のサイトによれば、OECD加盟国38か国中、日本は31位ということになる(この写真は2014年選挙を基準にしているので32)

   投票はあくまでも自由であり、強制されるべきではないというのが日本である。日本国憲法のもとでは、自由選挙(任意投票制)が原則であり、投票は義務ではない。投票するかどうかは自由であって、かりに棄権したとしても、罰金や公民権停止、氏名の公表などのペナルティを受けることはない。今日、学説上、選挙権を、公務を執行する義務と解する純粋な公務説は存在しないが、選挙権を権利であると同時に義務と解する二元説(芦部信喜)が通説とされている。これは、「公務」の強調の仕方によっては義務の形態と結びつく議論につながらないという保証はない。権利説(辻村みよ子)の立場を徹底すれば、むしろ投票行動の自由、自由投票制こそ、日本国憲法から導かれる選挙原則ということになる。いずれにしても、日本では、強制投票を含む義務投票制の議論が浮上してくることは当面はないだろう。

ちなみに、世界には、義務投票制をとる国はけっこうある。義務のレベルは、制裁金を厳格に科すものから、ゆるやかな規制までさまざまである。このグラフは「世界における強制投票」(Compulsory Voting in the World) を概観するサイトからのものだが、強制投票を採用する国は27か国(13)ある。世界で最初に強制投票(義務投票制)を導入したのは1892年のベルギーであり、次いで1914年のアルゼンチン、1924年のオーストラリアと続く。投票率1位のオーストラリアの場合、投票しないと2050オーストラリアドル(日本円で1700円~4250)の制裁金が科せられる。アルゼンチンでは、50500ペソ(日本円50円~500)である。非投票者が制裁金支払いの催告を受けてから数回拒否した場合には懲役刑に処せられる(前例なし)。さらに、ベルギーでは、公民権の剥奪もあり得る。非投票者は15年以内に少なくとも4回の選挙で投票しなかった場合、公民権が剥奪される。ペルーでは、有権者は、投票したことを証明するものとして、選挙後数か月間、スタンプ付きの投票カードを携帯する必要がある。このスタンプは、官公庁からサービスなどを得るときに必要となる、等々(以上、上記サイトによる)。だが、日本では、投票を義務として強制する仕組みを採用することは憲法上不可というべきだろう。また、少なくとも安倍・菅・岸田政権では、低投票率をむしろ演出し、活用してきた節がある。1950年、衆院選挙の選挙運動期間は30日もあったが、しだいに短くなり、1994年には12日間に短縮された。短い選挙運動期間と事前運動規制(公職選挙法129条)を連動させれば、政権与党・現職に有利な選挙となることは至極当然だろう。低投票率に依拠して政権を維持したい人々にとって、投票率をあげることに関心があるとは思えない。


低投票率からの脱却の道

   今回の総選挙では、市民の側から、「投票に行こう」という呼びかけが活発になされたのが特徴である。本来は選挙管理委員会の仕事だが、俳優やタレントまでがグループで、あるいは個々人で自主的に呼びかけた。これはかつてなかったことである。にもかかわらず、低投票率にほとんど変化がなかったのはなぜだろうか。

   このグラフは総務省のサイトにある「年代別投票率」である。若者の投票率が低いことから、今回、若い世代への呼びかけが多方面から行われた。『読売新聞』(デジタル版)1030には、「「#投票に行こう」SNSで若者への投稿広がる…「映える」ステッカーやポスターも」という見出しで、若い世代が、ツイッターやインスタグラムなどのSNSを使って、「#govote(投票に行こう)」や「#わたしも投票しました」といったさまざまな投稿が行われたことを伝えている。また、ハロウィーンで賑わう渋谷センター街で、仮装した男女30人にアンケートを実施したところ、30%ほどが投票に行ったが、「政治はわかりづらくて、どこに投票すればいいかわからない。勉強しろって話かもしれないけど、もっと若者が興味を持てるような政治をしてほしい」「行っても行かなくてもどうせ一緒」といった声を拾っている(ENCOUNT編集部)

 実は、テレビで流れた若者の声のなかに、「いいかげんな投票はできない。やり方もわからず、行かなかった」という声があった。若者は決して無関心なのではなく、けっこうまじめな人たちもいて、きちんと選挙についての意味が教えられ、具体的な政策などもわかりやすく提示され、時間さえかければ、「いいかげんな投票」ではない行動をする人々が出てくるのではないか。「組織票」にくくられ、会社や業界や宗教団体などの「しがらみ」のなかで、上から指示された候補者名を書くだけの受け身の大人たちに比べれば、悩んだ末に投票する若者たちの方がはるかに「立派な有権者」ではないか。若い世代が保守的になっているという数字や評価があるし、実際そういう面はあるが、若者には知識を吸収する力がある。ドイツの「政治教育センターのようなものが日本にあって、似非中立主義でなく、はっきりとした批判的思考を促すような政治教育ができれば、かなり違うと思う。日本では、政治のダイナミズムを教えないことが教育の現場で定着しているから、選挙の時だけで判断することは困難だと思う。

今回、「日本維新の会」が東京比例で立憲民主党や共産党よりも得票したのは、政策や主張が若者たちに「受けた」からではないか。12日間のレースのなかで、単純化された言葉で、繰り返し、しかもわかりやすく発信して、ムードを作ったほうが勝つ。ドイツで、右翼ポピュリズムの「ドイツのための選択肢」(AfD)が躍進したときの「空気と似ているものを感ずる。あの時は難民問題だった。いまはコロナと経済と中国である。

 自民・維新「改憲連立政権」の可能性

冒頭右の写真は、20171月の関西テレビの番組「アンカー」でのシーンのようである(宮武嶺氏のブログより)。安倍晋三と橋下徹は、第2次安倍政権発足後すぐに憲法改正についての意見交換を行うなど、そうとう親密であることはよく知られている。私は9年前に、直言「改憲への「大連立」を出して、橋下徹(当時、維新の会代表)の主張と行動に注目した。維新が41議席を獲得して、公明党を抜いたことの意味はきわめて重大である。むしろ、岸田首相は2Aにますます忖度した党・閣僚人事を行っていくだろう。橋下徹の民間人大臣としての登用も十分考えられる。維新は閣外協力の形をとり、公明党を押し退けて連立の方向に進む可能性もある。そのとき、憲法改正が射程内に入ってくる。

  201212月に安倍第1次政権が発足してまもなく、橋下が安倍に知恵をつけたのが「憲法96条先行改正」論である(直言「「憲法デマゴーグ」の96条改正論」)。岸田首相が111日の記者会見で、選択的夫婦別姓には慎重、「敵基地攻撃能力」の保有や防衛費国内総生産(GDP) 2%の公約はしっかり議論していくと述べるとともに、「3分の2」の議席を得た以上、「党是である憲法改正に向けて精力的に取り組む」と明言した(『東京新聞』112日付1面・見出しは「選択的夫婦別姓に慎重  改憲「精力的に」」)。総裁選のときの岸田とはまったく異なるトーンであり、これでは高市が総裁に当選したのと同じではないか。「安倍院政権」(安倍晋三の院政)の方向と内容が、今月中にはっきりするだろう。1226日の「安倍政権発足9周年」を前に、「憲法突破・壊憲内閣」 2.0の発足である。 さて、市民はこれといかに向き合うべきか。機会を改めて論ずることにしよう。

《文中敬称略》

トップページへ