コロナ対策に「思いやり」はあり得ない――オミクロン株と日米地位協定
2021年12月27日

水島ゼミ第12回沖縄取材合宿

1220日から23日まで、水島ゼミ(法学部34年「主専攻法学演習」)の12回目の沖縄取材合宿を実施した。1998年の第1から隔年で連続11回実施してきたが2020年はコロナ禍で中止せざるを得なかった。このままいくと、24期生は一度も合宿を経験しないで卒業することになる。そこで、学部と相談して、感染対策を徹底して行うことを条件に許可されたものである。ゼミ生がテーマ設定から取材対象を決め、5つの班(今回は、辺野古埋め立て「南部土砂問題」班、日米地位協定班、離島医療班(宮古島)、離島教育班(石垣島)、沖縄子どもの貧困班)に分かれて、集合・解散から取材活動もすべて少人数で行動する。私は原則として同行せず、携帯(いまはスマホ)で報告を受け、文字通り「指」で「導」く、である。なお、このゼミ取材合宿については、来年110日以降の「直言」で紹介する予定である。


 キャンプ・ハンセンの集団感染

 冒頭左の写真は、沖縄の地元紙の記事である。全世界的にオミクロン株の感染が拡大するなか、1217日までに米海兵隊の部隊配置計画の一環で、米本国から嘉手納基地(ゼミ生が撮影した右下の写真参照)経由でキャンプ・ハンセンに到着した2つの部隊のなかから、99人の感染が確認された(『沖縄タイムス』1218日付)。20日には、キャンプ・ハンセンの基地従業員と軍属の計4人がオミクロン株に感染していることが判明し、「クラスター」186人に達した(『琉球新報』1221日付。なお、26日のTBS「サンデーモーニング」では255人)。米軍はゲノム解析の機器がないことを理由に、オミクロン株かどうかの検査をしようとしない。キャンプ・ハンセンの集団感染がどの程度、オミクロン株によるものなのかは目下のところ不明である。

   玉城デニー沖縄県知事は、①コロナ収束まで米本国から県内への軍人・軍属の移動停止、②キャンプ・ハンセンの全軍人・軍属へのPCR検査の実施と外出の禁止、③基地内の変異株解析体制の構築、を要求した(『沖縄タイムス』1221日付)。きわめて当然の要求だが、米軍側は応じていない。感染者を出した部隊は、米国出国時も日本到着直後も、PCR検査を行っていないことも明らかとなっている(『沖縄タイムス』1223日付)。

  日本では1130日から年末まで、一般の外国人の新規入国が一時停止されている。特定の国・地域から帰国する日本人にも指定宿泊施設での待機が求められているのに、米軍の軍人・軍属については、なぜこうも扱いが違うのか。岸田文雄首相は、1221日の記者会見で、外国人の新規入国の原則停止などの水際対策を、年明け以降も「当面の間」延長する方針を表明した。しかし、在日・在沖米軍基地は、その「水際対策」の巨大な「穴」になっているのではないか。

  コロナ対策においても、末端の海兵隊員たちに自覚も緊張感もない。ゼミ生の一人は、キャンプ・ハンセン近くで、米軍属がマスクなしで町にいるのを目撃したとメールで報告してくれた。20日、キャンプ・ハンセン所属の上等兵が道交法違反(酒気帯び運転)の疑いで現行犯逮捕されている。沖縄のテレビ局はローカルニュースのトップで伝えていた。25日にも同基地所属の伍長が、酒気帯び運転の疑いで現行犯逮捕されている(『沖縄タイムス』1226日付)。なお、23日、海兵隊員(らしき)2家族、子どもを含めた7人が、東京行きの全日空機に搭乗していた(隊員の配偶者たちはマスクなしで会話)。

 

日米地位協定9条と「検疫法特例」

  なぜ、米軍の軍人・軍属は検査を受けずに入国できるのか。日米地位協定52項は、「…合衆国軍隊の構成員及び軍属並びにそれらの家族は、合衆国軍隊が使用している施設及び区域に出入し、これらのものの間を移動し、及びこれらのものと日本国の港又は飛行場との間を移動することができる。」と定める。また、91項では、「合衆国は、合衆国軍隊の構成員及び軍属並びにそれらの家族である者を日本国に入れることができる。」と定め、2項で具体的に、「合衆国軍隊の構成員は、旅券及び査証に関する日本国の法令の適用から除外される。合衆国軍隊の構成員及び軍属並びにそれらの家族は、外国人の登録及び管理に関する日本国の法令の適用から除外される。」と規定する。この「外国人の…管理」について、入管行政の対象から外れることに加えて、検疫も含まれるのかは明確ではない。

   地位協定の運用に関わる日米合同委員会(米側:在日米軍司令部副司令官等、日本側:外務省北米局長等)の合意では、「米軍の構成員、軍属、家族の出入国に関する事項」(19618月)1項で、米軍基地に入るときには、米軍の検疫官が、検疫感染症が日本に入るおそれがない、またはほとんどないと認めたときは、あらかじめ日本側の検疫所長が署名し、委託した検疫済証を交付するとなっている。検疫所長の署名のある検疫済証を米軍側が交付するだけだから、日本側が個々の米軍人等に検疫を行う権限はないわけである。ただ、感染症が存在するときは、日本側の検疫所長と「協議」して所要の措置をとるとされているから、日本の検疫当局が動けるのは感染症が確認された後ということになる。米軍人等に対しての検疫は大甘、ゆるゆるということがわかる。

   加えて、「外国軍用艦船等に関する検疫法特例」(1952年法律第2018条により、米軍艦船については、検疫法(1951年法律第201号)の各規定、特に検疫前の入港等の禁止(4条)、検疫前の通報義務(6条)、検疫区域(8条)、乗組員名簿等の提出・提示義務(112項)、検疫所長の調査・衛生措置(27条)、検疫官の立入権(29条)等、13以上の規定が適用除外となっている。

   日米地位協定には、米軍基地内で感染症が発生した際の日米間の情報交換に関する規定が存在せず、日米合同委員会合意があるだけである(196681日付覚書等)。なお、新型コロナウイルス感染症は、感染症法673号で指定感染症に指定されたので、日米合同委員会合意により、日米間の情報交換の対象にはなっている(日本弁護士連合会「日米地位協定に関する意見書」(2014年2月)等参照)。だが、米軍側の動きは鈍い。

  米軍について、感染症法の特例を定めた法律が存在しない以上、米軍人等についても、感染症法に基づく規制は可能なはずであるが、米軍のフリーパスは、法的に認められている以上にまかり通っているのが現実であろう。韓国でも在韓米軍地位協定の問題がしばしば焦点になるが、日本よりも市民の関心は高い。なお、ドイツは、国内に駐留するNATO軍(ほとんど米軍)に関するボン補足協定が1993年に改定されて、検疫についてドイツ国内法が適用されるに至った(541項)。イタリアでは検疫についての明文の規定はないが、「明らかに健康または公衆の健康に危険を生ずる米国の行動」に対してイタリア当局が介入でき、基地内にも立ち入ることができる(実務取極6条、15条)(日弁連人権擁護委員会・基地問題に関する調査研究特別部会「ドイツ・イタリアのNATO軍(米軍)基地調査報告書参照)。日本でも、ドイツ並の規制を及ぼすことができるよう、まずは適用除外を定める関連国内法の廃止が必要だろう。より根本的には、日米地位協定の抜本的な改定が必須である(直言「なぜ日米地位協定の改定に取り組まないのか――「占領憲法」改正を説く首相の「ねじれ」参照)。

 

「思いやり予算」から「同盟強靱化予算」へ?

   日米安保条約の体制について、私は、「迎合、忖度、思考停止の「同盟」」と呼んでいる。60年以上にわたって続く「迎合と忖度」の歪みは著しい。とりわけ、1978年に62億円で始められた「思いやり予算」(地位協定上に根拠のない米軍の経費負担・便宜供与)は、2021年度予算では2017億円に達し、2022年度から26年度まで、年平均2110億ドル、5年間で1550億円にまでふくらんでいる。いわゆる「ホスト・ネーション・サポート」(接受国支援)のための必要な出費ということを明らかに超えている。『中国新聞』1224日付社説「米軍駐留経費負担 言いなりの関係、改めよ」は、「思いやり予算」の負担割合が他国よりも際立って高いことに注目。2004年国防総省報告書によると、「韓国が40%、ドイツ32%に対し、日本は74%と厚遇ぶりが突出している。」と指摘している。17年前に74%なのだから、このまま増額していくと80%を超えるのは確実であろう。さすがにこれを「思いやり予算」というのは憚(はばか)られるのか、『朝日新聞』1222日付によると、日本政府は「同盟強靱化予算」に名称変更するそうである。この不自然な支出は即刻やめて、地位協定24条の厳格実施を米側に求めるべきだろう(直言「もう「思いやり」とは言わせない?――TPPの次はHNS参照)

 

「沖縄は植民地ですか?」

  米軍の特別扱いに対する日本政府の姿勢は一貫している。米軍に対しては、いたれり、つくせり、上げ膳、据え膳、心くばり、思いやり、何でもありの反面、沖縄についていえば、常に県民の犠牲と負担を強いている。そこで思いだされるのは、9年前、普天間基地周辺に出された米軍の警告板に、「1950年国内保安法21条」と記されたことである。「マッカラン法」という米国内法(悪名高い)が日本国民たる沖縄県民に適用されるのかと国会で問題となって、撤去された(直言「沖縄は日本ではない!?――米軍警告板の「傲慢無知」参照)

  この写真は、20048月に宜野湾市の沖縄国際大学構内に、米海兵隊の大型輸送ヘリが墜落した際のものである。米兵が大学内を占拠し、宜野湾消防も大学構内に入れない。地位協定23条が「米軍財産の安全」確保を定めているといっても、米軍が事件現場を完全に確保して、検証令状を持った沖縄県警の立ち入りを拒否したのは異様である。その1カ月後に4回目の水島ゼミ沖縄取材合宿が行われた際、「基地班」の学生たちと現場を訪れ、井端正幸学部長から説明を受けたのを思い出す(直言「沖縄ヘリ墜落事件から見えるもの参照)。なお、その時お世話になった井端氏は、20218月に逝去された。ご冥福をお祈りしたい。

  冒頭左の新聞記事の写真のなかに、『東京新聞』1219日付社説がある。タイトルは「沖縄は植民地ですか?」。社説は、深刻な米軍基地被害に触れたあと、202110月の国連総会第3委員会に提出された「植民地主義の遺産への対応」をテーマとする報告書に注目する。そこでは、沖縄は「植民地支配された地域の先住民族が総人口に占める割合」が高く、植民地時代からの移行期にあると認定され、人権侵害という負の遺産の是正が必要と提言されている。沖縄の基地問題をはじめ、日本の中央政府が沖縄県に対して行う「仕打ち」の数々は、他の46都道府県に対しては決して行われないものである。

 岸田首相がキャンプ・ハンセンにおける米兵の集団感染をめぐる米側のゆるい対応に激怒したという情報が一時流れた。怒りの本質が自らの「水際政策」のメンツ丸つぶれに対してのものなのかはわからない。太平洋戦争で日本軍の「水際作戦」は杜撰で米軍の上陸に至った。現在、米軍基地が「水際対策」の大穴であることを自覚して、日米地位協定と関連国内法の見直しの検討に着手すべきである。自公政権や維新等ではおそらく無理だろう。来年の沖縄の重要選挙や参院選も鍵を握る。

《付記》2022年1月9日になって、「新型コロナウイルス感染症の拡大に対処するための措置に関する日米合同委員会声明」が出された。在日米軍関係者に対して、1月10日から14日間の不要不急の外出の制限やマスク着用義務などを求めている。キャンプ・ハンセンなどでのクラスター発生から1カ月近くが経過していた。(2022年1月12日午前8時30分加筆)

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