ウクライナをめぐる「瀬戸際・寸止め」手法の危うさ――悲劇のスパイラル
2022年2月21日

ウクライナ、悲劇の歴史

80年前、ウクライナは全土が戦場だった。1941622日に独ソ戦が始まり、ドイツは3個軍集団、動員兵力300万でソ連になだれ込み、モスクワを目指した。学生時代にパウル・カレルの『バルバロッサ作戦』や『焦土戦』(いずれもフジ出版)など10冊以上読んでいたので、悲惨すぎる戦いは、地名や将軍の名前を含めて鮮明に覚えている。独ソ戦開始と同時に、南方軍集団(フォン・ルントシュテット元帥)がウクライナに侵攻し、9月までにキエフを陥落させた。ソ連軍は師団規模で壊滅した。10月末にはドイツ軍はウクライナのほぼ全土を支配した。19428月からスターリングラードの戦いが始まり、翌年2月にはドイツ第6軍は壊滅する。どの戦争も悲惨だが、独ソ戦は死者の数が桁外れである。「絶滅戦争」として行われたため、捕虜や民間人の殺害が半端ではない(詳しくは大木毅『独ソ戦―絶滅戦争の惨禍』(岩波新書、2019)参照)。ちなみに、スターリングラード北東のロソシュカで戦死したソ連兵の水筒が研究室にあるが、弾丸が貫通している。戦場のリアルを感ずる。

19441月から2月にかけて、ソ連軍は攻勢転移し、第1ウクライナ方面軍(ニコライ・ヴァトゥーチン大将)と第2ウクライナ方面軍(イワン・コーネフ元帥)がドイツ南方軍集団の包囲戦を展開した。今度はソ連軍の反撃によってウクライナ全域が戦闘地域になった。スターリンの恐怖政治に抗してドイツ軍に協力したウクライナ人が多数、ソ連内務人民委員部(NKVD) によって殺害された。この大戦でウクライナの犠牲者は、軍人・民間人合わせて656万とされている(人口は当時4134)

  ムソルグスキー作曲(ラヴェル編曲)の組曲『展覧会の絵』の終曲「キエフの大門」は有名だが、その「黄金の門」があるキエフは何度も何度も戦火にまみれている。「キエフ陥落」で検索すれば、1240年のモンゴル軍による「キエフ陥落」まで出てくる。ロシア・ソ連軍は1918年にもキエフを陥落させている。スターリン体制下のウクライナにおける数百万人の大量餓死(「ホロドモール」)については、昨年、アマゾン・プライムで『赤い闇 スターリンの冷たい大地で』(ポーランド・ウクライナ・イギリス合作、2020を見た。ロシアによるウクライナ侵攻近しというきな臭いニュースが、「平和の祭典」であるはずのオリンピックの真っ最中に、家庭のテレビから流れてくる。テレビコメンテーターたちが、フィギュアスケートの演技を絶賛したその口で、ウクライナで戦争が起きるかもしれないなどと、笑顔からの切り換えも不十分なまま語るのは、不快以上のものがある。では、なぜロシアはウクライナにそこまでこだわるのか。戦火にまみれ続けたこの国に、再び戦争の惨禍が起こるのか。

なぜ、いま、ウクライナなのか

「戦争とは、他の手段をもってする政治の継続である」というフォン・クラウゼヴィッツの有名な言葉を引くまでもなく、オリンピックの真っ只中のウクライナ危機は、「陰険な戦争ゲーム」の様相を呈している。もともとウクライナ東部のドンバス地域は、ロシア系住民が多く住み、そのうちドネツク州とルガンスク州では、ロシア連邦への編入を求める分離独立派が実効支配している。それぞれ「人民共和国」を名乗っているが、国家承認をした国はほとんどない。なぜ、この時期、このタイミングで、プーチン・ロシア大統領は、ウクライナ国境周辺に部隊を集結させたのか。国連が「オリンピック停戦を宣言した「にもかかわらず」ではなく、「それゆえに」というべきだろうか。そもそもロシアは、ウクライナ東部の2つの州について、ロシアの「国内問題」という立場だから、そこの住民に危険が生ずるおそれありと判断すれば、自国民保護のための武力行使として軍事介入する構えである。オリンピックに世界の目が集中する時期を選んで緊張を激化させれば、より効果的という読みだろう。もちろん、オリンピックも政治の手段。プーチンにとって、15歳のワリエワ選手を含め、自国アスリートたちも自らの政治的コマにすぎないのだろうか。

ふと思う。もしトランプだったらプーチンは同じ対応をとっただろうか。かつて安倍晋三首相(当時)を手玉にとったプーチンは、バイデン米大統領ならばこう出るだろうという予測のもと、瀬戸際・寸止めの手法を駆使しているのだろうか。だが、存外、バイデンは本気にみえる。状況はきわめて危ういといえる。
   米大統領補佐官が「ロシアが16日午前3時にウクライナに侵攻する」と日付まであげて「予告」を行ったのは、米国が戦争を過度に煽ったように見えるほど、ロシアは際どい情報を米国につかませていたと推測される。かつてプーチンはKGB要員であり、心理作戦のプロであることを忘れてはならない。プーチンには、首脳会談に遅刻することすら緻密な計算の上である。かつて、これに安倍も引っ掛かり、日本の利益を著しく損なう結果をもたらしたことは、いまいましく想起される

 

ドイツはヘルメット5000

  オリンピックの中継が行われる一方で、2月上旬、バイデン政権は、第82空挺師団の精鋭1700人をポーランドに派遣し、さらに3000人を増派した。ロシア軍に軍事的に対抗できるような規模では到底ないが、政治的メッセージのための象徴的派遣といえる。英国は、ウクライナに対戦車兵器を提供した。バルト三国も対戦車ミサイルや地対空ミサイルを供与した。これに対して、ドイツは軍用ヘルメット5000個を送ることを発表した。これにウクライナ政府は大きく落胆したと報じられた(1月27日時事)。ドイツは武器輸出国だが、相手国の人権状況や武器管理ルールのほかに、紛争当事国であるかどうかもポイントであり、ショルツ政権は、ウクライナには「殺傷兵器」は援助しないという立場を明確にしている。それでも、15000万ユーロの資金援助と、バルト三国のリトアニアに、ドイツ連邦軍の部隊350人と、6両の自走155ミリ榴弾砲(PzH2000)を派遣して、間接的な支援の形を示している(heute vom 14.2)。
  冒頭右の写真は、Der Spiegel201756日号の表紙だが、これは当時、国防大臣だったフォン・デア・ライエン (現在、欧州委員長)を皮肉ったものである。いまはEUを代表する顔だが、15年前は連邦軍内部に極右的傾向が生まれたことについて批判されていた。今回、ドイツのヘルメット5000個を象徴する「絵」として、脈絡は異なるが5年前のものをここに掲載する。


よく似ている「開戦の口実」

さて、 218日、バイデン大統領は、21日からの週に、キエフを含むウクライナを攻撃することをプーチンが決定したと「確信している」と述べた(Süddeutsche Zeitung vom 19.2)。国防総省によると、ウクライナ国境にいるロシア軍の約4050パーセントが攻撃発起位置についたとされる。国境にはまだ約15万人がおり、約125の戦術群で構成されているという。プーチンはロシア軍の撤退映像を流したが、ピンクとブルーの照明に彩色された鉄橋を、装甲車両を積載した列車が通過する、ロシア国防相提供の映像(TBS報道特集2月19日)は、あまりにわざとらしく、不謹慎ながら笑ってしまった。

しかし、事態は深刻である。「ドネツク人民共和国」は、住民230万のうちの70万人がロシアに避難していると公表した。プーチンは、避難民に対して、食料や医療の提供のほか、一人あたり10000ルーブル(114ユーロ)を供与するように命じたという。同じく218日、ドネツクの分離主義者の政府建物近くで自動車が爆発した。負傷者はいないというが、これはタス通信が流した。また、少なくとも295人の民間人の遺体を含む「集団墓地」が発見されたというニュースも流れている(以上、SZ同)。いよいよ「謀略」が始まったようである。。

この記事を読んで、私には既視感がある。23年前、在外研究のため、ケルン・ボン空港に着いた日に、NATO軍によるユーゴ「空爆」が始まった。いまも大衆紙(Bild)の真っ赤な大見出し(「ヨーロッパの戦争」)が忘れられない。住民の遺体のショッキングな映像や写真が流れ、これはセルビア人武装勢力が殺戮したとされた。そのため、虐殺を防ぐには「空爆」しかないという空気がつくられた。「空爆」から5年目の時点での直言「「コソボ戦争」5周年から引用する。

…国連決議もなく、また自衛権の行使ですらない「空爆」について、当時、大規模な人権侵害をやめさせるためには「他に手段がなかった」という言い方がなされた。J・ガルトゥングはこれを「TINA(There is no alternative.)理論と皮肉った。かつての反戦派政治家たちが、「TINA」を理由に始めた戦争である。ある政治家は、問われているのは「ノーモア・ウォー」ではなく、「ノーモア・アウシュヴィッツ」だと感情的に叫んだ。ミロシェビッチ・セルビア大統領がヒトラーに例えられもした。だが、78日間の「空爆」が終わってみれば、コソボ問題は解決に向かうどころか、憎悪の連鎖をさらに深める結果となった。「空爆」は、コソボ紛争解決のための適切な手段でなかったのだ。…

 紛争当事者にとって、住民の遺体の写真・映像は宣伝の道具となる。双方が「ジェノサイドだ」といった激しいレッテル貼りが始まる。湾岸戦争でも、コソボ戦争でも、イラク戦争でも、メディアが武力行使への空気を醸成し、世論をその方向に動かすことに深く関わったことが想起されねばならない。戦争が起こるたびにメディアは「反省」を繰り返してきた。今回のウクライナ危機では、オリンピック報道と並行して、また当事国の情報操作もあって、妙な楽観論が流れている。「瀬戸際・寸止め」の手法から、本格的な武力行使のハードルが下がっていることの危うさに気づくべきである。では、なぜ、プーチンはウクライナのNATO加盟にこだわるのか。

NATOの東方拡大

集団的自衛権システムであるNATOは「北大西洋条約機構」の略である。1949年に創設された時は、加盟12カ国は一部を除き大西洋に面した国々だった。195511月、ドイツが再軍備をしてNATOに加盟すると、これに対抗して、ソ連と東欧諸国によって「ワルシャワ条約機構」(WPO)が結成されたことは、高校の世界史でも習うだろう。1991年にソ連邦が崩壊し、加盟国のほとんどがNATOに加盟する。これが冷戦後の1999年に始まる「NATOの東方拡大」である(この写真はドイツ放送(DW)2022212より)。
  この流れでいけば、ウクライナのNATO加盟は当然の帰結のようにも見える。だが、ことはそう単純ではない。ドイツの保守系紙(Die Welt vom 10.2.2022)によれば、いま、世界秩序は欧州連合(EU)、米国、中国、ロシアの4つのアクターによって決定されており、これらの間の関係は複雑である。ウクライナ紛争にそれが反映している。ヨーロッパと米国はロシアと中国に対抗している。しかし、ヨーロッパは米国と一枚岩ではなく、ロシアとの関係を重視する国もある。

ドイツとフランスはバイデンと完全な同一歩調をとっていない。まず、214日にマクロン仏大統領がモスクワを訪れ、プーチンと会談している。両首脳は長~い机の両端に座り、過剰な距離感が演出されている。プーチンからは「悪化やエスカレートはないという確証を得た」とマクロンは述べた。翌15日にはドイツのショルツ首相がプーチンと会談している。ショルツは「国家間の問題は対話を通じてのみ解決できる」とプーチンに問うた。両首脳ともに、バイデンの強行な姿勢とは明らかに距離をとっている。

ドイッチェ・ヴェレ(DW)の「ウクライナ:NATOの待合室で永遠に?」(Ukraine: Ewig im Wartesaal der NATO?)は興味深い。ウクライナがNATO加盟国になれば、ロシアのウクライナへの攻撃は、全加盟国に対する攻撃として扱われる(NATO条約5条)。ウクライナの加盟は、国連安全保障理事会の常任理事国として拒否権をもつ核保有国のロシアを刺激することになる。20年ほど前、ブッシュ米大統領はウクライナの加盟に動いたことがある。NATOの「東方拡大」である。ブッシュは、2008年にブカレストで開催されたNATOサミットにウクライナ加盟を提案した。プーチンは、「加盟義務に第5条が含まれる軍事ブロックが国境に近づくことを、わが国の安全に対する直接の脅威と見なす」と反発した。このとき、ドイツのメルケル首相とフランスのサルコジ大統領が加盟を阻止した。メルケルはウクライナのNATO加盟を「時期尚早」と見なしていた。ロシアを不必要に苛立たせないこと、東欧を不安定化させる危険をおかさないことを重視したのである。
  2018年、NATOはウクライナに加盟候補の地位を正式に与えた。だが、ウクライナは加盟に1インチも近づいていない。ロシアの侵略の脅威のためである。紛争状況にある新メンバーは受け入れないというNATO内の基本的コンセンサスがあることが大きい。
  ショルツは、ウクライナに同盟の自由な選択を強調しているが、同時に、ウクライナのNATOへの加盟は「議題ではない」ことを明らかにしている(SZ vom 14.2)。


「ミンスクⅡ」合意の重要性

20149月の「ミンスク合意」は、ロシア系武装勢力の支配地域での停戦と、この地域の自治を承認するものだった。この合意文書は、ロシアとウクライナ、ドネツクとルガンスクの指導者、それと欧州安全保障協力機構(OSCE)の代表によって合意された。しかし、これは守られなかった。

2015211日、ベラルーシのミンスクで再交渉が始まった。これには、プーチンとウクライナのポロシェンコ大統領、ドネツクとルガンスクの指導者のほか、ドイツのメルケル首相とフランスのオランド大統領が加わった。メルケルの自伝、Ralph Bollmann, Angela Merkel: Die Kanzlerin und ihre Zeit, 2021によれば、1830分に始まった協議は延々と続き、翌12日朝630分に一端合意したが、メルケルによればその後もプーチンとの電話を含む細かな対応が続き、2時間後にようやく、文書の修正なしに合意したという。メルケルとオランドが午前11時頃に記者会見をして、合意を発表した。「睡眠抜きで17時間の交渉」となった。プーチンが「人生のなかで最もハードな夜」と語ったほどだった(S.479)

プーチンをしてそこまで言わしめた文書が「ミンスクⅡ」である。ロシア系住民の自治権を認め、軍事的な対立に終止符をうつとともに、ドネツクとルガンスクの自治権強化のためのウクライナ憲法の改正まで含むものだった。興味深い論点を含むがここでは立ち入らない。ただ、この「ミンスクⅡ」はその後も遵守されず、今回、プーチンは武力を使って合意の前提を脅かしている。困難な道だが、この合意が重視されねばならない。ウクライナで、80年前に起きた「戦争の惨禍」が再び繰り返されてはならない。とここまで書いてきて、テレビのニュースは、「ドネツク人民共和国」で徴兵のための総動員令が発せられたと伝えている。 

《文中敬称略》
【2022年2月19日(土)午後10時20分脱稿】
トップページへ