「大本営発表」はロシアだけではない──メディアが伝えないウクライナの「不都合な真実」
2022年3月21日

戦争報道「現実」

6時からのNHK BS1の「ワールドニュース」 では独・英・仏(順番は日によって変わる)に続き、ロシア・トウディ(RT)が流れた。ロシア軍の公式見解がこの人の口から出てくる。西側のニュースのエキサイトした報道のあとに、落ち着いた口調で、西側と異なる評価を述べていく。ロシア国防省報道官のイーゴリ・コナシェンコフ陸軍少将、55歳。工学部卒。防空軍事アカデミー(98年)修了の理系である。2003年に北カフカーズ軍管区広報部長に就任して以降、一貫して広報分野で活動し、2011年以降は国防省の情報・報道部門の責任者を務める。シリア内戦でも報道対応を一手に引き受けたベテランである。表情を動かすことなく、淡々と語る。西側メディアの残酷なシーンを頭に刻んでから、この人の語りを聞くと、その落差に愕然とする。特に39日、ウクライナ東部マリウポリで、産科・小児科専門病院が攻撃され、分娩途中の女性が下半身を血でそめながら担架で運ばれる場面を、各局のニュースで何度も見せられた後に、コナシェンコフ報道官が、「ロシア軍機はマリウポリの地上目標に対する攻撃を一切行っていない」「これは反ロシアの誇大宣伝を維持するために完全に仕組まれた挑発行為だ」と語る姿を見て驚くばかりだった(AFP310)310日、トルコで行われたロシア・ウクライナ外相会談のあとの記者会見で、ラブロフ・ロシア外相がこの病院のことについて言及。「あの病院はずいぶん前から過激派に占拠されていた、「我々は他国を攻撃するつもりはないし、ウクライナも攻撃していないと語る場面が「サンデーモーニング」で流れると、司会の関口宏が感情を露わにしたのが印象的だった(写真はTBS「サンデーモーニング」313日より)

  スタジオで「図上演習」vs局内からの抵抗

 ロシア・トゥディを見ていて仰天する場面があった。2月25日夜のニュースで、一人の記者らしき人物がスタジオに足早に入ってくる場面が流れ、突然、スタジオを上から映した映像になる。息をのんだ。床にウクライナの地図がセットしてあり、それをキャスターと解説者がとりまく。まるで軍隊の戦術教育の兵棋(へいぎ)演習か、あるいは現代における図上演習(CPX)のようである。一人のキャスターが統裁官よろしく、地図の上を歩き回り、ロシア軍の展開について解説していく。字幕は刻々変化するが、この写真の字幕には「ルガンスク人民共和国:ルガンスク人民共和国の人民民兵の部隊はすでにドネツ川対岸に」とあり、次の画面では、その後の侵攻方面が出てくる。ちなみに、自衛隊では「指揮所演習」という。例えば、2014年12月に沖縄のキャンプ・コートニーで実施された日米共同方面隊指揮所演習(ヤマサクラ79)の一場面をクリックしてご覧いただきたい(海兵隊ホームページ)。メディアが完全に軍の「目線」(私は嫌いな言葉だが)になってはいないか。このような形でロシアの視聴者に対して、「我が軍は赫々(かっかく)たる戦果をあげ、キエフ方面に進出中」という「大本営発表」モードのニュースを流しているのだろう。 

  これに対して、314日、ロシア国営放送「第1チャンネル」夜9時の看板ニュース番組「ヴレーミャ」の放映中、ニュースを読み上げるキャスターの背後で、女性職員が「NO WAR 戦争を止めて プロパガンダを信じないで、ここであなたは騙されている。ロシア人は戦争に反対する」と手書きした紙を掲げ、戦争反対を叫んだ。画面は5秒あまりで別映像に切り替わったが、SNSの時代は「放送事故」扱いにすることは不可能で、この画面は動画で全世界に拡散されていった。政権に忖度する日本の「国営放送」も、9時の看板ニュース番組でこれを伝えた。必死で反戦の意思表示を行ったのは、制作局で番組編集を担当するマリーナ・オフシャンニコワさん。フランスF2の夜8時もトップニュースで、キャスターは、「マクロン大統領は彼女をフランスが保護すると提案しています」とまで述べた(冒頭左の写真参照)

TBS「ニュース23」もトップで伝え、オフシャンニコワさんが事前に収録していた動画を詳しく紹介した。「私の父はウクライナ人で、私の母はロシア人だ。2人がいまだかつて敵同士であったことはない」と語りながら、首筋のネックレスがそれを象徴しているという。そして、「クレムリンのプロパガンダに手を貸しながら第1チャンネルで働いたこと」、「テレビに嘘が流れるのを放っておいたこと」、「ロシア人がゾンビ化するのを放置してきたこと」について恥じているという。「私たちロシア人は考え続ける知的な人間だ。この狂気をくいとめるのは私たちの力しかない。抗議活動をしよう」と力強く結んでいる。完全コントロールしたはずの国営放送にメンツをつぶされたプーチンの怒りと怨念はすさまじいだろう。当面は罰金刑ですんだようだが、放送局における処分は免れず、さらには秘密警察による日常的な監視下に置かれ、命の危険もある。ロシアの内部から「プーチンの戦争」に反対する声があがっているが、先々週の「直言」で紹介した、科学アカデミーの研究者などによる戦争反対声明は、ネットから消えてしまった。やはり一週間少しで削除されたようである(直言「「プーチンの戦争」に反対する――ロシアの研究者と弁護士の抗議声明」)


NHKからロシアのTVが消えた?

ロシアの「大本営発表」もほころびを見せてきたようだが、日本のNHKBS1「ワールドニュース」に、先週から変化が見られた。それは311日(金)6時からの枠を最後に、ロシア・トゥディが見られなくなったのである。そのかわり、315日(火)からウクライナ公共放送(使用言語は英語)がその位置に入った。ウクライナのニュースは激しいトーンでロシア軍の蛮行を伝えているが、はたと困った。ロシア・トゥディがないために、各局ともに、ほぼ同じ映像について、ほとんど同じトーンで報道される。番組表で6時台のニュースをチェックすると、すべてウクライナ公共放送になっている。この何年もの間、英・仏・独と並んで、次はロシアとなっていたものが変わってしまった。ロシア制裁に力を入れる政府に忖度して、ロシアの「大本営発表」番組をなくしてしまったのか。視聴者が「比較」と「批判」の視点をもつことが特に重要な時に失うものは大きい。しばらくの間、どこかの国の放送時間を短縮するかなどして、ウクライナとロシアのものを続けて流すという配慮が、公共放送として必要だったのではないか。

 

「大本営発表」はどこにでも――ウクライナ側の「不都合な真実」

  戦争は一度始まってしまうと、刻々と変化する「戦況」報道に彩られてしまう。224日以降のテレビ報道は、ウクライナ侵攻の「戦況」報道一色で、登場する「識者」も、防衛省関係者、大学教員でも国の安全保障関係の機関で働いた人たちがほとんどで、政府寄りの広報と化している。TBS「報道特集」を例外として、特派員も国の退避勧告に行儀よく従って、現場にほとんど滞在しない時期がかなり続いた。しかも、SNSを含めて、どこの局も同じような映像を使い回している。建物が破壊された場合、それが巡航ミサイルか、榴弾砲か、航空機からの爆弾なのかを区別できる視聴者はいないだろう。住宅から救出される老人、泣き叫ぶ親子、ぬいぐるみを抱える子どもの涙。耐えがたい映像は、間違いなく、人々が暮らす都市が戦場になっているという事実を示している。建物の破壊や人の殺傷は「空爆」(「空襲」とはいわない)なのか「砲撃」なのか。SNSの時代、素人が撮影した動画が主要メディアにそのまま流れる。

  この「直言」のスタンスは明確である。「「国際の平和及び安全の維持に関する主要な責任」(国連憲章24条)を負う安全保障理事会の常任理事国であるロシアが、自ら「平和に対する脅威」「平和の破壊」「侵略行為」の主体となる」と断罪するものである 。その上で、なぜ、世界中から孤立することを承知の上で、プーチンがウクライナに侵攻したのか。その背景にある問題への視点が必要だろう ここで3つの論点を指摘し、検討を加えたい。

1に、ロシアがウクライナに侵攻する際の根拠として、集団的自衛権を持ち出していることである221日にドンバス地域の「ドネツク人民共和国」と「ルガンスク共和国」の国家承認を行い、二国からの要請に基づき、国連憲章51条に基づいて集団的自衛権を行使したことを、224日付で国連事務総長に通知をしている(通知文書はここから)。プーチンの理解では、ロシア軍の「特別軍事作戦」は、国連憲章に従った適法な行動だということになっている。もっとも、その解釈・運用には大いに無理があり、ロシアの国際法学者であっても、プーチンのこの解釈を肯定できる人は少ないだろう。
  なお、316日、デン・ハーグの国際司法裁判所(ICJ)は、ウクライナに侵攻したロシアに対して軍事行動を直ちに中止するよう命じた(賛成13、反対2)。ICJ所長は、「ロシアによるウクライナでの武力行使を深く懸念しており、国際法上の非常に深刻な問題を提起している」と指摘した(ロイター317日)。


ロシア系住民への抑圧――「国家語としてのウクライナ語の機能保障法」

 第2に、プーチンによれば、ウクライナのロシア系住民が「ジェノサイド」にあっており、それは極右民族主義者、ネオナチによるものだという。この点で、ロシア国民向け演説をもう一度みておく必要がある。プーチンの妄想と断ずる向きもあったが、よく読んでみると、そこには、この30年、あるいはこの8年の時の経過のなかで、ロシアとプーチンが置かれた複雑な状況が見てとることができるだろう

  いま、世界中が「ロシアは悪」でまとまっているが、慎重に歴史を振り返れば、とりわけこの8年間、プーチンもいうように、ウクライナ政府によるロシア系住民に対する差別や抑圧は看過できないものだった。ゼレンスキー自身とその政権に問題のあることは、西側各国も認識していた。この大統領は「かなり危ない」。各国の議会で、オンライン演説をしているが、歴史認識や状況判断には相当問題がある。メディアはいま「戦況」報道真っ只中で、そのことに沈黙しているが、これでは、もう一つの「大本営発表」になってしまうおそれはないか。

 ロシア文学者の上田洋子さんは、苦渋に満ちた言葉を発している。タイトルは「ロシアの右傾化、ウクライナの挑発」(『毎日新聞』デジタル2022年3月11日)である。ウクライナ側にも問題があり、それが「挑発」となってロシア侵攻につながったことを慎重に指摘している。もちろん、だからといって、ロシアによる残虐行為を正当化するものでは断じてないが。

  ウクライナ政府の問題は、ロシア系住民への抑圧政策である。その点で、『フランクフルター・アルゲマイネ』紙(2022118日付の女性編集委員の分析は興味深い。タイトルは「ロシア語を圧殺する」。2019年に制定された言語法(「国家語としてのウクライナ語の機能保障法」)が施行されたが、これはロシア語を話す市民にとって抑圧的に作用している。映画はウクライナ語の吹き替えとすること、病院、薬局、レストランなどでは、患者や客に対してウクライナ語で話しかけること、ロシア語の新聞は継続できるが、ウクライナ語版を同部数発行しなければならないこと(不採算となり、発行が困難)、書店に並ぶ書籍の半分以上はウクライナ語であること、テレビ番組はすべてウクライナ語ないしウクライナ語の吹き替えが必要となること、ただし、ブルガリア語やタタール語などの少数言語、EUで使用されるすべての言語および英語は、新聞、テレビ、書籍などで自由に使えること、等々。明らかにロシア語を話す人々だけをターゲットにした差別的取扱いである。この女性編集委員は、現在のウクライナを、「特定の言語での報道出版を実際に禁止した最初の国」と評している。前述の上田さんのいう「挑発」のあらわれといえるのではないか。

このロシア系住民に対して抑圧的に作用する言語法については、制定後まもない2019年316日、国連の安全保障理事会がロシア代表団の要請で招集されて議論している難しい問題だが、ウクライナ国内の言語問題はプーチンの「特殊作戦」の正当化にならないことは言うまでもない。ここで強調しておきたいことは、安易なウクライナ語ナショナリズムに流されず、ウクライナのロシア語話者に配慮する視点を持ち続けるべきだということである。


「極右・ネオナチ」の浸透――「義勇軍」は世界大戦につながる導火線に

 3に、「アゾフ連隊」(大隊から昇格)という名の、正規軍ならざる武装組織の存在である。ウクライナ内務省が管轄する準軍事組織「国家親衛隊」に所属とされ、アゾフ海沿岸地域のあのマリウポリを拠点とする。このことから、39日のマリウポリの産科・小児科病院の惨状について、ラブロフ・ロシア外相による「あの病院はずいぶん前から過激派に占拠されていた」という発言がまったくの嘘であると、この段階で断定するすべはない。なお、「アゾフ連隊」(Azov Regiment)で画像検索をかけると、このようなおぞましい写真がたくさん出てくる。

  IWJ(岩上安身代表)はウクライナ問題について重要な視点を提供しているが、「アゾフ連隊」のこともかなり前から追っている。例えば、IWJが紹介する中東カタールの「アルジャジーラ」31日の「アゾフ連隊のプロファイル」に注目したい。それによれば、「アゾフは極右の志願歩兵部隊で、約900人の隊員は超国家主義者で、ネオナチや白人至上主義の思想を抱いているとして非難されている。」と。また、国連も、「アゾフ連隊」による人権侵害や拷問について把握しており、国連人権高等弁務官事務所の「ウクライナの人権状況に関する報告(20151116日~2016215日)」で、この組織の国際人権法違反を告発している (マリウポリのケースは28-29頁、国際人権違反の認定は30頁以下参照)。さらにIWJによれば、日本の公安調査庁も、「極右過激主義者の脅威の高まりとの国際的なつながり」のなかで、「アゾフ大隊」を「白人至上主義」や「ネオナチ思想」を有する「ネオナチ組織」(注)として明確に認識していることがわかる(プーチンの妄想ではない)。

    「アゾフ連隊」を使うゼレンスキー大統領は、18歳から60歳までの男性に国外への脱出(避難)を禁ずる国家総動員令を発した。上記の写真の右方にある木製の銃を使って住民を訓練しているのは、「アゾフ連隊」のメンバーとされている。歴史的にウクライナはロシアとの関係で複雑な歴史をもつ。独ソ戦の時、ヒトラーを歓迎して、ソ連軍と戦ったウクライナ人もいて、656万人も死んでいる。「歴史的悲劇の国」ウクライナをこれ以上苦しめないためにも、一刻も早い停戦が必要である。ただ、プーチンは、ゼレンスキーを「ネオナチ」と呼ばず、交渉の対象にする気配が見えてきた(316日現在)。だからこそ、「アゾフ連隊」のもとに「外国人義勇兵」が加わることは、さらに問題を複雑化させる危険がある。ドイツではネオナチが「外国人義勇兵」に参加を企てていることがすでに懸念されているもちろん、ロシア政府の自称する「非ナチ化」は「特殊作戦」を正当化しない。しかし、それにわずかでも説得力を持たせてはならないし、現実に西欧の極右・ネオナチがウクライナで実戦経験を持つことになれば危険極まりない。

   「ウクライナの外国人義勇兵増加で高まる、世界的なテロリスク」 (DIAMOND Online 2022316)によれば、もともとウクライナは白人至上主義など極右過激主義者が集まる聖域で、世界55カ国から17000人を超えていたという。そこに2万人を超える「義勇兵」が加わればどうなるか。ロシア軍も市街戦馴れしたアサド政権下の傭兵を投入しようとしている。ネオナチが入り込んだ準軍事組織と「非ナチ化」を建前にしたロシア非正規部隊との「世界観戦争」となれば、今以上に多数の市民を巻き添えにした、血みどろの乱戦になる可能性がある。下手をすれば、第三次世界大戦の導火線になりかねない。義勇兵による戦闘が本格化する前に、一刻も早く、停戦に向かうような交渉を行うと同時に、プーチンとゼレンスキーの直接会談が必要である。仲介できる国として、フランス、ドイツ、トルコ、イスラエル、インド、中国があげられている。そこに日本はない。岸田文雄政権の存在感のなさというよりは、プーチンを「増長」させるのに貢献した安倍晋三政権の愚行によって、対露関係について日本が世界から信用を失ったという経緯も「不都合な真実」だろう。 2022317日脱稿》

《付記》 2022年4月9日、本文でリンクした公安調査庁のホームページから、アゾフ関係の記述が削除されました。それにより本文とリンクが整合しなくなりましたが、そのままにします。なお、削除された文章は次の通りです。
「2014年、ウクライナの親ロシア派武装勢力が、東部・ドンバスの占領を開始したことを受け、『ウクライナの愛国者』を自称するネオナチ組織が『アゾフ大隊』なる部隊を結成した。同部隊は、欧米出身者を中心に白人至上主義やネオナチ思想を有する外国人戦闘員を勧誘したとされ、同部隊を含めウクライナ紛争に参加した欧米出身者は約2000人とされる」      (2022年4月11日追記)

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