有権者はいつまで「沈黙」を続けるのか――コロナで広がる「黙」の世界
2022年6月27日

「黙」が増殖中
「黙読」、「黙想」、「黙祷」、「黙礼」…。これらは社会生活のなかで普通に使われてきた。「黙考」となると「沈思黙考」という形で使われることが多く、単独ではあまり見かけない。「黙秘」は、逮捕された被疑者が「黙秘します」という形で、まさに黙秘権(憲法381項)の世界である。「黙認」は本来認められないものを、あえて見逃すこと。安倍第2次政権発足からまもなく10年。政権中枢(配偶者を含む)の不正や犯罪が「なかったこと」にされるようになって久しい

  「黙殺」という言葉は思わず使ってしまって、ひどい結果をもたらすことがある。歴史的に最悪の使用例がある。1945726日にポツダム宣言が出されると、政府は、「何ら重大な価値あるものに非ずとしてこれを黙殺する」という態度をとった(『朝日新聞』1945年728日付1面、見出しは「政府は黙殺」)。これが広島・長崎への原爆投下につながったことはよく知られている。岸田文雄首相の口癖である「検討する」だったら結果はどうだったろうか。
   現代のコロナ禍では「黙」が増殖している。2年ほど前から、大学周辺の行きつけの店の壁には、「黙食」というポスターが貼られている。コロナ前は院生や学生にここでランチをおごることもあったが、いまではほとんどない。ちなみに、613日付で福岡市教育委員会は、給食時の「黙食」を見直す通知を出したという(『毎日新聞』614日デジタル版)。

  大隈講堂横の喫煙スペースには、「黙煙」という表示があり、思わず携帯で写真を撮ってしまった。さすがにマスクをして一服はできないから、喫煙族にとっては、何ともさみしい話ではある。
  昨年の夏前からフィットネスジムに通っているが、ルームランナーやアブドミナルなどをやる時でもマスクを外すことはない。息苦しいが、1年近くやってなれた。都内のジムには「黙筋トレ」という標識があるそうだ(読売新聞202129)。銭湯の「黙浴」などと合わせて「黙活」というそうである。

 人の行動を先回りして、考えうる行動にさらに「黙」を徹底しようと試みたのが、岡山商工会議所のGOMOKU5つの黙である。目的は一にも二にも「職場内の感染の防止。「黙食」「黙煙」まではすでに書いたし、「黙飲」もその延長として理解できるが、さすがに「黙歯磨き」に「黙化粧直し」は私の想像を超えていた。

  検索で「黙働」(広島県東広島市がヒットした。「黙働流汗清掃」だそうである。かつて6年間、この東広島市に住んだが、当時の広島の管理教育には疑問がつきなかった。それについては、「虚構市立不条理中学校」(清水義範)で始まる拙稿「戦後教育と憲法・憲法学」(樋口陽一編『講座・憲法学』別巻(日本評論社、1994年)156-181頁)を参照されたい。「黙掃というものもあった。これらはコロナとは無関係に始まっていたが、コロナ禍ではより「効果」を発揮していることだろう。

 

二人に一人しか投票しない「民主主義国家」(その4

  今年12月で安倍晋三第2次政権発足から10年になる。この政権になってから、「有権者の半分ちょっとしか投票にいかない」選挙が続いている。このままいくと、710日投票の第26回参議院選挙も、低投票率で終わりそうである。8年前に直言「二人に一人しか投票しない「民主主義国家」」を出してから、直言「低投票率と「低投票所」――二人に一人しか投票しない「民主主義国家」(その2、直言「自民と維新の「改憲連立」?――二人に一人しか投票しない「民主主義国家」(その3)」と、ほぼ34年ごとに低投票率について書いてきた。より直接的に、直言「どうやったら投票率はあがるか――「マニフェスト」+「選択しない選択」で具体的に論じたこともある。

  衆議院議員の任期満了を前にして、菅義偉首相が突然辞任し、昨年の夏、メディアは自民党総裁選を執拗に伝えた。政党の党首選びに公選法129(事前運動の禁止)の適用は当然ないから、候補者たちはメディアに十二分に露出して自らをアピールできた。これが、秋の総選挙に向けての、自民党だけの「壮大なる事前運動」となったと私は考えている(直言「メディアを使った事前運動ではないか――総裁選から総選挙へ)

  自民党総裁となった岸田文雄は、「形が見えず軸が見えないスライム」のような人物であるとされる(伊藤惇夫『茨城新聞』511日付)。押しても、引いても手応えなしで、口癖は「検討する」だから、強い反発も出にくいわけである。選挙に向けて、ぼろ隠しのための「ステルス戦法」(都合の悪い事態が起きても頭を低くしてスルー)と「やってる感」戦法(例えば、「私の判断で出産一時金を大幅に増額する」と唐突に発表)を巧みに組み合わせて対応している。この10年で、メディアの追及力、批判力は圧倒的に低下しているから、人々はすぐに忘れていく。まさに、「大衆の受容能力は非常に限られており、理解力は小さいが、そのかわりに忘却力は大きい」(『わが闘争』)である。昨年の総選挙は、解散から投票日まで17日と、史上最短にされた。選挙運動期間が短ければ短いほど、不都合な事実が出てきても、大火になる前に投票日になだれこみ、野党共闘の急追をかわすことができる。実際、そうなった。今回の参院選についても、同じ手法が使われているように思う。メディアは投票日まで、選挙について必要最小限しか伝えないだろう。

  右のグラフは総務省のホームページにある国政選挙の投票率の推移だが、前回が48.80%だったから、このままいくと、今回の参院選の結果、日本は、「10人のうち6人が選挙に行かない民主主義国家」となりかねない。

 

「選べることは大事なんだ」(欅坂46「サイレントマジョリティー」)

 女性アイドルグループ欅坂46の「サイレントマジョリティー」(作詩:秋元康、作曲:バグベア、2016年)という曲があるのを遅まきながら知った。グループ名が「櫻坂46」に変わったことも知らなかった、この世界に無縁な私が、曲の歌詞を初めて読んで、かつ聴いて驚いた。6年前の曲だが、これはまさに、「今」ではないか。歌詞全体はここから見ることができるが、そのなかにこんな下りがある。


…どこかの国の大統領が

言っていた(曲解して)

声を上げない者たちは

賛成していると…

選べることは大事なんだ

人に任せるな

行動しなければ

Noと伝わらない

Yesでいいのか?

サイレントマジョリティ


「物言わぬ多数派」がすべてを決定する。昨年の今頃書いた直言「どうやったら投票率はあがるか――「マニフェスト」+「選択しない選択」」のなかに次のような下りがある。

…今度の総選挙で求められているのは支持政党を選択することではない。安倍・菅政権の8年近くをしっかり振り返った上で、安倍・菅政権の側にいる候補者を「選ばない」という選択をすることである。選挙区に自分の好みの候補者がいるかどうかは、この際あまり重視しない。立憲主義の前提を壊した政権の側にいる議員を選ばない。この「選択しない選択」によって、結果的に、その選挙区で政権側の候補者が落選するという結果が生れる。比例区では支持する政党に投票してよいが、選挙区では「選択しない選択」をすることが大切である。…

今回の参議院選挙についていえば、「現政権を支える党を選ぶな」に尽きる。それは連立与党だけではない。改憲や軍備増強について与党を焚きつける維新や、「批判ばかりして」という、議会制における野党の役割を踏まえない言説を吐きながら、予算案に賛成してしまった「癒党」も同様である。その意味では、「選択しない選択」より踏み込み、政権への「ノー」を選択することである。

「選べることは大事なんだ人に任せるな 行動しなければ Noと伝わらない」という言葉はとても大切だと思う。昨年の総選挙の時、私は次のように書いた

…テレビで流れた若者の声のなかに、「いいかげんな投票はできない。やり方もわからず、行かなかった」という声があった。若者は決して無関心なのではなく、けっこうまじめな人たちもいて、きちんと選挙についての意味が教えられ、具体的な政策などもわかりやすく提示され、時間さえかければ、「いいかげんな投票」ではない行動をする人々が出てくるのではないか。「組織票」にくくられ、会社や業界や宗教団体などの「しがらみ」のなかで、上から指示された候補者名を書くだけの受け身の大人たちに比べれば、悩んだ末に投票する若者たちの方がはるかに「立派な有権者」ではないか。若い世代が保守的になっているという数字や評価があるし、実際そういう面はあるが、若者には知識を吸収する力がある。…

最後にもう一度。「選べることは大事なんだ」。「物言わぬ多数派」よ、「人に任せるな」。

(2022年6月22日脱稿)

  《文中敬称略》

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