戦車と「戦争の犬たち」――「ウクライナ戦争」の背後で
2023年1月23日

『オデッサ・ファイル』と『戦争の犬たち』

生時代に、英国の作家フレデリック・フォーサイスの作品をかなり読んだ。その一つ、『オデッサ・ファイル』(篠原慎訳)(角川書店、1974年)は、読了とほぼ同時に、同名の映画(ロナルド・ニーム監督、英・西独1974年)も観た。主人公はフリーの記者で、元ナチ親衛隊(SS)の秘密組織「オデッサ」を追及して命を狙われる。映画では、主人公が電車の接近する地下鉄ホームから突き落とされるシーンだけが記憶にあり、以来半世紀、ホーム最前列に立たないようにするきっかけとなった。

翌年出版された『戦争の犬たち』(The Dogs of War)(同訳)(同、1975年)もすぐに読んだ。こちらは、アフリカの武力紛争で金儲けする白人傭兵の話である。同名の映画(ジョン・アーヴィン監督)(米国、1980年)の方もすぐに観た記憶がある。この2作品と映画パンフが自宅書庫にあったのだが、3年前に建て替えのため書庫とともにすべて処分してしまっていたので参照できなかった。 それにしても、1970年代の『オデッサ・ファイル』と『戦争の犬たち』がリアルに感じられる状況がいま、ウクライナで展開している。


関連する歴史グッズから

まず、この間に入手した「歴史グッズ」から見ていこう。冒頭左の写真のキャップはかなり前に入手した米国の民間軍事会社(PMC)「ブラックウォーター」のものである。暗転させた米国旗+PMCのワッペンをつけて、各国の軍用ヘルメットと一緒に紹介したことがある。ブラックウォーター社はイラクで17人の民間人を殺害してイメージダウンしたので、社名を変更した。軍の特殊部隊などから高給でスカウトされた「社員」たちが、武力紛争地域をマーケットとして活動している。ウクライナでも、米海兵隊元大佐が設立した民間軍事会社「モーツァルト・グループ」(Mozart Group、Група Моцарта)が活動している。なぜ、モーツァルトか。

実は、ウクライナでは、ロシアの民間軍事会社「ワグネル」が活動しており、この会社は西側では「ワーグナー・グループ」(Wagner Group)と呼ばれるが、ロシア語では「ワグネル」になる。ドイツの作曲家、リヒャルト・ワーグナーはヒトラーが好んだことで知られる。プーチンと懇意なオリガルヒのエフゲニー・プリゴジンがトップを務める。リビアからマリ、中央アフリカで相当ひどいことをやってきた会社で、まさに「戦争の犬たち」の見本である(この写真は、ドイツZDF2022年2月18日に紹介されたアフリカ・マリで活動中の「ワグネル」)。その「ワグネル」のワッペンを最近入手した。「PMC Wagner Group、Группа Вагнера」と表記されている現物である。冒頭左の写真は、米国「ブラックウォーター」と重ねて、世界の二大悪徳PMCを象徴させてみた。

冒頭右の写真は、同時に入手したウクライナ軍の野戦帽である。内側の布に、Вироблено в Україні 56 B & L м. Хмельницький(ウクライナ製、56[サイズ]、B &L[メーカー名]、フメリニツキー市)とある。この町はウクライナ西部にあり、そこで製造されたものだろう。帽子のすぐ下にあるのは、ウクライナのアゾフ連隊のシャツであり、黄色いパッチには「A30B」とある。この部隊の正式名称は、「ウクライナ国家警備隊アゾフ特殊作戦分遣隊」。その「名声」(白人至上主義とネオナチ思想との親和性)についてはすでに書いた。このマークは、ナチ親衛隊の第2SS装甲師団「ダス・ライヒ」の師団章(「狼の罠」(Wolfsangel))と酷似していることから、白ロシア(現・ベラルーシ)やポーランドだけでなく、フランスのオラドゥール村の凄惨な出来事も想起させる。「ダス・ライヒ」で検索すれば、おぞましい世界が確認できるだろう。ウクライナの「不都合な真実」は、ロシアのフェイクとして片づけられない深刻な問題であることが最近ようやく確認されるようになってきた(例えば、『軍事研究』2023年2月号58-59頁(北村淳)の指摘は重要)。

なお、冒頭右の写真の右下のワッペンは、チェチェンの「ロシア英雄A.A.カディロフ記念連隊」(СПЕЦНАЗ ПОЛК ИМ. ГЕРОЯ РОССИИ А.А.КАДЫРОВА)の肩章である。ラムザン・カディロフの父親の名前を冠した組織で、この連隊はウクライナ侵攻に参加し、その残虐性は広く知られるようになった。カディロフ首長は、核兵器の使用をプーチンに進言する強硬派である(「カディロフ」で検索! )。 というわけで、これらの「グッズ」は、ウクライナの民衆を苦しめているものを象徴する。


米国とロシアの民間軍事会社

民間軍事会社については、13年前の直言「戦争の「無人化」と「民営化」」で簡単に触れたが、後に論文「国家の軍事機能の「民営化」を考える――民間軍事会社(PMSCs)を中心に」で詳しく論じた(拙著『平和の憲法政策論』(日本評論社、2017年) 所収)。

「ベルリンの壁」崩壊後33年が経過して、「冷戦の終結」の終結を象徴する国家間戦争が始まったわけだが、NATOとロシアとの全面戦争となるNATO条約5条事態(集団的自衛権の行使)にならない寸止めの所で行われている特殊な戦争である。その一つの象徴が、両国の民間軍事会社の跳梁だろう。

「ウクライナに対する征服戦争でプーチンの最後の希望」である「ワグネル・グループ」は、「戦争で鍛えられた無節操な傭兵軍」である(RND (RedakitonsNetzwerk Deutschland)2022年8月18日のレポート)。現在、約5万人のワグネル傭兵がウクライナで戦っており、そのなかには、ロシアの刑務所から来た4万人の囚人がいるという。米国は、ロシアの傭兵グループ「ワグネル」を国際犯罪組織に指定する方針である。米国家安全保障会議の戦略広報調整官のジョン・カービーは1月13日、「傭兵とその支援者には追加の制裁を科す」と発表した。なお、1月20日、カービー調整官は、北朝鮮がワグネルに携帯型ロケットランチャーなどを提供したことで追加制裁を行うと発表した(『東京新聞』1月21日付夕刊)。

このワグネルに対抗して組織されたのが、米国の「モーツァルト・グループ」(Mozart Group、 Група Моцарта)である。なぜモーツァルトなのかはわからない(音楽の通だったら「ブラームス・グループ」となるのだが)。この会社は、米海兵隊元大佐のアンドリュー・ミルバーンによって、ウクライナ侵攻後に創設されたものである。国との関係はないとされているが怪しい。ウクライナがNATO加盟国ではないので部隊派遣はできないため、このような民間軍事会社の社員を送り込む形も追求されているのだろう。直接的な戦闘には参加していないとされ、侵攻初期の頃は、キエフ市民への軍事訓練を行っていた。住民の避難や救助、人道支援物資の配布などの活動も行っているという。だが、実際のところはわからない(ロシア兵殺害訓練の情報もあり)

英国BBCのレポートは映像がリアルである(2022年3月9日)。「モーツァルト・グループ」の求人広告には、「求む:多言語を操る元兵士とあり、報酬は日当最大2000ドル」と高額。勤務地ウクライナ。「救出」任務から後方支援までで、直接的な戦闘加入は表向き控えられている。ウクライナで現在、PMCの熱い市場になっている。「紛争地では殺傷力のある武器を使用しなければならない可能性が非常に高い」「民間請負業者になれるスキルがあれば、雇い兵になれるスキルもある。この2つの間に明確な線引きはない」と元英軍兵士の経験者は語る。

ロシアの正規軍よりも「ワグネル」が活躍しており、1月13日には、東部ソレダルを制圧したのは「ワグネル」の「貢献」が大きかったとロシア国防省も認めている(ロイター1月13日)。「ワグネル」の戦闘参加は、世界の民間軍事会社が加入する「民間軍事会社行動規範」(2008年)に抵触することは明らかである。業界内部での行動規範(Code of Conduct)であり、最初から限界があるが、そもそもこれに「ワグネル」が加盟しているかは不明である。

兵器供与の象徴となった「レオパルトⅡ」

私が北海道の大学に勤務していたのは冷戦時代で、陸自唯一の機甲師団である第7師団(東千歳)の3つの戦車連隊に加えて、第1戦車群まであった。当時は74式戦車が主力だったが、私が広島大学に移った後からは、90式戦車が配備され始めた。12年前の「直言」では、戦車は「終わったもの」という扱いだった。50トンもある90式は北海道でしか使えないしろもので、重量制限のある橋を渡れないからである。だが、2022年2月のウクライナ侵攻を大きな転機として、「陸戦の花形」戦車は終わったと見られていたが、俄然、世界の注目を浴びることになった。最も注目されているのが、ドイツ連邦軍のレオパルトⅡ戦車である。この写真は、2016年8月にドイツ東部ドレスデンのドイツ連邦軍の軍事史博物館で撮影したものである。

ウクライナ侵攻後、欧米諸国は武器供与を続けてきた。米国が先頭を走り、すでに185億ドルに達している。ドイツは2位で23億ドル、フランスの5倍近い。だが、金額的には上位の援助国だが、あえて戦車の供与に抵抗してきた。直言「わが歴史グッズの話(49)「プーチンの戦争」の不条理――兵器の在庫処分と新兵器の実験場」でも書いたが、ソ連時代の旧式兵器の供与から始まり、各国ともに「冷戦時代の兵器の在庫一掃」を行っている。環境における3Rと異なり、軍事ではリデュース(軍縮)はなく、リユースとリサイクルが中心で、リバウンド(新たな軍拡)につながる。ウクライナには、軍需産業にとってすばらしい市場が生まれたわけである。各国軍隊にとっても、新兵器の新規発注と開発に議会や世論の抵抗は少なく、追い風である(日本の防衛費43兆円を見よ!)。

ドイツが戦車を送らないのには歴史的事情がある。第二次世界大戦におけるドイツのティーガー(Tiger、虎)6号戦車が活躍したクルスク大戦車戦(1943年)はあまりにも有名である。戦後のドイツ連邦軍では、「ティーガー」は「永久欠番」の扱いで、戦車はレオパルト(Leopard、豹)が一番上で、自走対空機関砲ゲパルト(Gepard、チーター)、歩兵戦闘車はマルダー(Marder、貂[テン])とプーマ(Puma、ピューマ)と続く。

ウクライナ大統領のゼレンスキーは、「兵器を送れ」と激しい演説を各国の国会や国際会議で行い、特にドイツには、憤怒の表情で「レオパルトを送れ」といってきた。その「圧迫演説」はすさまじい。さすがコメディアン出身である。だが、ドイツのショルツ首相はしたたかで、決して「レオパルトを送る」とはいわない。昨年5月に「チーター」を送ったあと(後で弾薬の在庫切れになるが)、レオパルトⅡの供与には、言を左右にして応じなかった。直言「ユルゲン・ハーバーマス「戦争と憤激」──ドイツがヒョウでなくチーターを送る時代に」で書いた。その後、Pz.H.2000 155ミリ自走榴弾砲7両をウクライナに供与している(ドレスデンの連邦軍軍事史博物館で撮影したのがこの写真である)。自走砲がOKで、戦車がだめというのは確かにわかりにくい。最近、「貂」(マーダー)までは妥協の余地を示したが、首相は一貫して「豹」(レオパルト)には抵抗を続けている。


「レオパルトⅡ」で反転攻勢?――ドイツ世論の55%は供与に反対

 メディアもこぞってショルツ首相を批判し、野党のみならず、連立与党からも、社会民主党内部からもショルツ批判が激しさを増してきた。1月11日には、フランスのマクロン大統領が装輪装甲車AMX-10 RCの供与を発表。バイデン米大統領は歩兵戦闘車ブラッドレーの供与を検討中と表明した。1月16日、英国防省は、主力戦車チャレンジャー2を1個中隊分(14両)供与すると発表した。いよいよドイツへの圧力が強まるなか、1月19日に、ドイツのランブレヒト国防大臣が不手際を重ねて辞任して、一気に「レオパルトⅡ」供与に向かうかと見られていた。

1月20日、ドイツのラムシュタイン空軍基地で、ウクライナへの軍事支援を協議する会議が開かれた。米国の国防長官も出席したが、前日に任命されたピストリウス国防大臣は、ショルツ首相の意を受けて、レオパルトⅡの供与を認めなかった。手法としては、「先送り」である。レオパルトⅡの供与は、同クラスの米国のM1エイブラムスを供与すれば行うという条件を付けたのである。米国の圧力にショルツ首相は屈しなかった。

連立与党「緑の党」のホフライター(連邦議会欧州問題委員長)のような軽い政治家は、「ウクライナに、欧州各国にあるレオパルトⅡを供与せよ」と攻勢をかけた。「ドイツ製のレオパルトは現在、ヨーロッパ13カ国[注・実際は15カ国]に計2000両配備されている。そのうちの1割でもウクライナに届けば大きな力になる」と、好戦主義的姿勢を際立たせた。ポーランドやスウェーデンが供与の申し出をしているがドイツはまだそれに同意をしていない。スウェーデンとフィンランドのNATO加盟に応じないトルコのエルドアン大統領もしたたかだが、世界平和は高齢の老獪な政治家によって支えられているといえなくもない。

RTL・ntv・Forsa合同の直近の世論調査では、ドイツ人の56% がマーダー装甲歩兵戦闘車の供与に賛成しているが、55%がレオパルトⅡの供与に反対している。57%がウクライナの軍事的勝利を疑問視しているという(Die Welt vom 10.1.2023)。「緑の党」などの若い政治家たちが軍事的支援に熱をあげる一方で、ドイツの世論は冷静といえるだろう(1月13日の調査では賛成42%、反対46%TBS 1.22)。

 ゼレンスキーは新年の挨拶で、「領土奪還に向けて国民的団結を」と呼びかけた。ウクライナ軍の反転攻勢が3月以降に計画されているようである。どんなに国民に死者が増えても、領土奪還を達成する。ロシア軍は塹壕を軸とした防禦線をしいており、それを突破するには戦車が最低300両は必要というわけである。レオパルトⅡは複合装甲による強い防護力があり、120ミリ滑腔砲の強力な火力、そして装軌式(キャタピラ)にもかかわらず時速68キロは出せる機動力(燃費は不整地走行でリッター200メートルだが)をもつ。それが、この作戦には不可欠という判断である。

メディアも政治家も、攻勢転移のため戦車の供与の大合唱である。だが、ショルツ首相の孤軍奮闘は貴重である。兵器供与には8つのリスクと副作用がある。特に、兵器の供与は戦争・紛争を長引かせるとともに、ブラックマーケットからとんでもないところに最新兵器が流れる可能性も否定できない。「ひとたび輸出されると、政府は、誰が武器を使うかについてのコントロールを失う」。ドイツからクルド人勢力に供与されたミラン対戦車ミサイルが、2014年にIS(イスラム国)の所有物となったという事実もある(直言「武器供与のリスクと副作用」――「ウクライナ戦争」の半年」)。

ウクライナ支援をめぐっては、発想の転換が必要である。戦車を使った攻勢転移でロシアを撤退させて停戦に持ち込むというのは、それに伴う犠牲の大きさをだけでなく、21世紀の欧州における国家間戦争をどのように止めるのかという点からいっても、一時代前のアナクロニズムである。ゼレンスキーは世界的な軍拡推進のピエロと化している。両国の兵士の戦死者の数は6桁に達するともいわれ、ゼレンスキーの狙う3月攻勢(ロシアの西部戦線)が行われれば、すさまじい犠牲者が出る。その引き金となるレオパルトⅡの供与を止めるショルツ首相は、コロナ危機の初動で、大規模な救済プログラム(「ドイツのためのコロナ保護シールド」)を実施した、メルケル政権の財務大臣だった。そのメルケルがオランド仏大統領(当時)とともに、ゼレンスキーとプーチンを合わせて合意させた「ミンスクⅡ」のことをショルツは忘れていない。これはNATOではなく、欧州安全保障協力機構(OSCE)の枠組みで行われたものである。

いま、ロシア軍は組織も装備も指揮も士気も悲惨な状況になっている。戦死者の数が増えるだけ、プーチンへの批判は高まっていく(直言「戦争をいかに止めるか」)。侵攻直後に声を挙げたが、つぶされてしまった研究者たちの声明を想起しよう(直言「プーチンの戦争」に反対する――ロシアの研究者と弁護士の抗議声明」)。その結びにこうある。「わが国は、他の旧ソ連構成共和国とともにナチズムに対する勝利に決定的に貢献したにもかかわらず、いまではヨーロッパ大陸における新たな戦争を引き起こした張本人となってしまったことを、我々は痛苦の思いで自覚しなければならない。我々は、ウクライナに対する一切の戦闘行為を直ちに中止するよう要求する。我々は、ウクライナ国家の主権と領土的一体性を尊重するよう要求する。我々は、我らが両国のために平和を要求する。」と。

このようなロシア国内の、いまは可視化されていない声と国際世論とが連帯して、「直ちに停戦を」の声を広める必要がある。西側戦車を使ったウクライナ軍の3月攻勢を待つような態度はとるべきでない。即時停戦しかない。「ティーガー(虎)」戦車が参加してから80年。“kurusk panzerschlachat”で画像検索をかけると、上の写真が出てくる。ドイツ国民の多数が「レオパルト(豹)」戦車をウクライナに供与することになぜ反対しているのか。若い政治家には、「もっと歴史を! 」といいたい。

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