シュレーダー元首相は除名されなかった――ドイツ政党法と党員除名手続
2023年4月10日



※ 末尾に追記あり(5月18日)SPD連邦仲裁委員会が5月15日、シュレーダー元首相の除名を求める上訴を退け、除名なしが確定しました。

プーチンと親密な2人の元首相

ランプ前大統領が先週、会計報告の虚偽記載に関係する34の訴因で起訴されたことは日本でも大きく報道されたが(議事堂襲撃事件の煽動罪ではない)、ドイツの元首相、ゲルハルト・シュレーダーが、所属するドイツ社会民主党(SPD)の除名手続にかけられていることはほとんど知られていない。シュレーダーがプーチン露大統領と「超親密」であることが除名理由である(冒頭左の写真参照)。「ウラジーミル、君と僕は同じ未来を見ている。行きましょう。プーチン大統領」といって、27回という、G7の首脳としては桁外れのプーチン会談をもった安倍晋三のことが想起される(直言「安倍政権の「媚態外交」、その壮大なる負債」)および「「外交の安倍」は「国難」——プーチンとトランプの玩具」参照)。プーチンは安倍を「並外れた政治家」と讃え、「この素晴らしい人物の思い出は、彼を知るすべての人の心に永遠に残るであろう」といういう熱いメッセージを送っている(ロシアTV202278)。安倍がいまも存命ならば、シュレーダーと同様に、プーチンとの親密さを誇ったことが問題視されていただろうか。

シュレーダーとプーチン

   シュレーダーは1998年から2005年まで社会民主党(SPD)と緑の党の連立政権で首相を務めた。プーチンとの親密さにおいては世界一といっていいだろう(友好国ベラルーシのルカシェンコ大統領ともここまではやらない)。これらの写真は、2人の画像検索のスクリーンショットである。

   シュレーダーは「プーチンの長年の友人」で、パイプライン事業「ノルトストリーム」を推進し、その運営会社や石油大手会社の会長など、複数のロシア企業の役員を務めてきた。ウクライナ侵攻後も、その地位にある。ドイツ連邦議会は、昨年519日、議会内にあるシュレーダー事務所の使用権を停止する動議を可決した。事務所職員は、長年の側近を含めて、全員が辞任した。

   所属するSPDの内部からは、彼の処分を求める声があがった。SPDのザスキア・エスケン党首は、元党首であるシュレーダーに対して離党を求めた。だが、シュレーダーは応じなかったため、714日、SPDはシュレーダーの除名手続を開始した(AFP2022715)


ドイツ基本法21条と政党法

   ここで、ドイツの憲法が政党をどのように規定しているかについて簡単に述べておこう。政党がその党員を除名することについて、政党の側の「結社の自由」の問題として一面的に扱う傾きの強い日本とは異なり、ドイツでは、憲法にあたる基本法に政党条項がある。21条である。結社の自由の方は、基本法9条で定められている。

 基本法211項「政党は、国民の政治的意思形成に協力する。政党の結成は自由である。政党の内部秩序は、民主的諸原則に適合していなければならない。政党は、その資金の出所及び用途について、並びにその財産について、公に報告しなければならない。」

25項省略》

  重要なことは、政党は国家機関ではなく、社会団体(純粋な結社)でもなく、国家と社会を媒介する存在であり、憲法上の任務からすれば「憲法機関」とも評されるもので、それゆえ国政選挙への参加が決定的に重要となる。「国民の政治的意思形成に協力する」存在として、その設立の自由が保障されている。政党の自由は、対外的自由と内部的自由の双方を含む。前者は国家による侵害や干渉からの自由であり、後者は、政党内部の組織のあり方(内部秩序)について、「民主的諸原則に適合」していることが憲法上要請される。連邦憲法裁判所の裁判官でもあったコンラート・ヘッセの定評ある憲法テクストによれば、この原則は「政党の内部秩序を内容的に確定するという意味で政党の自由を制限し相対化するのではなく、逆に政党の内部的自由を確立しかつ保障し、結果的に、政治過程の自由を根底において確保しようとする」という積極的な意味をもっている(Konrad Hesse, Grundzüge des Verfassungsrechts der Bundesrepublik Deutschland, 20.Aufl.,1995, S.77f.)。

   では、ドイツの基本法がなぜ政党の内部組織のあり方にまで立ち入って定めたのかといえば、歴史的反対モデルの存在が大きい。ナチスの「指導者原理」と旧東ドイツの社会主義統一党(SED)の「民主集中制」である。これまた定評のあるクラウス・シュテルンの国法学の基本書によれば、「民主的な組織が要請するのは下から上への意思形成であって、その逆ではない。…「指導者原理」、あるいは、指導部の「独裁制類似」の地位は、これと合致しない」のである(Klaus Stern, Das Staatsrecht der Bundesrepublik Deutschland, Bd.l, 1984, S.446)。「民主的諸原則に適合」すると評価されるためには、「党員の共同決定と党員の地位および定期的に更新さるべき指導機関の民主的正当化」が重要である(Hesse, a.a.O., S.78)。基本法213(現在は5)を受けて1967年に制定された政党法は、その第2章で具体的にそれを定めている。

    一般の結社や社会団体と異なる政党という存在について、法がそのあり方を規定するというのはきわめて微妙な問題を含む。前述の政党の対外的自由(国家からの自由)にも関わるからである。私が40年前に初めて学会報告をしたのは、このテーマだった(「わが国における政党法制の憲法的問題性――西ドイツ政党法制との比較の視点から」『法律時報』19842月号24-36に掲載)。日本における政党法制定への動きを俯瞰しながら、西ドイツの政党国庫助成制度と政党の内部秩序規制(とりわけ党員の除名手続の規制)について検討したものである。30歳で初就職した大学に着任したその翌月に行った学会報告だったので、報告前の偶然の出会いを含めて、記憶は鮮明である。そのままこのテーマを追いかけていたら、私は違ったタイプの憲法研究者になっていただろう(直後に久田栄正氏と出会ってしまい、その体験を本にしてしまった!岩波現代文庫版はこちら)。

 

党員の権利保障と除名手続――三審制の「党内裁判所」

 40年前に私が政党法の問題を論じた際に特に重視したのは、政党指導部による党員の恣意的な除名をいかに防ぐかという、端的にいえば、党内手続に適正手続をいかに貫徹するかという問題意識だった。ドイツ政党法10条は、党員の権利について周到に定めており、除名をはじめとして、規律措置を行う場合の要件と手続を厳格に規定し、恣意的な権利の剥奪から党員を保護している。除名については4項と5項が重要である。

10条4項「党員は、故意に党則(規約)に違反し、又は著しく党の基本原則若しくは秩序に違反し、かつ、それによって党に重大な損害を与えた場合に限り、党から除名され得る。」

5項「除名については、仲裁裁判所規則の定める所轄の仲裁裁判所がこれを決定する。上級審たる仲裁裁判所への控訴は、保障されなければならない。決定は、文書でその理由を付して行わなければならない。直ちに措置することを要する緊急かつ重大な事態の場合には、政党又は地域支部の幹部会は、仲裁裁判所の決定があるまで、当該党員の権利行使を停止させることができる。」

 

    指導部の方針を批判したり、単にそれを外部に発信したりしただけでは除名とはならない。「故意に」党則(規約)に違反し、「著しく」基本原則に違反し、かつ、それにより党に「重大な損害」を与えた場合に「限り(nur)」除名されるわけで、この加重された構成要件をすべてクリアするかどうかが慎重に審査される必要がある。しかし、政党の場合、批判された指導部(指導者)が激怒して、その党員を追放しようとすれば容易にできる。そこで、政党法はあえて、指導部に除名の決定権を与えず、党内裁判所にその審査と判断の権利を独占させたのである。これが「政党仲裁裁判所」(Parteischiedsgericht)である。なお、各党が実際に党内に設置する際、「政党仲裁委員会」(Parteischiedskommission)という名称を使うことが多い。

141「政党又は地域支部と個々の党員との紛争並びに党則の解釈及び適用に係る紛争を調停し、裁決するために、少なくとも政党及び各最上位地域支部に仲裁裁判所を設置しなければならない。郡段階の2以上の地域支部のため、共同の仲裁裁判所を設置することができる。」

2項「仲裁裁判所の構成員は、最4年の任期で選ばれる。仲裁裁判所の構成員は、政党若しくは地域支部の幹部会の構成員、政党若しくは地域支部と雇用関係にある者又は政党若しくは地域支部から定期的に収入を得る者であってはならない。仲裁裁判所の構成員は、独立であって、いかなる命令にも拘束されない。

3項「仲裁裁判所には、一般的又は個別的に、関係の当事者が同数指名する陪席員を置くことを党則で定めることができる。」

4項「仲裁裁判所の活動のために、当事者に対し、法律上の聴聞、正当な手続及び不公平のおそれがある場合の仲裁裁判所の構成員の忌避を保障する仲裁裁判所規則を定めなければならない。」

  このように、法はそれぞれの政党に対して、党内裁判所の設置を義務づけるとともに、裁判所構成員には高い独立性を要求し、指導部の意向に沿った判断を下さないような細かな配慮を加えている。しかも、審級制を採用し、決定に不服な場合に上訴する権利を認めている。通常、郡、州、連邦の三審制をとる。党員は、政党仲裁裁判所の決定に対して不服の場合は、通常の裁判所に対して仲裁決定の取り消しを求める民事訴訟を起こすことができる (ドイツ民事訴訟法1059)。ここまで徹底した仕組みをとる以上、指導部が恣意的な除名処分を行って、批判的な党員を排除することは、ドイツではほぼ不可能に近いといっていいだろう。この制度は決して政党の自律性を侵害するものではない。私は40年前の学会報告では、「政党の自律性・団結性の要請と、党員の権利保障の必要との緊張関係の中で、両者の「調整」をはかるべきもの」と位置づけている(前掲・拙稿参照)。なお、ドイツ政党法をめぐる最新の研究として、今枝昌浩「ドイツにおける政党除名手続の法的規律――政党内民主主義と政党除名に関する一考察」(慶応大院『法学政治学論究』122号(2019年)137-170頁)参照のこと。


民主集中制を放棄したドイツ左派党の党則

    「党中央」に絶対的な権限を与えるソ連型の党、旧東の社会主義統一党(SED)は、レーニン型の党として当然のように「民主主義的中央集権制」(民主集中制)を採用していた。現在の左派党(Die Linke)はこのSEDに出自をもっているが、30年あまりの間に大きく変わった。「民主集中制」の放棄はもちろんのこと、政党法104項および14条に基づき、政党仲裁委員会を設置している(ホームページより)。左派党の仲裁委員会は手続規則も有している。左派党の党則(規約)を見て驚いたが、党員は党内グループ(Innerparteiliche Zusammenschlüsse)を自由に結成することができる(党則7)ワーキング・グループのようなもので、各級組織の垣根を超えて、自由に組織し、活動できる。分派を禁じたレーニン型の党だったSEDとは大違いである。

   なお、主要な政党の連邦仲裁裁判所の決定について、政党法研究のデータベースがあって、各政党内における審査や手続、決定の内容を見ることができる。数日前にこのサイトの存在を知って検索を始めた。各党の党員の除名処分やその理由などをすべて読むことができる。数時間はまってしまい、この「直言」の原稿が書けなくなるのでやめたほどである。


  社会民主党における除名手続――シュレーダー元首相のケース

   この写真はドイツ社会民主党(SPD)の綱領や党則(規約)などを収録した党則集(Parteibuch)であり、党首のオラフ・ショルツ首相が手にしている。ここには政党仲裁委員会規則も掲載されている。SPD政党仲裁委員会は、準地区(Unter-Bezirk)、地区(?)、連邦幹部会の各レベルに設置されている。連邦仲裁委員会は最高機関で、委員長は法学博士の学位をもつ、ベルリン・ブランデンブルク上級行政裁判所の裁判官が務めている。委員は元裁判官や高級官僚出身者が多い。党内裁判所とはいえ、本格的なものである。

   そこで、SPDにおけるシュレーダー元首相の除名手続について見てみよう。きっかけは昨年2月のウクライナ侵攻だった。前述のように、軍事侵攻後もシュレーダーはプーチンと会い、ロシアの企業の役員などをそのまま続けていた。これに怒ったSPDの党員のなかから、党から追放すべしという声があがった。現党首も、シュレーダーに離党をうながすほどだった。しかし、シュレーダーは我が道を行くだったので、17SPD 支部がシュレーダーの除名をハノーファーの準地区仲裁委員会に申し立てた。昨年7月、「故意に」党則に違反したりした事実は認定されなかった。それはそうだろう。彼の頭には、悪いことをやっているという意識も認識もない。これまでロシアとの天然ガス・パイプラインに深く関わってきたわけで、ウクライナの戦争がなければ、これからも続いたことだろう。その意味で、プーチンとの超親密な関係や、ロシア企業との怪しい関係だけでは除名するには不十分ということだろう。ロシアのウクライナ侵攻に反対しないことが、SPDへのイメージダウンになることは確かだとしても、そのことから、党に「重大な損害」を与えたといえるかどうかは評価が分かれるだろう。在外研究中、ボンで直接話を聞いたこともありかなり強引な政権運営が目立った。この人物を多少なりとも知るものとしては、いまに始まったことではないからである。事程左様に、第一審のハノーファー準地区仲裁委員会は20227月、シュレーダー元首相は党則に違反していない、という決定を下した。シュレーダーの除名は認められなかったわけである。

   これに対して、7つの SPD 支部が控訴した。べルリン、ザクセン、ノルトライン=ヴェストファーレン、バーデン=ヴュルテンベルクなどの組織だが、シュレーダーがかつて州首相を務めたニーダーザクセン州の支部は含まれていない。昨年12月初旬に聴聞会が開かれた。戒告などの軽い処分も可能だったようだが、二審のハノーファー地区(ニーダーザクセン州)仲裁委員会は、この訴えを棄却した。シュレーダーが、法令、党原則、党則に違反し、不名誉な行為をしていたとは「十分な確証をもって立証できない」と理由中で述べた。「ドイツのトップ政治家が過去25年間、ロシアのエネルギー供給に依存することの危険性を見誤っていた可能性がある。しかし、これはSPDや他の政党の政治家[メルケル前首相のこと]にも当てはまることである。そのような誤判断で[シュレーダーを]非難するのは行き過ぎである。」と。

   決定後、シュレーダーは、「法的に堅固で説得力があり、政治的にも一貫していた」とこれを評価したという。バーデン=ヴュルテンベルク州ロイテンバッハの SPD 地方協議会は、大多数の賛成で、最上級審の連邦仲裁委員会に上訴することを決定した(Tagesspiegel vom 2.3.2023) 。だが、二度にわたって除名を求める訴えが棄却された以上、最上級審である連邦仲裁委員会でこれが覆る可能性は低いと見られている。シュレーダー元首相は古巣のSPDにとどまることになりそうである。

 

歴史的遺物としての「民主集中制」

    政党がどのような内部規律をもち、必要に応じてこれに反する党員を除名しても、それは結社の自由であって問題ないというのは、きわめて素朴な憲法論ではないか。今日の憲法学の水準では、前述のドイツの学説を踏まえれば、政党の内部的自由論も重要である。

   ジャスト15年前の直言「立憲主義と民主集中制」でこう書いた。「ベルリンの壁崩壊以降、「民主集中制」を、西側諸国の党はほとんどが放棄した。この時代錯誤(アナクロニズム)を維持している政党は、北朝鮮と中国のほかには、ベトナム、キューバ、資本主義国ではポルトガルと日本くらいにしかない。」と。以下、この「直言」から要約して引用する。

   「民主集中制」とは、少数は多数に従い、下級は上級に従い、全国の党組織は「党中央」に従うという、レーニン型の党の組織原則である。それは、戦時・非常時型の秘密結社の組織形態を常態化したもので、「民主的」討論は「党中央」の自由裁量によりいくらでも収縮できる。党員相互の自由な討論は遮断され、横断的連絡・交流は禁止される。つまり、異なる組織間で党員が意見交換することは許されず、常に上級組織の「許可」のもとに行われ、最終的判断権は「党中央」がもつわけである。

   そうした政党が権力を掌握した国々では、この原理が、憲法に明文の根拠をもつ、国家の構成原理にまで高められている。旧東ドイツ(ドイツ民主共和国)憲法472項も「民主集中制」を採用していた。「ベルリンの壁」崩壊に至る過程で、旧東の人々がSEDの独裁に反対して立ち上がり、「壁」を内側から壊していったPDSを経由して、現在の左派党が、「民主集中制」を放棄して、「分派の自由」まで党則で規定するのは隔世の感がある。

 北朝鮮憲法(1998年)も、国家運営について、「朝鮮労働党の領導」をうたう(11条)。社会に基礎をもち、国家と社会の媒介的な役割を果たすべき政党が、国家と一体化し、一党独裁が憲法規範化されている。国家の構成原理として、北朝鮮憲法が「民主集中制」を採用している(5条)。中華人民共和国憲法31項も「中華人民共和国の国家機構は民主集中制の原則を実行する」と、「民主集中制」を、国家の根本的組織原則と指導原則にしている。なお、4年前の南京で考えたことは、直言「中国建国70周年の「風景」――南京の旅(1)」参照。

  安全保障政策をめぐっても、唐突に最高指導者の半ば思いつき発言で転換が行われ、それを後から組織が追認するような形をとるようになって久しい。憲法9条に対する方針についても、下からの十分な議論を踏まえたものとは到底いえない。「ウクライナ戦争」や「台湾有事」などの緊迫が増すとされている状況のなか、まずは政党の組織原理についても根本的な議論が求められる所以である。                 【文中敬称略】

 

《追記》
    本文で紹介したシュレーダー元首相の除名を求めるSPDの党内手続は、最終審の連邦仲裁委員会において審査されてきたが、2023515日、ハノーファーの(州)仲裁委員会の決定に対する上訴を棄却した。これで除名手続は終了し、シュレーダーは党にとどまることになったSZ2023515日)SPD内では、「シュレーダーは今日までロシアの侵略戦争を非難さえしていない」と批判する声も強い。党員手帳を自発的に返すべきだという主張も出ている。だが、シュレーダーは数少ない「プーチンの友人」として、59日、ベルリンのロシア大使館で開かれた「5.9戦勝記念式典」にも出席した。政党法により党内裁判所(仲裁委員会)が三審制で設けられている。党員の除名手続は厳格で、上訴もできるので、執行部が性急に除名しようとしてもまずできない。政党の自律権を保障しつつ、党員が恣意的処分(除名)を受けないようにする工夫である。 (2023年5月18日追記)

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